太陽は死にました
逃げればいいのに、と思う。
そんなことをしたら追うと決めているくせに、それが分かっているからエイトだって、逃げないで留まっているのだろうに。行為中、エイトはあまり、声を上げようとはしない。それは単に暴力をふるわれているのだから、相手の望むような反応を見せないようにしようと、そういう防御体勢、だったろうに。スリーはどうしてもそれが気に食わなくて、仕方なくて。多少手荒にしたり、反対にやさしくしてみせたり、そういうことを繰り返してやっと、ある程度反応を貰えるようになった。これは、別に恋だとか、愛だとか、そういうものに起因なんてしていないのだから、エイトの対応が正しいのは分かる。でも、それを言うのならばスリーは加害側で、加害するのは当然、晴らしたい鬱憤があるからで。
加害されている側にも無視されるようなことは、耐えられなかった。
「―――………は、」
腰を引いてやる。スキンに溜まった白濁は少しだけ引っかかったので、指で掬わなければいけなかった。別に溜め込んでいたわけでもないのに、よく出るものだな、と思う。もしこれがただの自慰だったら、エイトはそうやって揶揄ってくれただろうか。そんなどうでもいいことを考えながら口を縛って、それからゴミ箱に捨てる。
その音で、現実逃避に割り振っていた思考を戻したのか、やっと、エイトがスリーを見遣る。
「…気は、済んだ?」
「………いえ」
こういうときだけだ、と思った。こういうときだけ、最中は絶対に目を見てくれない。そこまでするくらいなら逃げればいいのに、エイトはそれをしないから、分からなくなる。
「もっと痛めつけたい気分です」
「さい、てー…」
「逃げなかったのはエイトさんですよ」
「そー…ゆーの、せきに、ん、てん、かって…ゆー…んだ、よ、」
「そうでしょうね」
スキンの箱を手繰り寄せたのが分かったのか、また現実逃避をするようだった。もう少し会話をしていたかったけれど、時間には替えられない。エイトを此処に留めておける時間には限りがある。
「………痛めつけてるつもり、なんですけどね」
「じゅー…ぶん、いた、ぃ、よ」
「そうじゃなくて」
パッケージを開く音で意識を遠くにやって欲しくなくても、スリーが出来るのは言葉を続けておくくらいだ。エイトがいつ返事をしなくなっても、文句は言えない。
「気持ちよくて、どうしようもない感じになるので」
「………は?」
そう、思っていたのに。びっくりしたように見開かれた目が、スリーを見ていて、それ以外にないとでも言うような顔をしていたから。
「それ、って、どぅ…ゅ…―――………っ!」
「だから、」
二度目の挿入は一度目よりかは楽だった。やわらかくなっているなかをこすれば、腰が浮き上がるのが分かる。
「鬱憤晴らし終わると、今度は、もっと気持ちよくなりたくなるし、気持ちよくさせたくなるんです」
「は、………っに、それ…ぇ、」
「エイトさん」
「んっ、ぅ、」
「そういうわけなので、」
―――気持ちよくなってくださいね?
