構ってください。満たしてください。あなたのことが大好きなので、直ぐにここから離れてください。必ず捕まえてみせますから、はやく私から逃げてください。



 手を伸ばす、それは振り払われることなく受け流された。そう、受け流された。受け容れてくれたっていいのにな、と思いながら、どうかした、となんでもないことのように問うてくる相手にぷく、と頬を膨らませてみる。かわいくないよ、と言われたから、女の子だったらかわいいって言うの? と言ってみる。それは相手によるかな、なんて返されたということは多分、女の子相手にだって言わないのだろう。別に、女の子のように扱って欲しいわけではないけれど。まずもって何の舞台にも載せてもらえないのだから、徐々にハードルが低くなっていくのも仕方のないことだと思った。もしかしたらそれが目的、だったのかもしれないが。
 そうだったら嫌だなあ、と思う。
 女の子のように扱って欲しいわけではない、というか、もっと直接的に言うと抱いてみたかった。それは確かに恋愛感情というものに基づいた希望で、まあ、そのひとが同性はちょっと、と言うのならまだしも、そういうことだって言われていないのだから、どうにも出来ないのが現状で。
―――そういうところが、
本当に狡いな、と思う、けれど。
「エイトさんさあ、」
「なに」
「逃げないよね」
「………そう?」
「今だって、」
手を伸ばす。今度は受け流されることはない。距離が近すぎるから、かもしれなかった。この体勢からじゃあ、どうやって受け流そうとしても無茶になる。どういうわけか逃げるのをよしとしないこのひとは、そういう無茶を好まなかった。よく分からないな、と思う。逃げられない、というのは役得…というと何かが違ったが、とにかくこっちの得ではあったけれど。
 不思議に思うのは、そうだったから。
「俺のこと、突き飛ばさないし」
「何、突き飛ばして欲しかった?」
「ううん? エイトさんに触りたいから嬉しいけど、誰にでもそうなのかなって心配になるじゃん」
「俺の心配までドーモ」
「うわ、思ってもなさそうな声」
受け流されなかった手はそのまま腰に回って、抱きつくような体勢になる。くっついているところからじんわりと体温が伝わって、やっぱり嬉しくなる。
「…お前みたいなのは、」
腕は、解かれない。それ以上をしないから、かもしれなかったけれど。此処までならただのスキンシップで済む、それは分かっている。誰かに見られたとしても、ハグくらいするでしょ、と言ってしまえば追求もされまい。そういうことを、考えているのがバレているからかもしれなかった。思考の隙間を、甘い、と断じられているのかもしれなかった。
―――でも、
やっぱり、無理強いはしたくなかった。
「逃げると余計燃えるだろ」
「あー…そうかも」
「俺としては刺激しないようにしたいわけよ」
このひとが、そういうことが出来るだけないようにと、立ち回ってくれるひとだと知っているから、余計に。
 兄は知らないんだろうなあ、と思いながら、一瞬だけ先生をやってもらっていた頃を思い出す。すぐにキングに引き抜かれたから、生徒とも言えないだろう、けれど。
「俺は刺激して欲しいけど」
「やだ」
「じゃあエイトさんが逃げざるを得ない遣り方、頑張って考える」
「そういうとこに頭使うなよ…」
そうは言いながらも、結局無理に引き剥がしたりはしないのだから。
 これからゆっくり時間をかけたら、ワンチャン絆されてくれたりしないかなあ、なんてことを思うのくらい、許されたかった。



黄昏の声 @tasogarenokoe
作業BGM「天ノ狗」初音ミク(くにしい)



手癖の悪い犬



 独占欲、と言うには少し、違うのだと思う。でも確かにこのひとが誰か他の男に抱かれている、となったら嫌、かもしれないからなんとも言い難い。こんな面倒なことを言えばこの人はすっと身を引いてしまうかもしれないから、相談だって出来ない。ああ、本当にままならないなあ、というのを、こんなところで思うつもりじゃあなかったはず、なのだけれど。
「…シックス?」
戯れるように背中に縋りついていたのをどう、思っていたのかは分からない、けれど。首筋を辿られるのが分かったのか、止めようと身体が捻られようとして。
「い、」
その前に、と其処へと吸い付く。
 自分の所為で、なんて。
 傷付いてくれるひとではなかった、だから、というわけではないけれど。髪で微妙に隠れるか隠れないか、の場所にくっきりと痕が残る。痛みで察したのだろう、また身体が捻られようとした。それを留めるように更にちゅ、ちゅ、と音を立てれば、ばか、と小さく文句を言われた。
「痕つけんな」
「いいじゃん、どうせ女の人だって思われるでしょ」
「そういう問題じゃねえっての………」
この人がどんなものを纏っていても、それでシックスが疑われるようなことは、ない。その方が、いいと分かっているのに。
「シックス、もうそろそろ、」
「ん」
「ぅ、あっ!?」
思わず、と言ったように悲鳴が上がる。普段はあまり、そういう反応をしてくれないのに。流石に痛みには反応せざるを得ないらしい。
 恐るおそる、とでも言うように振り返られる。もう身体が捻られても、特に止めるつもりはなかった。
「おま、………歯………」
「わ、歯型くっきり」
「ど、うすんだよそれ…」
「ダイジョーブ、髪で隠れるところだから」
指でなぞってもその凸凹が分かるのだから、随分強く噛み付いたんだなあ、と思う。自分のしたことなのに、他人事みたいだ。
