忍音を待つこともなし
足りない、と三日月宗近が深夜の執務室で呟いた言葉に、主は何が、といつもの調子で返した。
「主と、刀剣男士である俺たちとの繋がりだ」
「ん? 霊力とかそういうものの話?」
「まあ大体そうなんだが」
この力を何と呼んだら良いのか三日月宗近自身もよく分かっていないのだが、主は伝われば良いよと言ったのでそのまま霊力と呼ぶことにする。
「主の霊力は基本的に循環効率が悪い」
「あー…うん、そうだね。自覚はあるよ」
主は振り向かずに書類作業を続けるようだった。三日月宗近もまあ本日の近侍を名乗り出たから此処にいるだけであって、別に主の仕事を邪魔したい訳ではない。ただ、その書類は今やらずとも良いものであるとは知っているが。
「そこで循環を良くしたいと、俺だけではなくこの本丸の刀剣男士は心の何処かで思っている。循環がよくなれば主が起きていられることも増えるからな」
「いや私が寝てばっかいるのはロングスリーパーだからでそういうの関係なくない?」
「なくはない、と言っておこうか。主はそれなりに効率化が上手い故に仕事は滞りないが、だから言って長く眠る主を見ていて心配にならない刀剣男士がいないとも言い切れまい」
「うーん…そう言われると反論が出来ない。面談でもしたら良いんだろうか」
「それも良いとは思う。が、元を絶つ方が手っ取り早い、とも思う」
元を絶つ? と主が繰り返すよりも先に三日月宗近は手を伸ばした。
主の首に腕を回す。所謂あすなろ抱きであるがこの主、知ってはいるだろうがそれにきゅんと来るような可愛らしい神経の持ち主ではないことを、三日月宗近はよく知っている。黒い、男物を改造した浴衣は質素な印象を与えるが、帯には七宝鞠の細やかな刺繍がある。その上には黒地に灰色で目立ちはしないが矢絣の羽織を来ている。ちくはぐ感は拭えないものの、こうして着ているのを見る分には主らしくて良いとすら思う。
「三日月」
「なんだ」
「重いんだけど、何」
大体主が方向性を把握したことを察して、そのままの状態で話を続ける。
「主は女だが、どうにも陽の気が多い。普通主が女だから、男だからで循環に影響は出たりしないが、主の場合は違う。ミリ単位だが影響は積み重なり、出来たらどうにかしたいとそれはこの本丸の総意だろう。そこで、そもそも女であれば陰の気を持っているものであるからして、性行為によってそれを引き出すことが出来れば少しずつ改善していくのではないかと言ったら信じるか?」
「その微妙なラインやめて?」
「主がもし心が男であるのであればまた別の方法を考えるが、別段そういうことではないのだろう?」
「そうだけどね、やめよう?」
私にデメリットしかないじゃん、と主はしっしと手で三日月宗近を追い払おうとする。力尽くでどうにかしようとしないのは、そういった抵抗は余計なものに火を付けると知っているからなのだろう。非常に残念なことにそれは恐らく主がそう思うから、という自分の身を守るという観念よりかは自分が犯罪者にならないための処世術なのだろうが。本当に人間としてはだめな主なのだ。
「メリットもあるぞ」
「聞くだけ聞こう」
「性行為によって俺は主、お前に印を付けることが出来る」
「初耳なんだけど」
「結構気合い入れないと出来ないからな」
「私が言うのもなんだけど情緒もクソもないね」
印というのはもしそれが人間だろうと、やろうと思えば出来なくはない行為だ。そういったものにより近い刀剣男士であれば、気合いを入れるくらいで出来るというだけの話で。
「印さえつけられたらお前を一度で見つけられる」
何処にいても。
これは嘘ではなかった。
この世界の何処にいても、例えば主が敵方に攫われても、何かしらの事故で時空の狭間に落ちてしまっても。絶対に見つけることが出来る。
「いや…そういうの間に合ってるんで…」
「適当なことを言うな。間に合っていないだろう」
「なんかそういうことになったら普通に諦めてよ」
「諦めてたまるか」
後ろから抱きすくめたまま、主の首筋に鼻をつける。舐めたりはしないのはまだ許可が出ていないからだ。風呂を既に済ませた首筋からは石鹸の香りがした。いつも主は髪を乾かすのが大雑把なので、まだ髪が濡れている。
「三日月、髪、濡れてるだろう」
「気にならない」
「いや気にしろよ」
主はまだどう言ったら三日月宗近が諦めるのか模索しているようだった。
言葉は主にとって最大の武器だ。それで今まで戦ってきた。勿論主がそれを万能だと思っている訳ではないだろうが、それでもただの人間である主に使えるのは言葉くらいなものなのだ。だから、と三日月宗近は口を開く。だから、三日月宗近は言葉で主に勝たねばならない。
「主」
「なに」
「主が望むのなら俺は主の恋人になるぞ」
「いやそういうの良いんで…離れようか? 三日月」
「いやだ」
「なんで今日はそんな頑固なの。離れようよ」
君そういうキャラじゃなくない、と主が呆れたように言うので、確かに主は自分の顕現した刀剣男士の感情についてなかなかに気を配れる人間なのだと思う。
三日月宗近は主に恋情を抱いている訳ではない。ただ、人間として主のことを愛おしくは思っているから、主をよりよい環境へと連れて行くために、そこに挟まれるものが性行為であろうと立候補出来るだけの話で。
