reunion


 その姿を見つけた時、往来だと言うのに思わず抱き上げてしまったランバネインは悪くない。その人に記憶があるのかとかそういうことをまったく考えなかったのでもしかしたら通報案件だったのだろうけれども、腕の中のその人は確かにランバネインくん、と呼んだので記憶があるのだと分かって更に強く抱き締めた。ぐう、と苦しそうな声を上げながらあれ、角がない、なんて当たり前のことを言うその人が、腕の中で生きていることがとても嬉しくて、嬉しくて。
「ランバネインくんは相変わらず大きいんだね」
角がないのは新鮮だなあ、と呟きながらランバネインの頭をわしわしと撫でるその人との再会を何事かと見守る人の目から遠ざけるように、ランバネインは裏路地へと駆け込んだ。
 ランバネインには所謂前世の記憶というものがある。トリガーという一つの力に支えられた文明において戦闘員をやっていた記憶である。今腕の中にいるこの人はランバネインが戦えるようにしてくれた研究員であり、あの頃のランバネインはこの人のことを白衣、と呼んでいた。いつも白衣を着ていたし。今は白衣を着ていないから白衣、と呼ぶのは何だか可笑しかったけれども。
「僕を持ち上げて動けちゃうなんて力持ちなんだねえ」
裏路地に人はいない。
「先生」
「な、」
に、と言うのすら待てなかった。こちらの動く速度について来られるような人間でないことをランバネインはよく知っている。
「ぐっ」
苦しそうな声が聞こえたけれども離してやることが出来ない。
 遣り方は知っていた。だから舌は意志を持ったように動く。唾液が絡まって、見た目通りに薄い唇が押しつぶされるようになって。逃げ打つ舌を甘く噛んだり吸ったりをしながら、その相変わらず小さな手が酸素を求めるように縋り付いてくるのを感じて。
 は、と呼吸のために一旦離すと、間髪入れずに止めるように手を当てられた。小さな掌がランバネインの唇を抑えている。肩で息をするその人はやはり苦しかったのだろう。だから少し、そのままでいることにする。
「ランバネインくん」
「ん」
「こういうことは、双方の同意があって初めて成立、するものだと、」
「分かっている」
「じゃあ、」
べろ、と掌を舐めても別段面白い反応はない。それでも少し汗ばんだその味が、生きているのだと伝えてくる。
「ランバネインくん」
「無理だ」
 咎めるような声には首を振る。
「どうやって離したら良いのか、分からない」
ぎゅう、と力を込めると苦しいよ、と言われた。苦しがらせたい訳ではないので、少し力を緩める。
「俺は先生の名前すら知らないんだ」
その言葉にその人は、先生は、そう言えばそうだったね、と言った。あの研究室では、被検体が研究員の名前を知るなんてことはなかったから。もしかしたら、聞いたら教えてくれたのかもしれないけれど、あの頃のランバネインにそんな余裕はなかった。
「名前、教えたら離してくれる?」
「無理だと思う」
 ぐっと顔を近付ける。先生とを隔てるものは、先生の掌だけになる。
「食べられてしまいそうだね」
「食べたら、」
掌越しにキス、だなんて、それをロマンチックと言えるだけの余裕もない。
「先生は俺にもう、飴玉をくれないだろう」
 一瞬、先生が驚いたのが分かった。だから、その隙に手を退けて続きをする。先生の口の中は甘かった。前に貰っていた飴玉のよう。あれは先生の持ち物だと言っていたから、甘い物が元々好きだったのかもしれない。
「らんば、ねいん、くん」
「先生」
のけぞるように逃げようとする後頭部を捕まえることが出来るのは、片手で先生を抱き上げていることが出来るからだった。今回は別に成長を促す薬なんて投与されなかったのに、ランバネインはとても大きく強く育った。
「なん、で、キスなの」
「それしか愛情表現を知らないんだ」
「あいじょう」
 初めて聞いた、とでも言うように繰り返される。
「先生、」
自分の喉からこんな懇願のようにな色が転がり出すとは思っていなかった。