「これ、」
それも、きっと、このひとが何でもないような顔を続けてしまうから、に他ならないのだけれど。それを言ったところで何が変わるわけでもないと分かっているから、どうしようもない。
「どれくらい残るのかな」
「夜には消えてるはず」
「ええ、みじか…」
―――せめて、
この人がシックスに傷付けられてくれたらいいのに、なんて。
 絶対に叶わないことを口に出来るほど、こどもではいられなかった。



こはくの給水塔



*オメガバースネタ(未満)

 息が上がっているはずなのにな、と思う。探す、というほどではなかったけれど、物音ひとつ立てないのはやっぱり、マフィアなんてものをやっている年数が長いからか。普段から潜入だってやっているのだし、ナノマシン能力のことをさておいても、その場に溶け込む、というのは得意なのかもしれなかった。それを応用されたら、まあ、隠れるのが得意でもおかしくないな、と。扉を開いたときに姿が見えなかったことには一瞬動揺したけれど、この部屋に抜け道がないことは自分が一番よく知っている。だから、ゆっくりと鍵を閉めて、一つひとつ丁寧に物陰を覗き込んでいった。
「見つけた」
「―――」
そして、幾つか目かの机の、向こうで。
 出来るだけ小さく、とでもいうように丸まったエイトの姿は、いつもの様子からは想像も出来ないもので。何処か茫洋とした瞳がゆっくりと、こちらに焦点を合わせるのを待っている。
「し、っくす………」
「そーだよ、俺だよ」
古いフィルムが何枚も重ねられたような様子で、現状が把握されていくのが分かる、ようで。あ、と震えた口端が必死につり上げられようとして、失敗したのも見逃せなかった。それを誤魔化そうとしたのだろう、なにか用? なんて。いつもとはかけ離れた声をしてるのは分かっているくせに。
「用っていうか、まあ、用なんだけどね」
「急用? じゃなきゃ、後でもいい? 俺、ちょっと、調子が悪くて―――」
「調子が悪いのとはちょっと違うでしょ」
しゃがみ込むと、距離を取るように身を引かれた。これは結構傷付くな、なんて他人事のように思う。
 いつだって。
 エイトがそういった行動を取ったことは、ない。なのに、今そうしているのは、せざるを得ないのは、自分の所為だと分かっている、けれど。手をゆっくりと伸ばしてやる。振り払おうとして、そんなことをしたら自分の首を絞めるだけだと思ったのか、床につかれた手が一瞬持ち上がって、また元の場所に戻った。
「俺、一応いろんな症例見てるけどさ、ここまですごいの初めて見た」
「………っ、」
すごい精神力だな、と思う。これは、素直な尊敬だった。エイトのことは、よく知らない部類に入るのだろう。仕事が基本的にそこまで被らないのもあるし、ちゃんとした先生役をやってもらったことがないのもあるし、知ろうとしなかったのも、エイトが切り札として自分の底を見せなじゃったのもある。つまり、理由はさまざまだった。知ってしまえばしまったで、エイトのことだ、どうにか釣り合いが取れるように物事を動かしてみせるのだろうけれど。
「………ぁ、」
耳殻をあやすようになぞると、肩が震えるのが見えた。今度は手が持ち上がる。
 でも、それが突き飛ばしてくることもない。
 実験は大凡成功と言って良いだろうけれど、これから細かいところまで詰めていかないと、と自分に言い訳するように思う。実験なんて、最初から口実だった。それなのに引き受けてくれたのはそれに値する実績を叩き出したのと、エイトがそれを警戒しないように大人しくしていただけのはなし。
「ッ、やめ、」
「つらそう」
「つら…い、から、」
微かに首が振られる。弱々しい仕草。本当は―――きっと、自分が見るはずもなかった仕草。
「ぅ、わっ」
「危ないよ」
下がって距離を取ろうとしたのだろう、でもそれは失敗して。自分の服の裾に引っかかってエイトはバランスを崩した。それを、そのまま見ているほど意地が悪いわけではないのでちゃんと頭だとか、ぶつからないように支えてやって。
「………」
「………な、」
に、というのが音になる前にゆっくり、押し倒した。
 慌てたように声が上がる。目の前の喉が震えるのが面白い。
「し、っくすっ!」
「支えきれなかった」
「嘘、だろ…っ」
すん、と首元で鼻を鳴らすと力の入っていない腕が止めるように伸びてきた。力が入っていなさすぎて、縋りつかれているような感覚だったが。反応は設定どおり、ならば次に確認するのは馴染みのない単語も受け入れているかどうか、だろうか。そんなふうに考えながら、そっと、秘密のことでも話すように耳に息を吹き込む。
「ていうか、エイトさんってオメガだったんだ?」
「―――」
また肩が揺れて、けれども抜け出すほどの余裕もないらしい。逸らされた視線がその先で、観念したように一度、閉じられた。
「…セヴィと、ジャックくらいしか、知らない…」
「スリーにいちゃんは?」
「………知らない、はず」
情報の範囲は決めていなかったけれど、普段からの共有範囲と合わせたのだろう。つまり、それだけ隠した方が良いこと≠ニして認識されている、ということ。
「抑制剤は?」
「………」
視線が向いた先とは逆側。そう思って探してみれば、床に転がった瓶が見えた。中身は、よく知っている。甘い、ラムネ。薬のかたちをしたそれは、小さなこどもが薬を飲むのを嫌がるときなんかにも役立っているらしい―――というのは、仮にも医者だから知っていることだった。当然、何かしらの効果がある、ということはない。恐らく偽薬効果だって狙えはしないだろう。だって甘すぎるし、すぐにお菓子だとバレてしまう。