「三日月、いいから離れよう。私は君の主だ。君の思考回路はそこそこ分かってる方だと思う。君は無理強いはしないだろう。それでなくても三日月宗近という個体は基本的に人間のことを思って行動することが多い。君たちは、人間の気持ちを、これ以上なく大切にする」
「まあ否定はしない」
「だから、私がそれこそ性行為をしなければ死ぬとかそういうことにでもならない限り、君が許可を取らずに独断専行することはない」
「………」
その通りだ。だが、それを素直に認めるのも癪で、主の手から筆記具を取り上げた。三日月、と咎めるような声には今やらねばならないものでもないだろう、と返す。
しかし、三日月宗近のカードはまだある。
「…主が許可をくれないのなら」
「のなら?」
「俺は主を恋い慕っているのだと本丸中に触れ回る」
「既に大分嫌だけど私にそれ以上のデメリットがあると見た。何をするつもりだ」
「ところ構わず主に粉をかける大義名分を得ることが出来る」
「出来ねーよ!?」
思わずと言ったように主がツッコミをしたが、まだ三日月宗近のターンだ。言った通り、これは大義名分なのである。
「主があまり人間の恋人を求めていないことは分かっている」
「枕詞みたいに人間のとかつけないで。人間じゃないなら良いみたいじゃん」
「それでも皆、主の隣に誰かがいるべきではないのかと思っているのだ。それが恋情に基づくものであれば分かりやすい。よって、俺が主のことを恋い慕っていると宣言すれば、皆俺の味方につく」
「いやそんなはずは」
「つかないものは恐らく俺と主が番うことが気に食わない、謂わばライバルだ」
「三日月カタカナ慣れてきたね…」
「現実逃避をするな」
腕に力を込めればぐえ、と声がした。まだ逃げることを諦めていないらしい。
「…主は、俺のことが嫌いか?」
「嫌いだったらまず顕現すらさせてないと思うんだけど」
「これを切欠に俺が主に恋情を抱くとは思わないのか?」
「いやー…ちょっと難しいでしょ。夢見物語かよ」
「言ってはなんだが俺は結構お買い得物件だと思うぞ。ちゃんと一生大事にする。勿論今だって、主として一生大事にするつもりではあるが…ああ、一生というのはお前の一生だ」
「そういう注釈いらないし今そういう話じゃない」
来世までついて行ったりはしないと言うのは人間側からしたら破格の条件だと思うのだが、どうやら主は口車に乗ってはくれないらしい。まあ確かにこの三日月宗近に来世というものがあって、人間の真似事が出来るのであれば、そして偶然―――そう、偶然主を見つけてしまったら、その時は恐らくもう二度と離さないだろう。人間にとって、それがどれだけ暴力的な思考であろうと。そのことは流石に主には言っていないが、大体の刀剣男士がそういう想いでいるのだと思う。そういうところがモノたる所以、というか、人間ではない、と言われるところなのだろうな、と思っている。主は主で薄々気付いていそうだが。
「主」
肩口に額をつけたまま懇願する。
「一度だけでもチャンスをくれないか」
「そう言われてもなあ」
「何が嫌なのだ」
「え、普通に私が三日月のことを好きな訳じゃないからだと思うんだけど。人間としては結構真面な方の貞操観念を持っているからと言うか…減るもんじゃないとは言うけど私の自尊心とかプライドとかがちゃんと減るっていうか」
「………今俺は、主が人間社会にちゃんと溶け込もうとする努力をしていたことに感動すべきか、それともそれを利用して上手いこと断ろうとしてくる主の頑なさに歯がゆい思いをすべきか迷っている」
「前者で」
「じゃあ後者にしよう」
「天邪鬼か!」
主、と尚も縋る三日月宗近はひどく哀れっぽいだろう。なのに主はそれに騙されはしない。いや別に演技をしている訳ではないが、まったく絆されない。それは刀剣男士としては心強いがそのすげなくされている相手が自分となると複雑だ。
「主は性行為自体が嫌いなのか」
「…嫌いでもないけれど好きでもない、という感じだろうな」
「俺だからだめだという訳でもないのか」
「まあそうだな」
「なら俺でも良いんじゃないのか」
「面倒になってきたのか? キレがないぞ」
「主…」
額をぐりぐりと押し付ければため息を吐かれた。
「平行線だし、このまま仕事を邪魔するなら今日は終わりにして寝たいんだけど」
「いやだ」
「いやだって…駄々を捏ねない」
「駄々じゃない」
「駄々にしか聞こえない」
「主、」
「何だ」
「俺は、最初で最後の砦だ」
「その心は」
「さっきも言ったが俺は結構なお買い得物件だ。まず知名度が高い。性格もこうだ。穏やかで人間に結構寄り添える。あと自分で言うのもなんだが俯瞰も得意だと思う。どうでもいいことを付け足すとラスボスごっこも出来る」
「うーん…最後のはまあ置いといて、はい。続き」
「つまり、何が言いたいかと言うとな、本当に自分で言うのもなんだが、俺は信頼を集めやすい立場にあると思う。そして、この本丸でも結構な信頼を集めている」
「うん、そうだね」
「だから、俺がさっき言った理由で主の相手を俺が務めることになった、この役目はひどく繊細なものなので誰にも譲らん、と言えばまあ水面下で文句はあろうがまとまりはする。それでも文句を言ってくるやつがいたら暗黒微笑してみせてから実力で叩きのめせば良い」
「うん? うん、まあ、君、カンストしてるしね…?」
「あと普通に加州推薦が俺だ」