意識の剥がれていく音がしないのを確かめながら、ゆっくりと続きに戻る。
せめて、いつか。
これが愛だとか恋だとかになれば報われるのか、その答えはまだ分からないから。
*
メモ用紙 @so_saku_odai
ゼロになれないぼくたちは
逃げるのが下手なんだな、というのは思っていた。
でもそれはきっと、エイトがスリーのことをそこまで邪険に思っていない、からであって。もしこれがただの部下だとか、今後の付き合いなんて考えなくてもいい人種であったのなら、きっとエイトはこういう態度は取らなかっただろう。カードだから、こんな曖昧な態度を取られている、それは、思う。でも、カードだからというだけの理由だったら、きっと、もっと上手く逃げられたような気もしていた。昔からの付き合いのこともあっただろうけれど、普段それなりに顔を合わせるから、思っていた以上にきっと、スリーはエイトの内側≠ノ足を踏み入れて、いて。
「エイトさん」
「………」
だから。
こうして、追い詰められたふうに、してくれるのだろう。手を振り払って逃げるのも、拒絶するのも楽に出来るだろうに。一度してしまったからと言って次を断れない、なんてことはない。寧ろ、エイトにしてみたら次≠フ方が断りやすいだろうとすら、思うのに。
「スリーくん、」
れろ、と出した舌を捕まえた指に這わせる。前にこんなの慣れてるんじゃないですか、と言ってみたら、俺はベッド以外ではそんなことしない!! と怒られたのを思い出した。そのときはベッドならいいんですか、と言ってそのまま連れ込んだような気がする。思い返すと、結構な確率で口を滑らせるところがあるからこんなふうに、自分なんかにつけ込まれるのではないか、と思う、けれど。
「何ですか」
「嫌だ」
「嫌なら逃げたらどうです」
きれいに塗られたその爪の、丸さを味わうように口に含む。
―――こんな、ことは。
随分目にしてきているだろうに、誰にでもこんな顔をするのだろうか。どうしていいのか分からないとでも言いたげな、まるで、本当にスリーなんかに追い詰められている、みたいな。困ったような、少しでも気を緩めれば頬が紅潮してしまうとでも言いたげな。
そんなこと、ないはずなのに。
だから、そのまま見上げる。
「出来ますよね?」
空いている方の手を腰にするり、と添わせながら、同時に背伸びをして、指を巻き込んだまま唇を重ねる。身長差的にも、こんなこと、エイトが許していなければ出来ないのに。
「………っ、は、」
指の所為でうまく飲み込めなかったのだろう、唾液を拭ってやりながら、ねえ、と重ねる。快楽に弱いわけでもないのに、断ったところで困ることなんて一つもないだろうに。
「欲しいんでしょう?」
「…欲しくない、」
「欲しいくせに」
「………ちがう、」
反論を飲み込むようにキスをする。
このまま、本当はボクのこと好きでしょう、なんて。
そんな馬鹿なことを問いたくはなかったから、すべてを無視することにした。
*
好きなひとの指 / 嫌だと言うのを無視して / 「欲しいんだろ」
https://shindanmaker.com/a/464476
温かな君は死んだ
どうして跳ね除けられなかったのか、分からない。
噛みつくようにキスをして、そのまま床へと押し倒して。エイトなら、逃げる術を知っていた、はずなのに。だから選んだ、ような気がする。いつものように抜け出して、スリーくん、それはおかしいよ、と言って欲しかったのかもしれない。何にせよ、エイトを選んだのは甘え、だった。そこまでひどく拒絶されることもなく、怒られることもなく、これからの関係だって、壊れないような、相手。適当な部下を使うことも考えたけれど、この暴力性を飼いならすためには抱かれるのではいけなくて、だからと言って、自分より幼い誰かを犠牲にすることなんて、考えられなくて。
そうやって思うと、やっぱりエイトしかいなかった、とは思うのだ。
「………ひ、」