「飲みすぎてるって自覚はあるんだ」
「…だ、って、」
「大丈夫。これくらいなら明日ちゃんと休めば抜けるから」
 それでも、今のエイトには確かにそれは薬なのだ。
 そうやって、設定したから。
「でも次からはだめだよ」
ここまでに破綻はない。なら次に確かめるのはもっと直接的な行動でも、破綻が起きないのか、だ。まあ、すべて言い訳ではあったけれど。
「飲みすぎればどんどん効かなくなってく、って。エイトさんも分かってるでしょ?」
「…わかってる、」
「なら、これはあっちに投げちゃおうね」
「ぁ、なん、で…」
「エイトさんがこれ以上飲まないように」
からからと転がった瓶が、手の届かないところまで行ったのを確認して。
 改めて、見下ろす。
 縋るような手を取ってやったら、またびくり、と震えられた。怯えられているようで悪くはないな、と思う。だって普段のエイトなら、絶対に自分に怯えるような真似はしてくれないから。
「…しっ、くす、」
「なに?」
「俺のことは、も、いい、から………ほうって、おいて」
「そういうわけにもいかないでしょ」
空いている方の手で服に手をかけると、やだ、と掠れた声が上がる。止めたかったのだろう、力のない手がまた持ち上がって伸びては来たが、触れるだけに留まっていく。
「ほら、俺医者だから」
やだ、やだ、と首を振られても、そんなものが抵抗になるはずがない。下着ごと引き下ろすのも簡単だった。
「どうやったらエイトさんが楽になるか、知ってるよ?」
熱を擡げたそこを一撫でしてから、繋いでいた手を離して両足にかける。
「それに―――俺、アルファ、だし」
「だ、からっ」
「都合がいいじゃん」
「―――ッ」
隠すものがなくなったそこが、眼前に晒される。意識を失っている間に別の薬を仕込んでおいたのもあって、もともとそのための器官であったかのように蕩けていた。太腿からゆっくりと指を辿らせていけば、それだけでびくびく、と身体が震える。起き上がってくる様子はない。それを確認しながら、そっと指を差し挿れた。
「ほら、こんなにぐちゃぐちゃにしてさ。つらいでしょ? つらいって言ってたもんね?」
「っ、あ、」
 なかもやわらかくなっている。これなら、問題はないだろう。
「み、ん…な…っ」
「診るよ、医者だもん」
「ゃ、あ…っ、ア、それ、…っゃ、」
「確認だから」
「ゅび、ぃれん…っな、ぁ…ッ」
「挿れないと確認出来ないでしょ?」
「…ぁ、やッ、ぁ、ゃだっ、…っ」
「何が嫌?」
「か、…きまぜ、なぃ、れ…ぁ、ッ、ん、」
「―――」
想定は、していたはずだった。持っている中で、一番強力なものを使った。そうでもしなければ、きっと耐え切られてしまうだろうと思ったから。
 びく、びく、と。コントロールを失った身体が跳ねる。その度に首が力なく振られる。
「………分かった」
ごくり、と喉が鳴ったのが分かった。エイトには聞こえていなかったのか、それとも分かった≠ネんて言葉に安心したのか。その真意を問うことは出来ないけれど。
「指でかきまぜるのはもうやめてあげる」
指を引き抜く動作は乱暴なものになった。それでも上がるのは喉が掠れるような声で、痛みなんて一欠片もないのがよく分かる。
―――ああ、
このひとは、今、自分の手の内にいる。
「でも、」
かちゃかちゃ、という金属音に次の行動を悟ったのか、逃げるように腰が引かれた。
「ちゃんと、俺がどうにかしてあげるからね」
逃す訳がないのに。
「こんなだと、エイトさんだってくらくらするでしょ? 俺も」
 しっかりと腰をつかんで引き寄せる。思ったよりも厚みのない身体は、簡単にまた下へと戻ってきた。まあ、そこまで動けていたかというと正直大して、ではあったのだが。視覚情報として逃げたがっているのが分かるのはそんなに悪くない。
「さっさと発散して、治めちゃおうよ」
蕩けきったそこに充てがうと、まるで期待するかのような震えが伝わってきた。これで嫌、だなんて、ひどいことを言う。ゆるゆる、と滑りを愉しんでいると、細かな震えが起こった。また首が揺れる、でも、それだけだ。腰を掴んだ腕だって解けていないし、そもそも真面に力なんて入っていないのだ、そんなの不可能だと分かっている。
「ゃだっ、」
「………や、じゃないでしょ?」
揺れる、膝が目に入る。両手で腰を掴んでいるから、こちらから揺らすことは出来ないのに。分かってくれたら嬉しいのに、と思いながら膝頭にキスを落とした。
「足、自分で開いてる」
信じられない、とでも言うように目が見開かれた。
「協力的で嬉しいよ」
「っ、…ぁ―――」
閉じようとされてももう遅い、脚の間には自分がいるのだから。
「ほら、」
「ゃっ、あ、」
「今あげるから…ねっ!」
「―――〜〜〜ッ!!」
 突き挿れた瞬間、身体が弓なりに反って、ばたぱた、と勢いのない精液が腹へと落ちる。
「ゃ、っ………は、………」
「じょうずにイけたね〜。もっといっぱいイっていいからね」
「ぁ、あ〜…っ、ぁ、ちが、」
「違くないでしょ、ね?」
「やだ、しっくす、ゃだ…っ」
イったばかりで過敏になっているのか、少し揺さぶるだけでびくびくと跳ねられた。その度になかがきゅう、と乞うように締まって、霧散しそうな余裕をなんとか捕まえる。
「…はは、すげーいい反応…」
「ぬ、けっ…てば…!」
「やだ」
「し、…っくす…ッ!」