「多分俺は今から子供みたいなことを言う」
「ずっとランバネインくんは子供みたいなものだったからいいよ」
「俺は、先生をもう離したくない」
 ぱち、ぱち。目が瞬(しばたた)かれる音がする。だからランバネインは更に続ける。
「これが、恋愛感情かどうかは分からない。でも、ずっとあの光景が目の裏から離れなかった」
 白衣が血で染まっていく。もう助からない。あの絶望を。
「もう二度と、あんなのはごめんだ」
 暫く先生は黙っていた。
「君が、まさか気にしているとは思わなかったよ」
「俺もこんなに気にするとは思っていなかった」
「じゃあお互い様かな」
「かもしれない」
あの環境が特殊でなかった、とは決して言えないだろう。再び力加減をしながら抱き締め直すと、先程までは気付かなかったやわらかさに気付いた。
「………先生、女だったのか」
「あ、うん、まあね」
いろいろあって前は男として育てられたからね、僕もそれに逆らった訳じゃあないし、君が気付かないのも無理はないよね、と。実際どっちでも良かったし、顔もそこそこ中性的ってやつだしね。続けられる言葉はただの事実の列挙にしか聞こえない。
「先生は、それが悲しかったか?」
「うーん…特には、かなあ。自分で言うのもなんだけど、あんまり性別にこだわりがないんだと思うよ。研究は実際どっちでも出来るし…」
ちらり、とランバネインを見遣った視線には何処か不安げなものが見て取れる。それが自惚れでないと良いのだけれど。
「僕が女だと困る?」
「全然」
寧ろ好都合だとすら思った。
「籍が入れやすくて助かる」
「………ランバネインくん、それはさあ、」
「ちゃんと先生の許可をとる」
「許可っていうか同意ね? 同意って言おうね? ランバネインくん」
「同意」
「うん、同意」
「努力する」
 その言葉に先生は少しだけ困った顔をして、ランバネインくんは素直だよね、とだけ呟いた。

 いつも使っているホテルに先生を抱き上げたまま入ると、腕の中で先生はこのホテルはこうやって使うんじゃないと思うけどなあ、とボヤいた。
「ていうかこんなの誘拐でしょ」
「あのままだと路上でずっと続けそうだった。あまり先生のことを他人に見て欲しくない」
「ランバネインくん、知ってるかどうか分からないけどそれヤンデレってやつの方向へと進んでるよ。僕にも仕事とかあるからね。ちゃんとホテルから出してね」
「理解しているが今日は無理だ。連絡は済ませておいてくれ」
「それはもう済ましたから良いけど…」
 殆ど顔パスのホテルスタッフは、ランバネインが誰を抱えていようと何も聞いてはこない。そうして入った部屋の鍵が閉まるのを聞いてから、今度はそっとキスをした。呼吸を奪うようなものではなく、ちゃんとやさしくなれるように。ん、と喉が動くのを感じながらベッドへと行く。とりあえず縁に座る。
「…ランバネインくん、一応最低限は紳士みたいな行動をするんだねえ」
問答無用で押し倒されるのかと思ってた、という先生をランバネインは膝から下ろすことが出来ない。その理由を、ランバネインはよく分かっている。
「…トラウマなんだ」
「え?」
「先生に関しては、多分、俺の方が力が絶対に強いから」
「うん? うん…? どういうこと?」
「先生、前、俺を庇って死んだだろう」
「死んだね」
「俺はより力がないのに」
「ある意味ではあったよ」
「そうじゃない」
 自分の生命ですら、国のために投げ打ってしまう、自分たちの作ったものに殺されるようなそんな場所で。搾取されている、なんて言うのは簡単だった。だから、という訳ではないけれど。
 もう、同じことは繰り返したくない。
「先生を、殺せる力が俺にはあったんだ」
「…うん、そうだね」
「今だって、ずっと先生より力が強い」
「うん」
「だから、とりあえず、今は抱き締めてキスをしたい。先生が俺のことを覚えていて生きているって、確認したい」
「…うーん、仕方ない、かな?」
付き合ってあげるよ、と先生の方から贈られたキスは、やはり甘く感じた。