「待って、清光まで噛んでるの、この話」
思いの外話が大きいことをもう隠してはおけないだろう。というか、隠しておくべきではない。
「このまま行けば立候補と推薦の乱立になるだろうな」
「いやいやいや、だって今までも本丸回ってきてたし、これからも回ってはいくんでしょう。ならそんなことにはならないんじゃないの」
「俺が既に此処にいるから無理だろうなあ」
近侍に捩じ込んで貰って、しかも夜なのに戦装束を着込んで。勿論、これからのことを考えて、装飾具などは出来るだけ外してあるが。主が思わず今日きっちりしてると思ったらそういうことかよ!? と呟く。
「何だと思ったのだ」
「普通にお風呂の順番とかかと」
「既に入ってきている」
その言葉に夕食をとりに部屋から出た時に三日月宗近が少し長く姿を消していたことを思い出したのだろう。基本的にこの本丸では夕食と休憩時間は、他の刀剣男士が付いているのを確認はするが、近侍も休憩なのだ。共にいなくても可笑しくはない。
「主は知っているだろう」
もう既に主の髪は冷えている。
「俺が主に嘘は言わないことを」
「…それ、と。君とどうこうというのは、また話が違う、だろう」
「悪いが主、もう後戻りは出来ないようにしてある」
「君、最初から断らせるつもりなかったのかよ…」
「主が賢い人間で俺は嬉しいぞ」
主、とダメ押しのように呼ぶ。
「俺に、許可をくれるか?」
主は結局振り返りはしなかったので見えはしなかったけれど、恐らくとてもとても悔しそうな顔をしたのだろう。ふざけたことしたら物干し竿にする、との言葉は、実質的な許可だった。
*
主を引き寄せて膝の上に乗せる。決して小さい方ではない主だが、膝に乗せるくらいは他愛もない。服を最初から脱ぐような真似はしないが、小手だけは先に外した。
此処は執務室だが、もう深夜だ。今日は深夜の出陣もないし、遠征組が帰ってくるのも早くて明日の昼。此処には誰も来ない。だから場所を移動するつもりもなかった。改めて抱き締め、首筋で息を吸えばそれ趣味…? と若干戸惑った様子で聞かれる。
「趣味ではないと思うが、あまりにも心地好いものでな」
「はあ…」
唇を押し付けるのを繰り返すと、痕はつけるなよ、と厳命を貰う。素直に返事をしてから先程からずっと我慢していた首周りを堪能することにした。髪は既に冷えているが、石鹸の香りはまだ健在だ。
「主は違う石鹸でも使っているのか」
「え? 別に…同じだと思うけど…。うちで違うの使ってる子って乱とか次郎太刀くらいじゃないかな」
「そうか」
この本丸の風呂用品は一律主が購入している。アレルギーが出にくいものを選んだ、と言っていたのを以前聞いたと思い出す。違うものを使いたい場合は自分の給金から、と言われているのでこだわりたいもの以外は備え付けを使用しているのだ。
「…何?」
「いや、同じ石鹸を使っているのに、主からはいい香りがすると思ってな」
「はあ…」
いい香り、というか、甘い香り、というか。少しだけ出した舌で肌を擽ってみれば、そこも甘い気がした。人間の肌は甘いのだろうか。花街のものは人間ではなく付喪神、もしくは式神なので舐めても甘いと感じたことはない。甘い、と呟きながら痕をつけないように丁寧に舐めていると、主がそわそわと落ち着かない様子なのに気付いた。
「ていうか、戦装束、皺寄るんじゃ」
「主、この期に及んでまだ逃げようと画策しているのか。それとも早く脱いだ方が良いか?」
「純粋に心配してんだよ」
「替えがあるのは主も知っているだろう」
「………あ、そうか」
今のは完全に忘れていたな、と思うが言葉にはしない。三日月宗近にはいっぱいいっぱいになっているものを追い詰める趣味はなかった。正しく言えば追い詰められていると感知出来るほど性急にするつもりはなかった。
髪で隠れていた耳に、指をそっと添わす。形を確かめるように耳殻をなぞっていると、鼻から抜ける息が少しだけ色付いたように感じた。それを嬉しく思いながらやさしく、ゆっくり、を心掛けて指をすすめる。無意識だろう、逃げるように少しずつ頭が下へと向いていくのを矯正はせず、追い掛けるだけにした。暫くそれを続けていると、ぐ、と主が声を上げる。それは明らかに噛み潰したような音だった。
「主、声を出せとは言わんが、頼むから唇を噛んだりはしてくれるな」
腰を抱いていた左手を上げて唇の辺りに触れると、やはり三日月宗近の読み通り思い切り噛み締められていた。そこをやわやわとマッサージするように触れていく。
「俺はお前を痛め付けたい訳ではない」
「…性行為そのものがわりと痛め付ける行為に分類されてると思うんだけど」
「それでもだ」
主にとっての性行為のイメージとは頑強らしい。それを許可をもぎ取ったとは言え推し進めようとする三日月宗近は、主にとっては可笑しな奴なのだろうと思う。それでも、三日月宗近は譲れなかった。声を出すのが嫌なら、手で口を抑えていても良い、と三日月宗近は言う。
唇に触れるついでに、下を向いていた主の頭を、自分の胸に付けさせた。主からしたら少し身体を反らした状態だろうが、もう捕まえたのだから離すつもりはない。最低でも今夜のうちは。
「主、今だけで良い」
主の右耳に、直接流し込むように囁く。
「俺に恋をしたふりをしてくれ」