腰を掴み直すと、また首が振られる。眼鏡が少しズレたまま、直す余裕もないらしい。まあ、そうでなければ困るのだけれど。
「大丈夫だよ、エイトさん。ちゃんと処理するから…だから、何も心配しないで」
「………ぁ、」
ゆっくりと腰を推し進めていく。流石に痛みだったり、あるかもしれないと思っての行動だったけれど、特にそういった反応はされなかった。こんこん、と奥を叩くような動作をすると、思わず、と言ったように顔が覆われた。
「ゃ、め…っ」
その反動で、眼鏡が落ちる。まあ、前に全然見えない訳じゃあない、とは聞いていたし、別に良いか、と思った。ちゃんと相手が自分であることを認識していて欲しいのはあったから、あまりに目が悪いのならば掛け直してやるくらいしただろうが、エイト相手にそれはしなくても大丈夫だろう。
「しっく、す、」
「…泣かないでよ」
「も、やだ、…やめ、ろ」
「大丈夫だから」
「…っ」
 涙を拭ってやった方がいいのかな、なんて思っていると、ひゅ、と引き攣った音がした。エイトの、喉から。
「エイトさん?」
「…ぅあ、ゃ、め…っ」
「だから、やめないって」
「ゃ、あ…ッ」
同じような遣り取りを繰り返して、それでも涙を拭ったエイトが、やっとこちらをちゃんと、見て。
「………へんに、なる、から…やめ、て」
それでも押し出されるのか、ぼろ、と涙が珠になって頬を滑り落ちていく。それをきれいだな、なんて思いながら首を傾げた。
「………へん?」
「ん、っう、ぁ、ゃ、」
「エイトさん」
「ぅああっ!?」
答えが欲しくて、腹を上から押してやれば悲鳴のような嬌声が上がる。これいいな、と思いながら何度か繰り返してやる。別に追い詰めるつもりもないが、だからと言ってやめるつもりもない。抵抗の意志がさっさと折れてくれるのであればそれに越したことはないのだし。
「変、って、どんな感じに?」
「わか、んな」
「分かんないは、な〜し」
「…って、ぇ、わかん、な、ぃ」
「頑張って答えて」
「…む、りぃ…っ、ァッ、それ、ゃ、ら…」
「答えてくれたらこれ、やめてあげても良いよ」
もう二度としない、とは言わないが、まあ、答えてくれるなら一度はやめてやっても良い。そう思って口にすると、縋るような視線が向いた。
 いつもだったら、絶対に見られない弱々しいもの。
 逡巡の末、過ぎた快楽の苦しさがまさったのか、やっと口が開かれる。
「…こ、こ、」
腹にうずまる指先の、近くがそっと指される。その怯えたようなようすにも煽られて仕方がないのに。
「ぁつく、て、あたま、おかしく…なり、そ…」
そこに言葉が重なれば、どうなるかなんて明白だろう。
「ずくずく、ゅ、って、て、ぉ、おちつか、なくっ、て…」
「ねえ、エイトさん」
 もう良い、という意味を込めて耳を噛む。がぶり、と音がしそうなものだったのに、それすら今のエイトには快楽となるらしい。
「俺、それどうしたらいいのか知ってるよ」
気持ちがよければいいほど、丸まるタイプで良かったな、と思った。耳殻を舐る度になかが甲斐甲斐しく反応を示すのが愉しくてたまらない。
「ここにね、」
するり、と。
 エイトの指し示した指に絡めるように円を描く。
「俺の、射精(だ)せばいいの」
「―――ゃっ、」
一瞬遅れて意味を理解したのか、逃げるように身体が跳ねた。
「今ね、エイトさんは俺のことが欲しくて欲しくてたまらなくなってるんだよ。分かってるでしょ? だから、その欲を満たしてあげたら楽になれる」
半分抱きしめているような状態なのに、逃げられるわけなかったけれど。その辺りは分かっていようと本能的なものだってあるだろうし、別にどうでも良かった。それに、逃げようとされるほうが興奮するのだし。
「変にもおかしくも、ならないよ。ただ、きもちよくなるだけ」
「ぁ、ゃだ、」
「何も怖いこと、ないでしょ?」
うまく逃げられないままのエイトのなかから、一旦自身を引き抜く。その際に淋しがるようになかが打ち震えるのが分かったけれど、きっとそれだって気付いていないのだろう。
 否、気付きたくないのだろう。
 気持ちがいいと認めてしまえば、あとは転がりおちるだけだから。そのままひっくり返して四つん這いに近い体勢にしてから、もう一度挿れ込む。
「エイトさん、きもちい?」
「ぅ―――、ぁ、ゃ、」
「さっきと違うとこ当たってるでしょ? ここに欲しいでしょ?」
手をついているとは言え、腕には力が入っていない状態だ。頬が床に押し付けられるような体勢では首も振れない。
「首振らないし、欲しいんだよね?」
そう分かっていながら、言葉を重ねていった。背中にキスを落としながら背骨を辿って、その先に何があるのか指で教えるようになぞって。思ったとおりにエイトが首筋を慌てて覆ったのを見て、成功、と笑った。
「ね、項、噛ませてよ」
「ゃ、だ…っ」
「俺じゃだめ?」
「ん、ゃ、…っそうじゃ、なくて…ッ」
「じゃあ、こういう成り行きまかせみたいなのがいやってこと?」
「ぁ、っそ、れ…ゃめ、…っ」
奥を抉ってやりながら、手の甲にやわらかく歯を立てる。もう何をされても気持ちいいのかもしれない、身体は更に縮こまって、やりやすくなるだけなのにな、と思った。エイトからしたら身を守っているつもりなのだろうが。エイトの方が身体は大きいから、こうやって小さくなっていてくれないと、届かない場所だって出て来るのだし。
「俺の、欲しいよね?」
「っ、ぁ、…ッだめ、」
「なんでだめなの? 妊娠するかもしれないから?」
「…ッ、や、」