苦しそうな、声が上がる。否、苦しそうなのではなく、事実苦しいのだろう。必要な準備は一応したけれど、何の心構えもないところに無理に突っ込んでいる、という事実は変わらないわけだし。ひ、ひ、とそれでも息を整えようとするのは、少しでもスリーに弱そうなところを見せないため、だろうか。
「………エイト、さん」
落ち着けるように、耳をなぞってやる。それから、頬に滑り降りて、唇に触れる。ちゃんと手入れをしているのだな、と思ったらなんだか、たまらない心地になった。
唇を、衝動のように合わせる。驚いたようにエイトの目を見開かれて、それから抵抗するように手首が震えた。
「ッ、」
けれども動くには未だ苦痛の方が大きいのか、怯まれて、その隙に舌を捻じ入れる。
「………ン、ふっ、」
「ん、」
「ぁ、っ」
目先の苦痛から解放されたいのだろう、舌が応えようと動くのがいじらしくてたまらない。なのに、エイトはふと相手がスリーであることを思い出したようにその動きを止めるから。
―――もっと、
求めたく、なる。最初の怒りやら何やらなんてどうでもよくなって、痛みに萎えてしまったらしいエイトのものをゆるゆると刺激してやる。
「っ、ぅ、んん、」
でも、それを留めるように手が伸ばされたら、どうして、と問わずにはいられなかった。
「こうした方が気も紛れるでしょう」
「い、い…」
「でも、」
「だいじょーぶだよ、スリーくん」
痛みが響くのだろう、いつもよりずっとやわらかな声で、喉からやっとのことで絞り出したような声で、エイトが言う。
「だいじょーぶ…」
どう見ても、大丈夫なんかじゃあないのに。そういう状況に落とし込んだスリーの言えることじゃあなくて、必死な様子のエイトに倣うくらいしか、出来なくて。
「だから、そんなこと、しなくて、いーよ…」
「エイトさん、」
これが、ただの暴力であるのなら。
そうやって片付けてしまった方が、いい。エイトの考えは、分かっている。此処にあるのが痛みでしかないのならば、そういうこともある、で忘れてしまう方がずっと良い。
―――分かる、
分かって、いるのに。
「ボクが、」
声が、震える。
「ボクが、したいんです」
「すり、く…」
「ただそれだけ、ですから」
貴方はただ、何も考えずにいてくれればそれでいい。
すべてを否定するようなことを言ったのに。
エイトの瞳は少し、傷付いたような光を見せただけで、それ以上にはなってくれなかった。
*
しろくま @srkm_title
共犯
その影を見つけたとき、あ、と思うよりも先に足が動いた。視界には入っていたのだろう、けれども回れ右して追ってくるとは思っていなかったのか、ぎょっとしたようにその肩が揺れて、それから振り返られる。それを逃さない、とでもいうように距離を詰めて、そのまま壁際まで追い込んだけれど、これはきっと、追い込まれてくれた≠ネのだろう。自分にそこまでの能力があるとは思わないし、逃げ足だけで言えば随一のこの人が、そんな失敗をするとは思えなかった。
「シックス、」
どうしたの、という表情は少し驚いた、という程度のもので、何か問われて困るようなことがあるようには見えない。
手を、つく必要はなかった。壁との間に閉じ込めずとも、どうやら逃げないでいてくれるようだし。ねえ、と声を上げる。だからなに、とやわらかな声が返ってくる。宿題で分からないところがあったから、なんて問いとはかけ離れたものがぶつけられると、分かっているくせに。
「エイトさんってさあ、」
足掻いてみせるのは、どうしてなのだろう。そういうところが、よく、分からなかった。物分かりが悪い方だとは思わないのに、寧ろ良すぎる方だとすら思うのに。今だって、逃げてしまえば質問はそのうちに忘れ去られるものだったかも、しれないのに。
「男もいけるの?」
こうして、捕まったふりをしてみせる。それは―――どうして、なのだろう。説明義務が発生したとは思っていないだろうから、こんなふうに諦めるのを待たれているのだろうし。