瞬間、反射のように主が唇を噛んだ。やってしまってからしまった、という空気が流れる。今のは弱点を自らさらけ出したようなものだ。流石にそれを見落としてやれるほど唐変木ではない。左の人差し指と中指で少しだけ唇を開かせてから右耳を食むと、先程の後悔は何処へやらまた閉じられる唇。やはりしっかり噛み締められている。これでは血が出るのも時間の問題だ。
「主、どうしても出来ないなら指を入れるが?」
「………君、そういうの、何処で、覚えてくるの…ッ」
「主が手配してくれた花街だな」
「クソッ、そういう、ことも、あったな…」
「あれが主のためだと言ったら怒るか?」
「怒る、ってより、ドン引き、かな…」
「うん。一度入れてみるか…」
「まっ…」
制止の声を聞かずに指を口腔内へと入れる。少し迷ったが人差し指一本だけにしておいた。そう奥まで入れずとも、口の端から上下の歯列の間に指を置くだけで良い。此処に置いておけば思わず口を閉じようとしても、三日月宗近の指を噛まれるだけで主は傷付かない。準備は整ったとばかりにまた右耳を食めば、今度は喉の奥に押し込めたような声に切り替わる。
「主、噛んでくれても良いのだぞ?」
「…んな、こと…出来る訳、ない…」
「俺は主に、自分自身を傷付けて欲しくないだけだ。それでは喉に負担が掛かるだろう」
猫にするように右手で喉を擽ると、最早どうして良いのか分からなくなったのか、少しだけ指に歯が当たった。それでも耐えたらしい。歯型すら残っていないだろう。
「主、大丈夫だ。それで良い」
「ん、ぅ…」
「主の力では噛み千切ることはないだろうよ」
「でも、痛いだろ…」
「俺より自分の心配をしてくれ」
暫く同じことを繰り返すと、ようやっと主は刺激に慣れてきたらしい。唇を噛むことも、喉の奥で声を潰すこともなくなった。羞恥が勝つのか両手で口を覆ってはいるが、怪我をするよりはずっとマシだ。
もう噛むことはないだろうと思って口腔内から指を引き抜く。主の唾液で濡れたそれが勿体なく感じて、主を抱き込むようにしたまま舐めとって見せると何をやっているんだとばかりに振り向こうとされた。体勢的に無理だったが。しかしその拍子に、主の身体が三日月宗近の膝の上で少し、後ろ側にずり落ちた。この場合は三日月宗近側に、ということになるが。
「………」
「こら、主、逃げるな」
居心地が悪そうに膝から下りようとする主の腰を掴んで引き寄せ直す。半ば押し込めるようにしたので、先程よりもずっとぴったりとくっつく形になる。
「………三日月、」
「悪いな。当てている」
「うわ…」
言った瞬間、主の身体がぞわり、と震えたのを三日月宗近は見逃さなかったが、指摘するほど意地が悪い訳でもなかった。
「勃たないと思っていたか?」
「…正直に言うと。花街は、審神者は大体一回は下見で行ってるものだし、あそこのお嬢さんたちを見てると…どう考えても勝手が違うじゃん…」
しかもまだ大したことは何もしていないに等しい。
それでも三日月宗近が既に興奮しているのは事実だ。
他でもない、己の主に触れることによって。
「まあ、そういうことだ。恐らく主のことだから気にしていたんだろうと思うが、俺はこうして結構愉しんでいる」
「何で…うわ…何で…」
「俺が男の形をしているから…と言うのは簡単だがな」
信じられないと言ったように顔を覆う主の腰をもう一度自分の方へと引き寄せて、その存在をじっとり伝えるように押し付ける。主はあの書類を粗方終えたら寝る予定だったのだ、寝間着代わりの浴衣は厚い生地ではないし、冷え性だからと他の刀剣男士たち連名で贈られた羽織も長いものではあるが重くはないしかさばらない。少し羽織をたくし上げてやれば、殆ど一枚しか隔てていない状態になる。下着は換算に入れていない。
「ぅ…あ…」
「確かに人間の情とは違うだろうが、それでも俺には、主を愛おしく思う気持ちがあるのだ」
今度は左耳を食んでやると、先程とはまた違った反応があった。三日月宗近が欲情しているのを知って、少しずつ主の意識にも変化が現れ始めたのだろう。腰からつう、と肋を追うように浴衣越しに指をすすめる。男の身体にはないやわい場所にたどり着くのに、そう時間は掛からなかった。
「俺の手で主が悦んでくれるのなら、それほどに嬉しいことはないさ」
耳を解放すると、主の肩に顎を乗せて覗き込む。暴れた訳でもないため別段浴衣が着崩れていることはなかったが、見えなければ見えないで愉しいものだ。両手を使って、外側から包み込むように触れると、緊張したように主の肩が跳ねる。三日月宗近が顎を乗せているのでそう動くことは出来ないようだったが。あまり力を込めすぎないように、けれども嫌だと思われないように、少しずつ慣らすように揉んでいく。主の胸は特別大きい訳でもないが、それでも三日月宗近の手によって形を変えさせられるのがよく見えるのは、正直気分が良い。相変わらず主は自分の口を抑えているが、痛かったりする訳ではなさそうだ。
「主、少し前を開くぞ」
小さくその頭がこくん、と振られたのを見てから、帯はそのままに浴衣の前だけを寛げる。この帯は主が気に入って選んだものであることを知っているので、着付けているのをもう暫く見ていたかった。流石に何処かで外さないと、それこそ皺が寄ったり折り目がついたりしてしまいそうなので、ずっと眺めているつもりはないが。もう少しだけ。
合わせの中から黒い下着が顔を出した。
「主は上下揃える派か?」