「んー…俺は、わりといいかな〜って思うけど。エイトさんなら、こども、可愛がってくれるだろうし…まあ、俺たちこんなだしねー…。マフィア、以外の道、選ばせてやれないかもしんないけどさ。そういうのはスリーにいちゃんに聞けば良いし…キングにいちゃんも、いろいろ考えてくれそうじゃん?」
思ってもいないことだったけれど、言葉にしているうちにそんなに悪くないなあ、なんて思えてしまった。まあ、妊娠なんて無理なのだけれど、それはそれとして研究したら出来なくもないかもしれないし。こんな身体だ、不可能を可能にする可能性は十二分にある。やる前から諦めるのは性に合わない―――なん、て。本気で流されそうになるな、と思った。でも、悪くないと思ったのは嘘じゃあない。
「エイトさんは嫌?」
「…ゃ、」
「なんで? こどもきらい?」
「ゃ、やら、しっく、す、」
「エイトさん、こどもすきだよね?」
「………こわ、ぃ、」
 かたかたと震えるのは本当に恐怖からだろうか。コントロールを失っても、床に縋るしかない状況でも尚、エイトは必死で首を振る。それしか出来ないから、というのもあっただろうけれど。
「ゃめ、て…っ、ァ、ゃだ、ッ、ぬ、ぃて…っ」
ありもしない未来に、本当に一ミリも期待していない、なんてことはないのだろうか。
「ださなぃ、で………」
「………はは、」
乞われるたびに興奮が増していく。それを、常のエイトなら理解しているだろうに。いや、今も理解はしているのかもしれない。理解より、快感がまさっているだけで。涙声の懇願を聞きながら、抜き挿しを繰り返す。勢いを取り戻せない精液が、床と服を汚していくのを見ている。
 そして、そのすべての反応が鈍くなった、頃。
「………しっくす?」
「あれ」
さっきまでの嬌声の名残は残したまま、ぱ、と夢から覚めたようにエイトが首を回した。そんな時間だったかな、と室内の時計を見遣って、思ったよりも時間が経っていたことを知る。
「な、にやって………」
「あーあ、切れちゃったか」
「………え?」
どうしようか、と思ってからそのままを言うことにした。言ったところでどうにかなるとは思わなかったし。
「エイトさん、俺のお願い聞いてくれるって言ったじゃん」
「…言った」
「だからじゃあ新薬の実験に付き合ってよって言ったじゃん」
「………いいよって言った」
「その実験中」
「………は?」
書き込んだ設定を現実だと思い込む薬。早い話が催眠だった、今回はそれを薬の形に落とし込んでみたというだけ。エイトにはそうは言わなかったけれど、そもそも偽薬効果を出させないため実験ではどんな薬かは言わないものだし、エイトだってそれに同意した、のだし。
「ね、エイトさん」
 実験は大成功、身体を暴かれるなんていう、普段絶対にされないことをしているのに効果は切れなかった。上々だ。寧ろ、設定が設定なだけあって、どんどん良い方向に転がっていったようにすら思う。…まあ、この良い≠ニいうのは自分にとって、であって当然エイトからしたら悪い≠ノなるのだろうけれど。
「薬切れたから、もう大丈夫だよね?」
それでも、ここでやめてやれるほど簡単なはなしでもないのだ。エイトが全力で抵抗するというのなら、きっと何も出来なくなるだろうけれど、別にさっきまで効いていた薬だって異能が消える、とは設定していないのだから、そういうことで良いのだと思う。
「な、にが…」
「妊娠しないって分かったから、もう怖くないよね?」
「…しっくす、」
「なあに?」
「やめ、」
ゆっくりと、抜けるぎりぎりまで腰を引く。懇願するようなエイトの目と、視線が絡んでから。
「―――だあめ」
勢いよく、奥まで突いた。
「あ、ぁあ、あっ!?」
 散々甚振った身体は面白いようにしなる。
「きもちいね」
「ァ、ち…がっ、」
「さっきから出てないけどイってるよね? 出したい?」
「ひ、」
答えを聞く前に軽くこすってやれば、それだけで精液が押し出された。随分焦らしていたらしい。でも、ドライの方が気持ちいいとも聞くからどっちが良いかは本人に聞かないと分からないな、と思う。は、は、と乱れた呼吸が耳に心地好い。もう隠す必要のなくなった項が目に入って、衝動のままに噛みついた。
「ゃっ、あ………ッ」
「設定、ってもう分かってんのに。項噛まれると興奮する?」
「ゃら、あっ、ぁあ、っ」
「はは、ねえ…めちゃくちゃ締まる…。早く射精(だ)して、って言ってるみたい」
「―――」
設定の中では項を噛むのは絶対的なマーキングに類する行為だったし、それがまだ、頭の中に残っているのだろう。薬が切れたからと言って、今までの行動をすべて忘れる、というわけでもないのだし。本当に実験は大成功だな、と思いながら傷跡を舐ってやる。
「ちが、ァッ、ちがう、ゃら、やめへ、あっ、ゃっん、ぁ、んんっ」
「何が違うの」
「ンッ、ぁ、やっ! ゃら、やめ、ぁっ、ぁんっ、んぅ!!」
「はー…腰、へたってるし…きもちよすぎて力入んない?」
「―――〜〜〜ッ、そ、こぉ…っ」
「あは、でも、腰振れはするんだ…ガクガクしちゃって、めちゃくちゃえっろ…」
「ゃ―――っ、ゃら、やあっぅ、こ…っすらな、ぃ、れ………ッ」
「なんで? きもちいいんでしょ? ならいいじゃん。それに、エイトさんだって腰振ってんだからさあ。俺だけの意思じゃないでしょ?」
「ふ、ぁ…ッ、ち…が………っ」
「何も違わないよ」
言葉では幾ら否定しても、身体は快楽に従順だ。力の抜けたその腰を掴んで、半ば引き起こしすような体勢で乱暴なくらいに揺さぶってやる。項を噛んで、傷に舌を入れて、その背が反るのを愉しむ。
