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一晩中抱き締めてキスをしていただけなんて、聞く人が聞いたらひっくり返りそうな夜のあと。連絡先を交換してまた会うということをしっかりと約束してもらって(多分これは所謂お付き合いというやつで良いのだと思う)(あとでちゃんと確認したい)、当たり前のように抱き上げて部屋を出ようとすると流石に停止をかけられた。
「ランバネインくん、僕一人で歩けるんだけど」
「先生がいつ事故に遭うか分からないだろう。こうしていれば万一があっても一緒に死ぬ確率が上がる」
「でも抱き上げられてばかりだと自分で歩けなくなっちゃうよ」
「………」
一瞬、それでも良いと思ったけれども、この自由なひとをこの手の中にずっと閉じ込めておくのは何か違うと思った。
ランバネインがどうしても忘れられなかった先生は、ひどく自由で気ままで訳の分からない生き物だったから。
なので、言われた通りに下ろす。足が床にちゃんとついたのを確認すると、先生は手を伸ばしてきた。反射のように頭を差し出す。撫でられる。
「君が聞き分けのいい子で助かったよ」
前を引きずっている、と思った。それはランバネインもそうだったから何も言わないけれど。先生の中では多分ランバネインはずっとずっと子供なのだろう。ランバネインの中の先生が先生なように。
先生は少しだけ考えて、ランバネインの手を取った。ほら、と。
「心配なら手を繋いだら良いだろう」
今はそういうことして良いんだから、とそういう先生が嬉しくて嬉しくて、もう一度だけ抱き締めた。
送りたい、と言ったのはランバネインだった。
「別に良いけど仕事は良いの」
「自由のきく仕事だから」
「そう」
そんな遣り取りをしながらたどり着いたのは、聞いたことのある名前の研究所だった。今も研究員をやっているところがブレない、と思う。
「先生は此処で働いているのか」
「うん。意外だった?」
「いや、全然。何の研究をしているのか聞いても?」
「簡単に言うと病気に強い小麦の研究かな」
その他安定供給に繋がりそうなことはなんでも、と先生が言うのは多分、言っていい部分だ。先生はそういうことは本当にしっかりしていたから。
「ランバネインくんは?」
「親族の会社で働いている。わりと何でもやっている」
「…前から思ってたんだけど、ベルティストン社の若社長ってハイレイン様に似てるよね」
「似てるも何も本人だ」
「………そっかー…」
僕結局本人に会ったことなかったからなあ、と先生が言うのをそうだったのか、と聞いているだけ。
結局、前においてランバネインという名前を誰がつけたのか、知ることはなかった。今聞けば答えてくれるのかもしれない。ランバネインという名前は誰がつけたのか、ランバネインは誰の小鳥だったのか。
「ランバネインくん」
先生が呼ぶ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
手が、離れていく。
でも、悲しくはない。
ランバネインは、今だってランバネインだった。だから、それで良かった。
携帯を取り出す。かける先は兄。
「ああ、若社長。ランバネインだ。折り入って頼みがあるんだが―――」