「ふ、…だ、ったら、何だ…」
「そうだったら可愛らしいと思ったまでだ」
するりとしたシンプルなそれは、指の滑りも良い。下に主の柔肉があるのだと言うことを差し引いても触れていて楽しいものだ。趣味が良い。
「誰に見せるでもないものを、主は自分が楽しむためか、はたまた気持ちをしゃんとさせるためか…そこまでは俺には分からんが、肌に触れるものだからこそと主が選んだのかと思うと、いじらしくてな」
「な、に…それ、馬鹿に、してるの」
「まさか」
掬い上げるようにしてみせると谷間が強調される。上から見ているからこその愉しみかもしれない。
「次は俺のために選んではくれないかと、少し期待しただだけのこと」
「は…?」
「それか、俺の選んだものを着付けてくれたらなあ。自分の選んだものをじっくり脱がせるのもまた醍醐味よ」
「………」
何とも言えない沈黙は、三日月宗近がそんなことを言うイメージがなかったからなのか。それとも、自分に向けられることを想定していなかったからなのか。
鼻に抜ける息は甘いままだったが、それから少しの間主が上の空になったような気がした。口を滑らせすぎたかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「主」
「…な、に」
「何か余計なことを考えていないか?」
「…大体、いつも、余計なことしか、考えてない」
「出来たら今はこっちに集中して欲しいんだがなあ」
布越しに中心を圧し潰すと確かな主張が返ってきた。
堪らなくなって下着を下へとずらす。驚いたような高い声が聞こえたが、悪いな、と言うしか出来ない。現れた乳嘴は淡く色付いており、ふるりと外気に震えている。それでも弱々しくなく、ぴん、とその存在を主張していた。それは初めて三日月宗近が目にする、主もまた興奮しているという証だった。嬉しくなってじいっと見つめていると、主の肩がまた居心地悪そうに揺れる。
「主」
「…何」
「さっきは何を考えてたのだ?」
「余計なことだよ」
言うつもりはないようだ。三日月宗近もどうしても知りたいという訳ではないが、だからと言ってつい先程蔑ろにされたと言っても過言ではないものは一体何だったのかと気になってしまう。
「…ああ」
待ちわびたと指を伸ばす。触れたところからこの欲情も伝われば良いのに。
「誰かと比べた、と思わせてしまったか?」
「ま、さか…」
「そうなのか。…もし主がそう思ってくれたなら、俺は嬉しかったというのになあ」
嘘や強がりや負け惜しみの類ではないことは分かった。分かったからこそ、ほんのりと淋しさが込み上げてくる。主は本当に余計なことを考えていただけなのだろう。それは今に始まったことではないが、やはりこうして性行為の最中にされるとあまり気分が良いものではない。
「みか、づき」
「ん? なんだ、主」
「何だ、って…私の、台詞…」
「ああ、少し、淋しくなってなあ」
指の腹を使ってやわく挟んだり、撫でたり、弾いてみたり。掌で押し殺される僅かな声に耳をそばだてながら導いていく。
余計なことを考える暇さえ与えたくなかった。今夜だけは、三日月宗近のことだけで頭をいっぱいにして欲しい。芽吹くような淡い性感を余すことなく拾って、この夜に溺れさせたい。溺れて、溺れて、また、と願って欲しい。三日月宗近の本質はやはりモノなのだろう。それなのに、この肉の身体は少しずつ人間の欲の真似事をしたがる。
人間ではないのに。
人間にはなれないのに。
必死に声を抑える様が扇情的であるなどとは、主は思っていないのか。それとも予想出来ていても抑えずにはいられないのか。痕を残すなと言われたからしていないだけで、見える場所すべてに所有痕を遺したいくらいだ。もう誰も主に触れることなどないように。なんとか快楽を逃がそうと逸らされる首にだって、噛みつきたい。歯型を残して、そこに浮かんだ血を舐めてみたい。が、そんなことをしたら怖がらせるだけだ。三日月宗近は主を怖がらせたい訳ではない。
「お、こった…のか?」
「怒ってはいないさ。俺には怒る資格がないからな」
「何だ、それ…」
「そのままの意味さ」
それ以上三日月宗近は問答する気はなかった。主もそれが分かったのだろう、それ以上追求することはしなかった。
しかし、指で触れているだけでこうも反応をくれるとなると、どうにもやはり口に含んでみたくなるものだが。流石にまだ向き合ってはくれないだろうな、と完全に覆われてしまった顔を盗み見る。背面座位も悪くはないが、三日月宗近としては顔を見ていたいので(例えそれが隠されていたとしても)最後までに向き合えるように持っていくしかない。どうしたものかな、と思っていると、無意識だろう、するり、と膝頭が擦り合わされるのを見た。ふ、と三日月宗近は息を吐く。右手を伸ばし、まだ浴衣の中にある太腿をうっそりと撫で上げればまた緊張を取り戻した肩が強張った。三日月宗近としてはその緊張をそのまま快楽に繋げたいので、暫くそのまま太腿ばかりを往復させる。肝心なところには触れないまま、少しずつ力が抜けていくのを待った。徐々に浴衣を割り開きながら、掌で包むようにして触れる。待つのは苦ではなかった。主の変化を観察するのも一興だ。そうして先程と同程度まで蕩けたことを確認してから、声を掛けた。
「主、」
返事の代わりにくぐもった声が返ってくる。
