アンスリウムが眠る夜
こんなに長く続けるつもりはなかった、と言えばそうだった。ただの気まぐれ、一度だけ、たった一度だけ泥酔したエイトを店に泊まらせてやったことが原因と言えば原因だ。その泥酔も本人の監督不行き届きというよりかは妙な薬を盛られた結果だったし、その先に起こったこともその薬の所為と言えばそうだった。
―――ただ、
起こったことは変えられない。忘れることは出来るけれど。
そのときは、忘れられると思っていた。実際、エイトは忘れることを選んだようだったし。それが何となく気に食わなくて、あれこれ罠とも呼べない罠を仕掛けて、興味が向くように、して。それでもエイトのどうして? とでも言いたげな表情は拭えなかったなあ、と思い出す。疑問に応えることはなかったし、エイトに問わせるようなこともしなかった。そのかわり、とでも言うように、丁寧に快楽を積み上げて。
今では誘って、都合が悪くなければ首肯かれる程度の関係にはなっていた。それを何、と名付けることはしないけれど。エイトから誘われたことはないんだよなあ、とは思っていたのかもしれない。
「ゃ、あ、ああっ!?」
仰向けにベッドに転がした身体が、過剰なほどに震えた。
「ぁ、っヴぉ、しぃ…ッ、ぁ、ンンッ」
ぐしゃ、とシーツに縋るように指がのたうつ。
「ま、でゃ………って、るか、らぁ…っ」
「これ、好きでしょ? 俺しかしてくれないもんね?」
「ァ、ああっ、そ、らけどぉ…ッ、ぁ、」
だから、こんなふうに尊厳を奪ってしまえるほど、快楽に慣らしているのかもしれない。まかり間違っても、これが恋愛感情だなんて言えなかった。エイトだけが特別、というわけでもない。もし何かが起こればすぐに捨ててしまえる関係、それが分かっているから、セックスの間は真面な会話をしない。互いに情報を与えるような間柄でもないのだから。交換はするけれど、それ以上に踏み込めばきっと、エイトは距離を取るだろう。そういう計算が、それこそ天賦の才能として宿っているような、こども。
「ね、ぁ………っ、」
そうだ、こどもだった。今はもうこどもなんて言えるような年齢じゃあなくなっていたけれど、そういうやわらかい箇所がよくよく残っている男。裏社会がどんな場所か分かっているはずなのに、どうやってそんな箇所が踏みにじられないでいるのか、不思議に思ったからかもしれない。
「…俺、ばっか…きもち、ぃのは、ゃだ…っ」
その言葉に指を抜いてやると、ふにゃり、と笑みのなり損ないが頬に乗る。
「も、はやく、」
涙は浮かんでいるだけだ、溢れるようなことはしない。そんな瞳で見上げられることが一体どんな結果を引き連れてくるのか、まったく知らないでいるようにすら錯覚する。
「きてよ………」
力の抜けた腕が、そっと伸びた先。ヴォースィミがとろとろに蕩(とろ)かしたそこに指が添えられる。自分で開いてみせる、までは出来ないのだろうが、それだけでも充分に扇情的ではあった。それに、膝頭を擦り付けるように震えるさまで脚が半ば閉じてしまっているのも、何処か無垢さを忘れていないようで煽られる。
もう、何度もしているのに。
こんな仕草一つで理性が一瞬でも吹き飛びそうになるのだから、本当に手強い相手だ。ふふ、と誤魔化すように笑いながら、仕方ないなあ、と言ってみせる。エイトの瞳が、期待を宿して揺れる。
「ぁ………っ」
つぷ、と宛てがった熱に歓喜するように声が漏れた。理性が溶かされるのか、ゆるり、と脚が開かれる。その様子に笑みを深めながら、浅く、挿入をしてやる。それに欲しい快楽が得られると確信したのだろう、腰がもっと、とでも言いたげに揺れた。目に毒、とも言えるその光景にぐっと耐えて、そのままの状態で止まる。
そうしてしばらくいると、流石に焦れたのか、涙で薄く膜を張らせた瞳が見上げてきた。
「なんでえ…っ、ヴォーシー…っ」
あともうひと押ししたらこぼれてしまいそうだ。エイトはそれをどう思っているのだろう。快楽に耐えきれずに涙を流すことを、流させられることを、どう、思っているのか。そんなことを考えながら、薄っすらと笑ってみせる。
「挿れてあげたじゃない。何が不満なの?」
そう、入ってはいるのだ。ただ、浅いというだけで。なんなら動いてもいる。それがひどく浅い、ということ以外はエイトのおねだりを叶えた結果になっているはずだった。
「だって、いつもと、ちが…ッ」
「違う、かなあ?」
「ゃ、んんっ…」