 絶対に、
 このひとはこんなところまで堕ちてきてくれないのだと思っていた。
 それが、今、現実になっている。
「あ〜…そろそろ………っ」
抱き締めるのも、キスをするのも許されないものだと思っていた。現実はひどく難しいもので、それをどうにか打破するには結果、優秀な結果が必要で。
「射精(で)る…ッ」
あなたのために頑張った、というにはあまりにも理由が自分本位ではあるけれど、手を伸ばしたいと願っていなければ恐らく、このひとが喜ぶような結果を築き上げることはなかった。
「ゃ、らっやあッ、ぁ、ああ、っゃめっ」
「うわ、めちゃくちゃ締まる…」
「ゃめ、あっ…しっ…くすぅ…!」
「ん、んっ、………ハアー…も、無理」
だから―――やっぱり、やめてやる義理なんて何処にもないのだ。
「く、ぅ」
「―――ぁ、あ………」
絶望的な声を聞きながら、指跡が残るくらい強く腰を掴んですべてを吐き出す。
「………は、」
 こぼれないようにゆっくり抜きながら、まったくもって力の入っていないエイトの身体をまた、ひっくり返した。薄い腹はそのままで、特に変わりがないように見える。
「…このなか、」
それでも、一瞬下半身が軽くなったような心地は、嘘ではないから。
「俺でいっぱい」
「………なん、で…」
「なんでだろうね」
どうせ、理解されないのなら。拒絶されてしまうのなら。本当のことなんて言う必要はない。
「ほんとは抵抗出来るのにしなかったんだもんね? きもちよくなりたかったんだよね?」
「………っ、んな、わけ…」
「ねえ、エイトさん」
反論を封じるようにキスを落としても特に舌を噛まれたりはしなかった。足を抱え上げても、また押し付けたそれが硬くなっていくのを知らしめても、その身体は期待に震えるのみ。
「もうちょっと、続き、しよ?」
―――それならば、
 この先の反論も潰してしまえるほどの言葉を、エイト自身から引き出すまで続けるだけだった。
 それが出来るくらいには、このひとのことがすきだった。



作業BGM
 「最低最悪」マルシィ
 「与太話」澤田空海理



愛及屋烏とはこのこと。


きみの足跡と、そのつまさきと



 つくづくなんでもありだなあ、と思う。いや、自分でだってそういう薬を開発しようとあれこれやっていたのだし、可能、ということは知っている。まあ理論上、だとか偶発的に、だとか。そういう前置きがつくような分野ではあるけれど。だから―――というのも妙だったけれど、そこまで不思議なことではない、と。
 頭では、分かっている、のだけれど。
 目の前の現実を受け入れることが出来ない。
「シックス?」
「え? あ、うん。ごめん、ちょっと現実逃避してた」
「アンタでも? …やめた方が良いかしら」
「それは………ジャックさんに任せるけど」
少しだけ思考するように目が伏せられて―――少し長いまばたきのようだった―――いえ、と首が振られる。
「本当はセブンに任せるのが一番良いんでしょうけど、ちょっと戻すの無理だし。アタシも今から会議だし。まあ、こんなになってもエイトだからね? 会議に連れて行っても別に、マナーとかは困らないでしょうけどね?」
「なら連れて行ったら?」
「エイトの隠し子疑惑立つでしょ。流石にエイトのこと知らない相手じゃあないでしょうし」
「あー…ジャックさんの取引相手なら、エイトさんのこと知ってるかあ…」
「それに、知らせてなくても調べてると思うしね」
しかし、自分の話をされているのにひどく静かだな、と思う。
「だから、連れていけないのよ。隠し子疑惑だけならまだしも、本人だって気付かれたら何されるか」
知っている顔が、少し幼くなって。少年というような様相になって。
 それが、表情らしい表情を頬にも乗せないで、ただ大人≠フ話を聞いている。
 光景としては異様だった。
 いつもへらへらとした笑みを浮かべているのばかり見ているからだろうか。怒られたことがない訳ではない、呆れた顔だって何度もされている。でも、こんな無表情なのは見たことがなかったから。意図的に表情を消しているのだろうか、こんな―――こども、なのに? 自分よりもずっと小さくなった身体を見たことがなかったからだろうか、妙に落ち着かない心地になる。
「エイト、これはアンタの部下の一人。扱いづらい部類ではあるけど…アンタがこんな状態になって放っておくような馬鹿じゃあないわ」
「ねえジャックさん、俺への評価ひどくない?」
「安心しなさい、とは言わないけど、ある程度身を寄せるには使えるやつよ」
「安心しなさいって言ってくれないの」
「凡そ真面なことは言わないと思って良いわ。アンタの価値観でちゃんと話をしなさい。それで一日くらいは保つはずよ」
「………分かった」
「悪いわね、一緒にいてやれなくて」
「いえ。よくしてくれて助かりました」
「………これ、ほんとにエイトさん?」
「残念ながら本当にエイトよ。何も知らないこどもが大人をすぐに信用しないのなんて、アンタだって分かってるでしょう?」
「………いえ、信用していない訳では」
「いいの、いいの! それくらいの方がアタシも安心だもの!」
「そ、うですか…」
だめだ、全然落ち着かない。ジャックに敬語を使うエイトも、ジャックに警戒を顕にするエイトも天変地異でも起こらないと見れないものだと思っていた。でも、その理論に基づくと今天変地異が起こっていなくてはいけなくなるし、残念ながら天変地異は起こっていない。外は腹が立つほど平和だ。