「どーしたの、人生相談?」
「あの時俺が見てたの気付いてたくせに」
目は、合わなかったけれど。
気付かれた、のは分かった。それでいて兄を止めようとして、止めきれなかったことも。見てはいけないものを見たような気がして、その場から去った自分のことも。確かに理解して、誤魔化すような言葉を続けるのは、聞かれたくないことだから、なのだろうか。それは―――どうして? 同性同士だから? それとも本気ではないから? 今まで知らなかった兄の一面を見せつけられたようで確かに動揺はしたけれど、別に本人たちが納得しているのなら特に文句はないはずだった。でも、それをどうやって問えばいいか分からないから、こうしてエイトを捕まえてみた、というだけ。
「スリーにいちゃんにキスされてたの、って言葉にしなきゃ話進めてくれないわけ?」
「………そりゃあ、進めたくない話だからね」
―――兄には、
聞けなかったから。
ため息が落ちる。
心底面倒そうな、色。
「別に、何かあるって訳じゃねーよ」
「何もないのにキスとかすんの?」
「するときもあるんじゃねーの、知らないけど」
「エイトさんの方がそういうの詳しいじゃん」
「それは…そうだろうけど、」
ああ、もう、とエイトが髪を掻き上げる。
「付き合ってんの?」
「そういうのじゃない」
「じゃあ何?」
「何、って言われても…」
嫌そうにするわりには顔色一つ変えないくせに。
―――もし、
この人が。兄を消費するような、そんなことをしていたら。
どうしよう、と思う。そういうことをしない人だろうと、そう思っていた。だから今、こうして真っ向から聞くことが出来ている、というのはあったけれど。兄がどう思っていても、この人が消費と思っていたらそれまでだろう、と思うし、そういうとき、この人は自分を悪役にして逃げる、というのは流石にもう分かっている。
「発散…じゃないけど、ああやって時々スリーくんが八つ当たりしに来るだけで。俺もそれなりに八つ当たりし返すこともあるし。まあ、ウィンウィンなんだよ、一応。不健全だろうけど」
「………ふうん?」
「ほんと、それだけで…だから、お前がこの間見たのは、スリーくんの、ただの、八つ当たりで…それ以上はないんだよ」
「言い訳するみたいに言うじゃん」
「だってお前が聞きに来たのはこういうのだろ」
「そうじゃ、ないけど」
言葉が落ちる。そうやって言われると、結果的にはそうなっているかもしれないけれど、別に言い訳を求めて問うているわけではないのだ。
ただ、
真実が知りたかった、だけで。
「じゃあ、エイトさんがスリーにいちゃんつまみ食いしてるわけじゃないんだ」
「つっ………」
流石のエイトでも、言葉に詰まったらしい。はく、と意味もなく唇が戦慄いて、それからずささ、と壁伝いに後退られた。まあ、体勢的に横に這っている、という方が近かったかもしれないけれど。
「おっ、恐ろしいこと言わないでくんない!?」
「でもいつものエイトさん見てたらそうなのかなって思うじゃん」
「思わないで!? それに、どっちかって言ったらつまみ食いされてるのは…」
は、と口が噤まれる。どっちかって言ったら、つまみ食いされてるのは。流石にこの返しは想定外だ。
「されてるのは?」
「なんでもない」
「なんでもなくないじゃん、今のは」
「なんでもないったらない」
「もしかして、」
するする、と壁伝いに追っていけばまた、追いついた。そこまで本気で逃げるつもりもないくせして。どうしてこの人はこっちが諦めるのを待つのだろう。
「エイトさんがされてる方なの?」
「………黙秘権! 黙秘権!」
「エイトさんに今弁護士ついてないからそんなのないよ」
「やだ…弁護士呼ばして…」
「ていうか俺たちマフィアなんだからさ、マフィアの遣り方で話しようよ」
「そしたら俺はお前を殴り倒して此処から逃げたっていいんだからなっ!?」
「でもエイトさんそういうことしないでしょ?」
ね? と首を傾げてみたら、ぐ、と言葉に詰まられて。