「膝を少し、立ててくれないか」
少し戸惑ったような間があってから、主はゆるゆると膝を立てた。浴衣の裾が開いて落ちるのを、主は一瞬止めようとしたようだったが、その手は宙ぶらりんのまま止まった。
「主? 大丈夫か?」
「………恥ずかしい…」
いつもであれば聞けそうにもないその弱々しい声に微笑みながら、まだ下着を着付けたままの付け根に指を進めていく。下着の際をなぞるように上がっていけば、布の押された影響で微かに水音がする。流石に主には聞き取れないだろうが、三日月宗近に聞こえているだけで充分だ。
直接触れてもいいかと許可を求めるのは、ただ羞恥を煽るだけの行為だろう。一つ一つに許可を貰えるのは、それはそれで嬉しいものだがそれは三日月宗近の求める本質ではない。逡巡する三日月宗近に主は不安になったのか、みかづき? と小さな声で呼ぶ。
「ああ、すまん。どう触れれば主が気持ちよくなってくれるのか考えていてな」
「…そういうこと、いちいち…」
「言うなというんだろう。だが、これくらいは許してくれ」
モノ故か、それとも刀剣男士だからか。三日月宗近はどうしたって主のことを傷付けたくはなかったし、自分の手で悦んでもらいたかった。
逡巡の末、主を少しだけ浅く座らせ直し、上から手を入れてみることにした。際から指を侵入させるのも捨てがたかったが、まあそれは次の機会にでも、と思う。一度で終わらせる気はないことは言っていなかったが、逃がすつもりもない。
主は完全に顔が見えないように覆ってしまったが、そうするということは自覚があるのだろう。三日月宗近の指が性毛を通り過ぎて御陰(ほと)へと辿り着く。潤む陰裂をそっとなぞれば主の身体が震えた。
「濡れているなあ」
分かりきっていたことをわざわざ呟いたのは、それが嬉しかったからだ。掬い上げて塗り込むように陰梃を押しつぶす。
「………三日月、」
余計なことを言うな、と呻く主の行動はただ含羞に基いていることは分かっているが、三日月宗近からしたらそれは早く、という催促――ーおねだり、と言っても差し支えない。いつもののらりくらりといろいろなものを交わす姿からは想像もつかないほど追い詰められていく主を、今つくりあげているのは三日月宗近なのだ。
「主がそう言うのなら」
先程よりも指先に力を込めて擦ると反射のように膝が跳ねた。腰の方は左手でがっちりと抱えているため、殆ど動かせないようだ。性感を逃がすように息が漏れて、主の足の指の先がきゅっと縮こまる。力加減を見ながら繰り返していると、掌では抑えきれなかった声が三日月宗近の耳にも届くようになってきた。無意識に逃げたいと思ったのか、主の手が三日月宗近の腕に縋り付く。それを優しく左で巻き込みながら、中へと指を押し進めた。悲鳴のような嬌声がやはり殺しきれずに届く。
充分に濡れた路に指はすんなり這入ったが、指でもその狭さがよく分かる。主が生娘でないことは以前聞いたことがあったが、長いことこんなふうに誰かと触れ合うことはなかったのだろう。審神者というのはそういう職業だった。現世のものとは隔絶され、人ではないものに囲まれながら時には生命を賭けて戦う。可哀想だと、そう思ったことはなかった。けれども寂しいと、主が感じていない訳ではないだろう。人ではない刀剣男士に、三日月宗近に、それが埋められるとは思っていない。それでも、今は、今だけは、と。そんなことを思うのは、傲慢だろうか。
これまでじわじわと育てた快楽が一斉に花開くように主が仰け反る。
「いいぞ、主」
だめ押しのように耳へと言葉を注ぎ込めば、一際高い声が解き放たれて主はまるで糸の切れた人形のようにがくん、と三日月宗近に凭れかかった。荒い呼吸を繰り返す主を撫でてから、一旦中から指を抜く。濡れた指をまた勿体なく思って口に含んだが、今度は主は驚いたりする余裕もないようだった。色付いた頬は一見健康そうにすら見えるのに、逆に痛々しく思えるほどである。
指を舐めて自分を騙そうとするなんて、まるで人間の赤子のようだ。甘くはないはずの分泌液が甘く感じる気がするのは、三日月宗近もまた、飲まれているからか。すぐに指はきれいになってしまった。まだ足りない。まだ口にしたい。まだ、まだ。
―――挿れたい。
胸の中で、そんな思いが明確に頭を擡げた。元々そのつもりだったはずなのに、今初めて思ったかのような強い感情を、三日月宗近は息を吐くことによって誤魔化す。このまま挿入に至れば何をしでかしてしまうだろう、そんな不安が過ぎっていく。
「…みかづき」
さてこれからどうしたものか、と思っていると、少し息が整ったらしい主が囁いた。
「どうした?」
「ええと、その、」
一度浅く座らせたものの、達した時の反動でまた主は元の位置へと戻ってきていた。背中で熱を感じているのだろう、と気付く。
「一回、だす?」
恐らく、挿入した時の負担を考えての言葉で、つまるところ三日月宗近のためではなく主の保身であった。それでも、向き合うための切欠をまさか主の方から持って来てくれるとは思わなかった。
「…ああ」
一度抱き締める。
「出したい。してくれるか?」