「シックス」
「何?」
「言わなくても分かると思うけど、秘密は厳守。一日経てば戻るはずだから、監視カメラに残らないように此処まで移動しなさい。人払いはもう済ませてあるから」
 ぽん、と投げられたのはカードキーだった。
「スリーにいちゃんにも?」
「後日共有なら許すけど、今日だけは我慢しなさい。というかスリーちゃんだって今すぐ戻って来れないでしょ」
「それは…そうだけど」
刻印を見て、数回まばたきをする。
「ていうか此処使って良いの」
「良いわよ。どうせ使ってないんだから」
「ジャックさんのお気に入りじゃないの?」
「そうだけど、其処から会議に出ることは出来ないでしょ?」
ほら行った行った、と急かされるように部屋を出る。
 多分、もう会議まで時間がないのだろう。
「あー…」
どうしようかな、と思って、手は差し伸べないでおいた。差し伸べたら手を握ってはくれそうだけれど、その分警戒心が跳ね上がりそうだ。
「とりあえず、早く移動して休もっか」
「ごめんなさい。俺の所為で」
「えっ、いや、エイトさんの所為じゃあ…」
ないけど…と言葉は口の中で消えていって、やっぱり調子が狂うな、と思った。

 ジャックからの追加のメッセージが届いて、やっと大体のことを把握した。エイトの身体はジャックと出会う前ほどにまで退行しているということ、記憶もそれに引っ張られているということ。話は出来たから脱走することはないと思うけれど、あまり構うと警戒して逃げるかもしれないから注意するようにと書かれていた。
―――あまり、構うと、
なんて。
 まるで、本当にこどもを相手にしているみたいだ。確かに見た目は紛うことなきこどもだったけれど、エイトの面影は確実にあるのに。確かに成長する前はこんな様子だったのだろうな、と思う。そういう、地続きな部分が分かるのに、エイトはまったくもって初めて見るような視線で此方を見遣るから。
「えーと、何かしたいこと、ある?」
「特に」
「そう…だよね」
とりあえず部屋に入って、何か飲み物でも淹れようか、なんて考える。いや、そういうのも使い方だけ教えて自分でやらせた方が良いのだろうか。此処はジャックがキープしている部屋の一つだ、だから、本でもゲームでもいろんなものがある。文字は読めるみたいだったし、本が読みたいならそれで良い。ゲームだって、興味を示したのなら遣り方くらい教えられるはずだ。だから、エイトが何か行動を起こすまでとりあえずは近付かないように気をつけよう―――と、思っていたのに。
「わ」
「あっ」
慌てて手を伸ばす。
 部屋の内装に目を取られていたからか、エイトが急につんのめったのだ。手が届いて良かった。別に転んだところで大怪我する訳でもないが、痛い思いをすることもないと思うので。
「す、みません」
「え、あ、いや。大丈夫?」
「大丈夫です」
掴んだ、ところが。
 熱いような気がする。違う、熱いのは多分自分だ。伸ばした手はエイトの肘辺りを掴んでいて、掴めてしまっていて、つまりそれは親指と人差し指が向こう側でクロスするような様子で。
―――細い、
そんな、ことを思う。このまま力を入れたら簡単に折れてしまいそうな、そんな、様子。こどもなんてそんなものだ、頭の中で警鐘が鳴る。そもそも、現在のエイトの腕を掴んだことなんてないのに。もしかしたら、今だってこんなふうに、掴めてしまうかもしれないのに。そんな訳があるか、と否定が巻き起こる。どうして良いのか、分からない。
「…シックス、さん?」
「うん?」
「………離して、欲しい」
「あー…うん、はい」
怪訝そうな視線に、まずった、と思ったからか。
 手は思っていたよりも簡単に離せた。
 そう勢いのついた仕草ではなかったけれど、エイトが少し離れた。距離を取られたな、と思ったけれども今ので警戒心を抱かせたのだから仕方ないのかもしれない。
「…ジャックさんはああ言ってたけど、貴方は俺のことが気に食わなかった?」
「え? なんで? そんなことないよ」
「…なら、そういう趣味?」
どくり、と。
 心臓の鳴った音が、耳の裏でした気がした。
「あー………」
そういう趣味、エイトの言葉を繰り返す。そういう、趣味。エイトの視線は何処か窺うようなもので、今すぐ逃げ出したいと、膝が訴えているようで。
「うそ、」
唇が、震える。
「待って…」
「出来れば待ちたくない」
「いや待って、ほんとに待って」
潔白を証明するように両手を上げる。あれは単に武器を持っていないことを示すための行動だと思っていたけれど、単純に相手に危害を加えないと、そう指し示す意味もあるんだなあ、なんて思った。まあ、それが伝わっているかは謎だったが。とりえあず幾らか下がった方が良いだろうか、それとも今これ以上動くことは余計に警戒を与えるだけのものになるのだろうか。
 分からない。
 今まで、こんなこと、気にしたことなかったから。
「エイトさんのことは、」
それでも、何を言わないのは違うと思って口を開く。
「本当に嫌いじゃない。気に食わないとか、思ったこともない。…ていうか、その…俺の扱いは面倒みたいなこと、ジャックさんは言ってたけど…いや、エイトさんも思ってたかもしんないけど、そういうの感じさせない程度には扱いうまかった。だから、どっちかって言うと…数少ない、取引出来る大人、だった」
「取引出来る大人?」