「お、…」
「お?」
「お前なんか殴らなくても逃げられるんだからなっ!」
「あ」
そんな捨て台詞と共に、逃げ出された。
流石に本気で逃げられたら追いつけないから、その日は諦めたけれど。
もうほぼほぼ認めたようなものであるのなら、これはもう兄の方に聞いてみても大丈夫なのかなあ、なんてことを思った。
*
(「ねえねえエイトさん、スリーにいちゃんに聞いたらこのままだと外聞が悪いから付き合ってるってことにするって言ってたけど、あれから何か進展あった?」「なにそれ嘘でしょ?」)
*
作業BGM「ちょめちょちょめ」初音ミク・flower(ねこまんま)
生者は進むことしか許されていない
*過去捏造
下手を打った、というのは嫌というほど理解出来た。
頭を殴られたらしいエイトの瞼はかたく閉じられていて、今すぐには起きそうにはなかった。というか多分これは気絶しているのではなく、一回くらい死んだな、と思う。この身体になってそう多く死んだことがある訳ではないから、回復にどれくらいの時間を要するかというのも試算でしかない。
ほら言ったろ、と声が頭上から降ってくる。
「どうせこどもだって」
「なんだよ、幹部みたいに呼ばれてるから、そういうモンなのかと」
「こいつずっとこっちのちっこいの庇ってて、惨めだよなあ」
エイトの頭に誰かの足が乗せられる。
「あーよく見たらそこそこきれいな顔してんじゃん」
「何、お前そういう趣味?」
「趣味っていうか…あれだけ暴れられたら、躾くらいしなきゃいけないよなあ」
「ああ、確かに」
ぐりぐり、と踏みつけられてもエイトが起きる気配はない。普通であれば死んでいるだろうに、どうしてこの男たちはそれが理解出来ないのか。
こども、というのは。
消費されるべき群体、ではないのに。其処には確かに個があって、未来があって、それを無意味に断とうとする大人≠ヘいなくなって然るべきなのに。
―――同じようなことを、
していたスリーが、言えることではなかっただろう、けれど。
「可哀想になあ、お前のナイト様は寝ちまって助けてはくれねえよ」
エイトが反応しないのに飽きたのか、矛先は意識のあるスリーの方へと向いた。その方が今は良いかもしれない。せめて、エイトが起きるまで。どうにかして時間を稼がなければ。
手は後ろで縛り上げられている。それはエイトも同じだ。でも、エイトであれば拘束されていたところで意味はない。
「お前はそんなに暴れなかったけど…」
ぐい、と顎が掴まれる。
「そういう目を、大人に向かってしちゃいけないって教わらなかったのか?」
目付きが悪いのは生まれつきだ―――とでも言うべきだったのだろうか。いや、それでは逆効果だ。
身体全体を捻って男の手から逃れる。逃げても無駄だよ、という言葉に追いかけられながら、なんとかエイトのもとまで転がっていった。…息、は、している。追ってきた男が雑に頬を叩いていった。
痛い。
けれど、今は良いタイミングだ、とも思えた。口の中に血の味が広がる。それを集めて喉に留めて、声を調整する。
「―――」
憐れっぽい音が自分に出せるのか、分からなかった。でも、今は死ぬ気で演じなければどうしようもない。このまま殺されたところでどうせ生き返るだろうが―――無駄に死んで回復の時間を取るよりも今やれることがあるのならばやってしまった方が良い。ずる、と自由の効かない身体でエイトに乗り上げると、今度はお前が守るって? と野次が飛ばされる。そんなことが出来るものか。エイトがそんなことをさせてはくれないことを、誰よりもきっと、スリーが嫌というほど知っている。
「こ、」
唾液と血で濁った声が、いい感じに震えて耳に届いた。自分の声じゃあないみたいだ。
「このひとのことが、好きなんです…っ」
涙を呼び出すほどの技量はない、だから、顔は上げない。
「だから、最初に、キスをさせて…」
一瞬。