膝から降ろした主を座布団に座らせて、三日月宗近は自分で服を脱ぐ。脱ぐのは一人で出来るんだよな…と言いたげな視線を貰ったような気もするが、着るのはいろいろと大変なので仕方ない。そうして主の視線に晒されることとなった陽物は既にその形を露わにし、確たる興奮を透明に滲ませていた。それに主が怯えた様子はないが、何か言いたげに数度唇が噛まれるのを見た。どうせ本当に興奮しているのだと再認識したとか、その辺りだろう。あれだけ熱で存在を感じていたはずなのに、己の目で見るまで実感として受け取れない主の頑なとも言える性格は平時では思慮深いとすら思うのだが、今はただただ愛らしくてたまらない。
「主、触ってくれるか?」
「………手で、良いの」
「魅力的な言葉ではるが、主はあまり口を開くのが得意ではないだろう。食事も殆ど細切れにして食べてるではないか」
「それだと私の食べ方が汚いみたいに聞こえる」
「そうは言っていないさ」
いつもの軽口だった。この隙に調子を取り戻そうとしているのだと推測は出来たが、取り戻させてやるほど三日月宗近も気が長い方ではない。それに、いつもの調子をどうにか保ちたいのは三日月宗近の方だ。
「主?」
「…口、開かない訳じゃ、ないよ。うん、多分」
「今の答え方で気が乗らないのがよく分かった」
笑ってみせればきっかり三度瞬きがなされた。それが拗ねた様子にも見えて、手を取る。
「主」
いつもは冷たい手が、今はひどくあたたかかった。そのまま導く。
「俺は、触ってもらえれば充分だ」
今は、という言葉は付け足さなかった。まだ三日月宗近の胸の中に秘めておいて良い言葉だと判断した。主の意志を持った指がするり、と陽物に絡みつく。導いていない方の手も添えられて、最初は細かく、徐々に大きく動き出した。自分の反応を窺っているのだと分かった三日月宗近は素直に頷く。ん、ん、と鼻から声が漏れれば少しだけ、主が笑ったような気がした。気がした、だけかもしれなかったが。
手慣れているようなものではなかったが、それなりの知識と相手を汲み取ろうとするその思慮が、掌から伝わってくる。先程は保身のためだと思ったが、実際そうだったのかもしれないが、今はただ、三日月宗近を気持ちよくさせようと、主が動いている。それが、嬉しい。
三日月宗近の息が少しずつ上がるにつれて、主の息もまた熱いものに戻っていく。
「…ッ、主、」
「うん」
ずくりと熱の動いたような心地に思わず呼べば、とどめとばかりに親指が優しく裏筋を抉っていった。一瞬腰が浮くかと思うほどの震えが身体中を駆け巡り、一呼吸置いて白濁が主の掌へと吐き出される。
あ、あ、と余韻から意味をなさない音が口から漏れる中、主の手が離れていくのを見た。達してすぐに与えられる刺激は苦痛にもなり得る。気を遣った結果だったのだろうが、余韻を逃したくない三日月宗近にはそれが永劫の別れのように感じられた。考えるよりも先に主の手を取ると、そのまま三日月宗近は自分の口へとそれを持っていく。
「え、三日月!?」
慌てたような声がしたが止まることはしなかった。そもそも主に強要するならまだしも、自分で自分のものを口に入れるのに止められる筋合いもない。
主はされるがままになっていた。三日月宗近とてこんなことは初めてした。それでもきれいにすべて舐めとるまで、主の手を離せなかった。赤子のように名残惜しく指を吸う三日月宗近に、主は目を白黒とさせたまま。
主の掌で光るものがすっかり唾液にすげ替えられてようやく、三日月宗近は主の手を離すことが出来た。
「ええと…」
もう喋っても大丈夫だろうか、と窺うような調子で主が呟く。別に、黙っていろと言った訳ではないが、確かに三日月宗近の突然の行動に口を噤んでしまうのも仕方ないように思える。
「………美味しいものじゃ、ないよな…?」
「まあ、…そうだな」
美味しそうだと思ったから舐め取った訳ではないが、説明出来るかと問われるとそれは否と言うしかないので、それ以上は何も言わないことにする。
呼吸の音だけが、シン、とした部屋にぽかりと浮かんだようだった。
「…主、」
先程達したばかりの陽物は既に形を取り戻している。
「挿れたい」
強い感情はそのままだったが、それでもその角がまあるくなったように感じた。いつもの調子も保てている。顔を上げると主は何処か蕩けたような表情で、こくり、と一つだけ頷いた。
座布団を並べてその上に主を仰向けに寝かせる。折り目がつく、と言って帯を外すついでに、浴衣も下着もすべて取り去った。恥ずかしい、とだけ主は呟いたが、三日月宗近が足を折り曲げさせても抵抗はしなかった。この体勢の方が負担が掛からないのだと分かっているのだろう。
陰裂に宛がうと、双方の体液が交じり合うのが分かった。確かめるように数度擦り付けると浮き立った声が聞こえた。ひくり、と揺れた腰がはやく、と急かしているようだ。主、と呼ぶと、ん、と子供のような返事が返ってくる。
「挿れるぞ」
その答えは待たずに、ぐ、と浅く動いた。
「―――ッ」
次の瞬間主が上げた、悲鳴にも嬌声にもなれない息は予測出来たものだった。まだ少ししか挿っていないと言うのに主の中は拒絶するようにぎゅう、と収縮する。指でも狭さを感じたのだ、陽物ではそれは言うまでもない。痛みではなさそうなのが救いだろうが、それでも苦しいことには変わりないだろう。
「主、」
「ひ、っひ、ぁ」
「息を吐け。俺だ、三日月だ」
「み、か、っき…」
もしこれが主でなければ、接吻けでもして気を紛らわすのだけれど。