ひく、と飼い慣らされたナカが震える。もっと、と。口より先に身体が示す。
「ヴォー…しー…」
でも、それじゃあ足りないのだ。
「ゃら、ぁ…」
「じゃあ、エイトさん」
唇をなぞる。エイトの腰は軽く揺れてはいるけれど、この程度では自分では挿れられないだろう。
「どうして欲しいのか言ってみてよ」
なら、もっとおねだりをするしかない。誰でもないヴォースィミに、今までどうされてきたのか、どうされて気持ちよかったのか、自分の言葉で言わなければ解放は訪れない。
「挿れてもらっただけじゃあ足りないエイトさんは、どうして欲しいの? どうされたいの?」
「ふ、ぅぇ、」
エイトの目に、ヴォースィミがどう映っているのかは分からなかった。単に口頭での確認を求める、そういう面倒な相手に映っていればその方が良いとさえ思う。
「………もっと、」
じりじり、と理性が焼き切れる音がする。それがどちらのものだったのか、エイトのものであれば良いと思った。
「もっと、おく…」
「奥? 奥に、どうやって欲しいの?」
「…やさしく、」
言葉に、迷ったのは、それが本当ではないと他でもないエイト自身が分かっていたからだろう。
「やさしく、とんとん、って…」
「―――嘘吐き」
「―――〜〜〜ッ!!」
ぎゅう、と折り曲げられた膝が揺れる。つま先が丸まって、腰がコントロールを離れたように跳ねた。一気にねじ込んだそれは、抵抗もなく望まれたとおりの奥まで這入り込む。
一瞬意識が飛んだようなようすに、主導権を確実に取り戻したことを確認して舌舐めずりした。エイトにはそれは興奮として受け取られただろうが、それも別に間違いではないからいい。止めるように、縋るように伸ばされた手を無視して腰を強く掴んでやれば、その先にある悦楽を思い出したのかナカが締まった。惜しむような動きを感じながら腰をぎりぎりまで引いて、もう一度奥まで突き込む。乱暴とも言えるその動きに、エイトはいやいやと首を振ってみせた。
「ゃっ、あっ、ね、ちが、ヴぉ、しー…っ」
「違わないよね?」
言葉とは裏腹にエイトの腰は浮き上がる。もっと、とでも言うように。被虐を欲する身体は、プライドを裏切って男に屈する。そうだ、これは闘いなのだ。
―――最初の時、
あれは事故だとも言えた。だからエイトは始終乗り気ではなくて、何も集中していなくて、行為中も終わってからも、ごめんね、と謝るばかりで。薬の入っていたエイトは倦怠感もあったから、こちらが動いていたし、主導権はほぼ握っていたはずなのに、どうにもいいように使われたような心地がして。
そんなことはないと、分かっていたはずなのに。
ここまでオトしてしまえば、本当に分かっていたのかも怪しくなる。
「エイトさんが好きなのは、やさしく、じゃなくて、めちゃくちゃ。とんとん、じゃなくてぐりぐり、でしょ?」
「やら、っあ、んんっ、ぁ、う、」
「犯されてる感じがする方が好きなんだもんね?」
「ち、…ッぁ、ああっ!!」
口でどう言っても身体は嘘を言わない。ねじ伏せられ、感覚を狂わされたまま、右も左も分からないのにただただ終わりだけを求めている。
「―――っ、」
「ほら、またイった」
「ゃああっ、」
「ほら、好きでしょ? こうされたかったんでしょ?」
「ンッ、ゃ、ぁ、あっ!」
「腰浮かせて、俺がやりやすいようにしてくれてるじゃん」
「あっ、あっ、ぅう〜〜〜ッ」
「ドライでイきまくって…頭、ふわっふわになってる? きもちいい?」
「ひ、ぁ、ぁあっ、ぁ、ぅ、」
「ね、ほら、エイトさん。きもちいいよね?」
「ぅ、っふ、ぁ、………」
惨めなくらいに縋られる、その恍惚に勝てるものは多分、あまりなかった。涙がぽたぽたと押し出されて、それを舌で拭って。ほら、言ってみて、とやさしく呟く。
「ヴぉ、…しぃ…っ」
どろどろになって、最早焦点が合っているかも分からない瞳が、ヴォースィミを映す。
「…き、もち、ぃい………」
「よく言えました」
えらいね、と言いながら腰を打ち付けて、奥を更に抉ってやる。悲鳴にも近い嬌声と共に縋られて、名前を呼ばれて、衝撃に丸まる身体を腕の中へと閉じ込めて。
「エイトさん」
キスはしてやれなかった。
「俺もきもちいいよ」
ねだられたことがないから、というのをいつまで言い訳に出来るのか。本当は答えを決めておかなくてはいけなかった。
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作業BGM「人間」703号室