スリーの行動に呆けていた男たちだったが、スリーがこれからされることを理解している、と察したのだろう。わ、と嫌な笑みが巻き起こる。その程度の頭があって良かった。でなければこんな似合わないことをやった意味がなくなってしまう。
「そういうことなら、良いぜ」
ほらよ、と。やりやすいようにだろう。上体を持ち上げられる。
「お姫様のキスでナイト様を起こしてやりな?」
そのままスリーの真後ろに陣取るかと思った男は、数歩下がって他と一緒に囃し立てることを選んだらしかった。助かる。
戸惑うように息をして。
それから、触れるだけのキスを落とす。ゆっくり、呼吸を引き出すように。舌が奥へと行ってしまわないように。何処か稚拙にも見えるだろうそれに、男たちが野次を飛ばすのが聞こえた。聞き流しながら、エイトの手元に瓦礫を押し込む。此処が荒れた場所で良かった。少しくらいものが動いても、こどもが必死に示す大人らしさ≠ノ色めきだった男たちは気にしない。
びくり、とエイトの身体が跳ねる。それを、体重で押し込めて。
「五時の方向、上に七十度、そのまま反時計回り」
唇を合わせたまま、囁いた。
悲鳴と、硬いものが肉を抉る音。キスを続けたまま幾度か修正した方向を言えば、そのうちに部屋は静かになった。
「………な、に…」
「おはようございます」
「おはよう…あたまいたい…」
「エイトさん、なんか瓦礫とかで殴られてましたからね。頭」
「死んでない?」
「死んでたと思いますよ」
「…それが、また、なんで?」
「騎士を起こすのは姫の役割らしいので」
「………は? なんのはなし…」
周囲が静かになってしまえば、拘束を解くのにどんなに時間をかけたって良い。動きにくいままちまちまと互いの拘束を外して、やっと自由になったところで、エイトが唇を拭う。
「そんなに気持ちよかったですか?」
「ンなわけないでしょ。なにこれ、ほんとなにこれ…にっが…」
「気付け薬ですよ。起きたじゃないですか」
正確には、血液を流し込んである程度の治療をしてから起きるように、奥歯に仕込んでいた気付け薬を流し込んだのだったけれど。
「起きた、けどね」
「けど、なんですか」
「もっと方法あったんじゃないの、ってちょっと思った」
「はあ」
なかったと思いますよ、と返して、それにエイトがそう、と諦めたように息を吐くのを見てから。
「じゃあ、口直しでもしますか?」
「何、煙草でも持ってるの?」
「そんな訳ないじゃないですか」
もう一度、キスをしてみる。
当然、味変わらないでしょ、と怒られた。
*
作業BGM「神っぽいな」EMA(ピノキオピー)
有毒の天国
こんなのはただの、薬の効果だ。分かっている。足元にくた、と横たわるエイトの、その荒い息と紅潮した頬―――というか身体を見て、ちゃんと頭はその判断をくだした。というか、エイトに今更こんな薬が効いた方が驚きだったかもしれない。
「エイトさん」
「っ、」
しゃがんで、声をかける。首を捻る、その動作だけでもつらそうだ。
「すりー、く、ん…?」
「はい」
簡単だ、ただ、解毒してやれば良い。それくらい出来る。エイトの治療はしたことがあるし、未知の薬物だったのだとしても、そう時間はかからないだろう。
―――でも、
この状況を自分から捨てるのも、なんだかもったいなかった。
する、と頬を撫でてみる。ん、と喉が震えただけで、何も言われない。常のエイトであれば、解毒してほしいとくらい、言うだろうに。何も、言われない。そのまま頬を撫で続けると、刺激が足りない、とでも言うように首がこちらに傾いた。
―――まるで、
もっとして欲しい、とでも言うように。
「エイトさん」
頬から徐々に移動させた指で唇をつつく。それに応えるように口が開けられ、舌がもどかしそうな動きで指に伸ばされたのを見たら、我慢なんて言葉は、彼方に押しやってしまうのがきっと、正解だった。
びく、びく、と。
陸に上った魚のように打ち震えるしかない身体の、全権がこの手にあるようで。それはある意味生命を掴んでいるのと似ていて、興奮に拍車がかかる。