それをする訳にもいかなかった。恐らくそれをすれば主は傷付くだろう。自分が傷付くことは気にしないのに、こちらのことばかり慮るのに、感情も通っていないのに接吻けをすることは主の中のルールに反するらしい。避けるというほど露骨ではなかったけれど、それでも理解するには充分だった。三日月宗近にはそれは分からなかったが、接吻け一つ出来ないことに苛立つほど器量は狭くない。けれども、こういう時、どうしたら良いのか分からないのは困った。主は言われた通りに息を吐いて、それから吸って、自分を落ち着けようとしている。動かずにそれを見ながら、三日月宗近はどうして欲しい、と問うた。
「どうしたら、お前に報いることが出来る」
苦しさから張った涙の膜に、自分が映っているような気さえする。
「むく、いる…なん、て…」
息も絶え絶えに紡がれる言葉の一つひとつを、取りこぼしたくはない。そんなことはしなくて良いと、思わなくて良いと言われようとも、やはり三日月宗近は主に顕現された刀剣男士として、主のことを愛していた。それは人間が当たり前のように操る恋情のものではなかったけれども、それでも確かに愛しているのだ。
「主、俺に何かをさせてくれ」
それは懇願にも似ている。
「自己満足だろう、分かっているが、俺は、主が苦しみをやり過ごそうとしているのをただ眺めて待っているだけというのは、嫌なのだ」
別に主だから、という訳ではないだろう。それでも自らを異物として認識されているようで、主は人間で、三日月宗近は刀剣男士で、決してその運命が交じることがないのだと言われているようで。
肩で呼吸をしながら、主は暫く迷うように三日月宗近を見上げて、それから手、と呟いた。
「うん」
迷子になったような片手を取ると、ぼろ、と涙が零れ落ちるのが見える。
「みか、づき」
「ああ、主。そうだ。お前の三日月宗近だ」
主もまた、同じ不安を抱えていたのだろうか。そんなことを思った。
手を繋いで、声を掛けて、息をさせて、少しずつ馴染んでいく。繋がることがこんなにも幸福感に満ちていることだとは知らなかった。決して交わることのない運命だとしても、その一生についていくことは出来なくても。大切にしたいと、求めて欲しいと、そう思ったことだけは忘れたくないと願った。
そうして時間を掛けて、ぴたりと肌が合わさる。全部入ったぞ、と、よく頑張った、と空いてる方の手で髪を撫でる。
「…まるで、処女にされた、きぶん、だ」
謝る代わりにそんな皮肉を言う主が、本当に愛おしい。
最初こそはゆっくりとした抽送で反応を見ていたが、徐々に中は解れて声に艶が戻って来る。それでも苦しさが完全に取り払われた訳ではないようで、掠れたものになることも多かった。けれど狭さはいつしか甘えるような締め付けへと変貌を遂げ、快楽を逃がすように繋がれた手に爪が立てられる。肉と肉の擦れる度に悦が組み立てられてゆき、びく、びくと身体が主の意思に反してだろう、打ち上げられた魚のように細かく跳ねた。それを逃すまいと腰を引き寄せる。逃げたいと言わんばかりに震える主の髪を、大丈夫だ、と撫でた。それで何が変わる訳でもないが。
嬌声と言うにはあまりに圧し潰されたような高い声を聞いて、少し動きを緩めてやる。は、は、と荒く息をする主の視点が何処かへ行きそうになるのを呼び戻す。もう少し、もう少し。余韻で収縮する中で耐え、また主の身体の準備が整うまで待つ。みかづき、と舌足らずに呼ばれるのに此処にいるぞ、と返してはじわじわと燻る火を消さないように、そしてまた引き上げるように動きを調節していく。そんなことを繰り返していれば、限界が来るのはあっという間だった。
「主、………杜鵑(とけん)よ」
「ぐ、ぅ、…ッあ、ゃ、な、に」
「中に出すぞ」
「は、やだ、まって」
「心配するな。孕まん。お前が俺たちを刀剣男士として顕現したのだ。俺たちはそれ以上でもそれ以下でもない。形はあれど、種を残すことは叶わん」
「なら、ッ」
「形を作っているのは霊力だ。直接流し込めば循環はよくなる」
「そ、ういう、問題ッか…!」
倫理観、と言おうとしたらしい唇に、指を当てて留める。完全にお前が言うなという言葉だったけれどもやはり三日月宗近としては言って欲しくなかった。本当は自分の唇でもって塞いでしまいたかったが、その一線は越えたらいけなかった。
「杜鵑」
逃げ打つ腰を抱え込んで奥の奥へと埋めると、丁寧に積み上げた享楽が弾けた。形だけの精液が更に奥、届かない場所へまで行けば良いと塗り込める。それに誘発されたようにがくん、と主は何度目か分からない脱力を晒した。
手は繋がれたまま。荒い息の音が部屋に満ちていく。
「し、んじらん、ない…」
呆然と呟く主は文句を言おうと三日月宗近を見上げ、そこで何かを察したらしかった。
「主」
「いやだ」
「まだ何も言ってない」
「速やかに後処理をしようそうしよう」
「思いのほか気分が乗ってしまった」
「ふざけんな」
何も思いのほかではないのだけれど―――それを伝えるには三日月宗近は人間ではなかったし、主もまた主でしか、審神者でしかなかった。
「悪いな、主」
悪いなんて微塵も思っていない口調で三日月宗近は微笑む。
「俺は今、ひどく嬉しいし愉しいのだ」
翌日渾身の力であろう拳で腹にストレートを入れられたのは別の話である。それは大して痛くなかったのだが、その後の元より宣言されていた、本体物干し竿の刑の方が心に来た。