「ん―――っ、ん、」
流石に強力な薬とは言え、それはただ性感を高めるだけのそれだ。此処まで効いていなければ自分で対処しただろうにな、と思う。水でもたくさん飲んで、効果を薄めて、あとは適宜処理をすればそれで終わりのはなし。それが、何の因果だろう。きっと唯一解毒出来るだろう自分のところに来たのに、結局こんな、身体を暴かせるようなことになって。きっとエイトはこんなのを予期して此処にきたのではないだろうに。
ぐちゅり、と音を立てながら指を引き抜く。もう、充分に解れただろう。薬に弛緩系の効能もあったのか、そう苦労はしなかったな、と思う。服を脱がせなかったのはそんな余裕はないから、という理由だけだったけれど、こうやって改めて見てみると無理矢理に行為に及んでいることが明白になるようで。…それも、また、興奮への呼び水にしかならないのだったが。
「………は、ぁ」
自分で床にこすりつけたり出来ないように、仰向けにしたのが良かったのかもしれない。未だ発散されない熱は、たまるだけたまってエイトの思考をより狭めているらしかった。途中まではかたかたと震えていた指も、もうそんな気力はない、とばかりに縋り付いてくるばかりで。
「おねが、ぃ、」
その爪の、丁寧に塗られたまるさが、やけに目に留まる。
「ね、すりーく、」
呼ばれる名前に、こんなになっても相手を認識はしているのだな、とだけ思った。
―――絶対に、
いつものエイトであったら、こんなことを自分に頼んだりはしないのに。薬が強すぎただけだ、此処にエイトの意志はない。分かっている、…分かっていても、すべての思考が現実に塗りつぶされていく。
「はやく…」
涙目で訴えかけられるのは、予想以上に視覚にきた。けれども、そう簡単に事を進めてしまうのも味気ない。
仕方ない、というさまを装って、ベルトに手をかけた。その音に、期待と怯えの入り混じった震えが起こって、けれども充てがってしまえばそれも消えていく。
「あ………っ」
色付いた息が落ちる。期待に染まった瞳が、こちらを見上げている。丁寧に慣らしたそこから、ローションの粘ついた音が聞こえていた。挿入に困ることはないだろう。無意識だろうが、遣りやすようにだろう、脚が開かれる。
「ふ、…っん、」
きっとこのまま突けば、エイトは達することが出来るだろう。それで、薬の効果は徐々に散逸していって、それで終わりだ。きっと記憶が消えるようなことはないだろうから、あとで妙なことに巻き込んでごめんね、だとか言われるに違いない。
予想は、出来る。というか、しやすすぎる。
でも。
それだけで終わらせるつもりがあるのなら、最初から手など、出していない。
そんなことを思いながら、少しだけ腰を動かしてやった。
「―――、」
先端がつぷり、と這入り込む。押し拡げられる感覚に追いつけなかったのか、エイトの目が、ぎゅ、と閉じられるのが見えた。
なかは、狭い。
知識も経験も、ない訳ではないだろうとは思っていたが、どうやらそこまで積極的に使っている訳でもないらしい。勝手に推し量った事実に少し満たされたものを感じながら、その目が開けられるのを待つ。
「っ………?」
浅く挿入したまま動かないのを疑問に思ったのか、暫くして目が開かれ、そのまま不安そうにこちらを見上げてきた。それを、安心させるように微笑んでやる。
「す、りーく、ん…?」
「どうしました? エイトさん」
接合部をなぞって、それから腰を引く真似をしてやれば、簡単にその瞳は絶望に彩られる。
「ゃだ…っ」
裏返った声は、もう殆ど涙と同じ色をしていた。それが加虐心を煽るだなんて、今のエイトには分からないのだろう。…逆に、言えば。いつものエイトならば、理解しているから絶対にしない行動だと、そうやって言ってしまえるものだった。
「なん、で、」
「挿れてあげたじゃないですか」
警戒心が強くて、自分のテリトリーにはあまり人を入れたがらなくて。
そんなものを長いこと見てきた自分からしたら、やっと、踏み入った場所なのだ。
「ねえ、エイトさん」
「………ぅ、」
物足りないのだろう、エイトの腰がゆら、と揺れる。それが徐々に継続的になっていくけれど、欲しい快楽は得られないらしい。悶えるような息が、涙に彩られた嬌声に乗って耳へと届く。
「やだ、ゃだあ…っ、」
薬の所為だ、分かってはいる。でも、あのエイトが。いつも余裕を失わないように取り繕い続けるエイトが、こどものように首を振って駄々をこねるみたいに訴えている。
「………たりな…ッ」
どうしようもなく、手を伸ばすことも出来ないで。
「ぅご、いて…っ」
きっとエイトが一番縋りたくなかっただろう自分に、縋って。
「ぉねが、い、」
ただ、乞うだけの存在になり果てている。
「す、りーく………」
「動いてるじゃないですか」
「っ、あ、ちが、」
また腰を引いてやれば、いやいや、と首が振られた。流石にこれ以上は可哀想かな、と思って問うてやることにする。
「どう足りないんです?」
「………もっと、」
熱に飲まれるように、唇が震えた。
「おく………」
涙の気配を追随させるその言葉に、腰を掴み直してやると、やっと、とでも言うように爪先が揺れた。いつもはこんな無防備ではないくせに、そんなふうに思いながら、そっと、性器の根本を押さえてやる。
「………ぇ?」
どうして、と言いたげな視線を無視して、そのまま一気に押し込んだ。
「―――ひゃああっ!?」
唐突な刺激についていけなかったのだろう、腰が跳ねる。それでも手は離さない。
「あっ、ああッ、ゃ、う、ひぅっ」
「きもちいいですか?」
「あっ、あっ、ひゃ、うっ、あんっ」
「喘いでるだけじゃあ分かりませんよ」
「…ッきもちい、きもちいいからあ…っ」
必死になって応えようとするのが、いじらしくてたまらない。
「も、ぃか、せて…っ」
涙が珠になって落ちていく。ぽろぽろ、と、音にするのならばそんな様子で。それが―――ひどく、美しく思えた。
「エイトさん、」
丁寧にしたからか、それとも単に薬の所為か、思っていたよりもすんなり奥まで届く。そんな、普段誰にも触れられないような場所を蹂躙する度に、エイトの中で手放せない熱が膨れ上がっていくのが分かる。
「ボクのことすきですか?」
「―――」
「答えてくれないならずっとこのままです」
「………っすき、」
「本当に?」
「ほんと、ほんとうっ、…」
「本当に本当ですか?」
「ほんとっ………の、ほんと、っ、あっ………すき、すきだからぁ…っ」
もう限界なのだろう、口走っている内容は理解していても、それが何を意味するのかまでは思考が回っていないに違いない。
普段のエイトなら絶対にしないミスだ。
けれど、ずっと、これを待っていた。
「ッだから、も、ぉねが、」
「―――前言撤回は、認めませんから」
動きを止め、手を離してやる。
「さっきの、録音してるんですよ」
「………え、」
静かになった部屋の中に、エイトの理解出来ない、という呟きが響いた。でも、理解を待ってやることも出来ない。エイトも限界だろうが、こっちだってそろそろ我慢の限界だ。よく耐えたと思う。
本能的にだろうか、逃げようとした腰を両手で掴んで。
「―――〜〜〜ッ」
そのまま、動きを再開させる。
「エイトさんのおねだりも、告白も、ちゃんとデータに残してありますから」
「やっ、あっ、ぁんっ、やら、なんれ…っ」
「ずっと言って欲しかったので」
「なん、ぁ、―――ッ」
勢いのない白濁が、ぱたぱたとエイトの腹を汚していく。それを見遣りながら、更に奥へと自身を埋め込む。なかが乞うように締まるのに笑ってから、吐精感に身を委ねた。
「―――ぁ、………」
びく、びく、と尚も打ち震える身体を抱き締める。
「今日から、よろしくお願いします、ね?」
「………」
もう、何を言えば良いのかも分からなくなっているらしいエイトに、キスをするのはまだあとに取っておこう、とだけ思った。
*
作業BGM「メランコリエ」歌愛ユキ(混乱ねむり)