「俺のこと、ちゃんと能力で判断してくれる大人、でも良いかもしんない。無駄にこども扱いしなかったし、するときはなんでされるのか、俺の出来てない部分を指摘してくれてたり…してくれてる、って言うと違うのかもだけど。俺がいろいろ出来た方が、エイトさんにも楽だからってことかもしんないけど」
ふうん、と興味のなさそうな返事があった。まあ、本人のこととは言え、精神は身体に引っ張られているのだから記憶も当然ない訳で。今のエイトからしたら他人の話、程度なものなのだろう。
「あんまり、良い暮らしはしてなかったんだろうな、っていうのはなんとなく、分かってた」
「良い、暮らし」
「今はしてると思うし」
「そうなんだ」
それでもいい服を与えられて、そう着られてる感を出さないのが小さくてもエイト、なのだろう、と思う。本当は―――もっと、慣れないだとか、そういうことを言っても良いのに。
 エイトは、言わない。
 それが弱みになることを理解しているから。
「でも、そういうの除いても…こう、俺の知ってるエイトさんとはだいぶ、かけ離れてて」
そうだ、そういう精神構造は何も変わっていないと分かっているのに、あまりにも小さいから。こどもなんてそんなものだ、と思うかたわらで、どうしても、エイトはこの年齢を生き抜いてきたのだ、と思ってしまって。
「こんな、非力な頃があったんだな…って、思っちゃって」
「非力」
「俺から見たら今もそんなめちゃくちゃ力あるわけじゃないと思うけど」
「…ふうん?」
とうとう膝をつく。それで安心してもらえるとは思っていなかったけれど。本当はソファでも何でも縋り付いてしまいたかったけれど、視界から外れる場所が出来るのは多分、よくないだろう。
「どうしよ、やばい、今すごい興奮してる」
「俺は身の危険を感じてる」
「しない、何もしない、しないから」
「そういうのが一番信用出来ないって思ってる」
「それは…俺も言いながら思ったけど」
自分でも、どういう帰着なのかよく分からないのだ。これ以上うまく説明出来る気もしないし。
「そういう趣味なんじゃない、」
 でも、これだけは本当だった。
 今、こどもの姿だから欲情しているのではない。
「エイトさんに抱いてた欲とか、そういう今まで見ないようにしてきたやつが全部爆発しかかってるだけ…」
届かないから、と目を逸らしてきたものが、あまりにも簡単に手に入りそうになって。可笑しな回路で繋がってしまっただけ。こんなことなら、さっさと認めていれば良かった。…なんて言うと、意識的に避けていたように聞こえてしまうだろうか。別に、そういうことじゃあないのだけれど。
「だから、今のエイトさんに何をしても意味がないって分かってるし、多分何しても虚しくなりそう」
「…まあ、大人の俺が普通に断るかもしれないしな」
「待って、マジでそれだけはやめて。言わないで。考えないようにしてるんだから」
何を、言っても。
 今日こんなことが起こらなければ、意識に落ちては来なかっただろう、もの、で。
「ていうかこれ、記憶残るのかな…」
「さあ」
「もし記憶に残るんだとしたら、告白として最悪じゃない?」
「…少なくとも俺には告白に聞こえなかったけど」
「カウント外レベルの愚挙」
エイトさん、と呼ぶ。何、とまだ少年の声帯が応える。
「エイトさんがもとに戻ったらちゃんと告白するから。………怖がらせてごめんね」
「…別に」
怖がってなんかない。
 それが嘘だと分からない訳ではなかったけれど、そっか、なら良いんだ、と笑うだけの余裕は、戻ってきていた。

 それからはある程度距離を保って、時折会話をして。困ったりはしていないか、様子を見るだけで一日は暮れていった。
 寝てる間に戻るかもしれないから、と綺麗に服を畳んで、ガウンに身を包んだ姿はちょっとだけ目に毒だったが、本当にちょっとだけだった。
 さて、どうなったかな、と思って寝室の扉をノックする。ややあって、いつもの間延びした、はあい、という声がした。少年のような高い声ではない、と思ってから別にこの声だって特別低いという訳でもないのにな、と思う。
「………おはよう」
何も言わずに入ると、エイトがゆっくりとまばたきをして、それからいつもの笑みでそう言った。それを見て、ああ、と思う。
「…エイトさん」
「何」
もう遠慮は要らないだろう、昨日はいろいろと考えてしまったけれど、今は別に、抵抗の手段なんて腐るほどあるだろうし。エイトはそういうのをちゃんと、やってくれるだろうし。そもそも、別に今ベッドの上にいるからと言って押し倒そうとかそういうことは思っていないのだし。…まあ、警戒されていても仕方ないかな、とは思っているけれど。
「小さくなってた時の記憶、あるよね?」
「ちいさく」
「あるよね?」
「なんで断定なんだよ」
「だって、俺見てちょっと考えたじゃん」
「それはなんでお前が部屋にいるんだって考えてたんだよ。此処、ジャックのお気に入りの部屋だろ」
「快く貸してくれたの見てたじゃん」
「だから、」
どうやって近付いたら、と考えて、結局ちゃんと回り込むことにした。その方がベッドの上に膝をかけたりしなくて済むし。
「ねえ、」
 もうきっちり、いつもの服装に戻ったエイトが全部なかったことにしよう、とするのも分からなくはない。だって面倒だ、この上なく面倒だ。同性だとかそういうの以前の問題だ、そんなこと分かっている。
―――でも、
それでも、なかったことにはして欲しくなかった。
 しゃがんで、見上げる。これで少しは敵意がないことが伝われば良い、と思いながら。
「告白だったんだけど」
「………俺にはそう聞こえなかった」
「じゃあ今からするよ」
「しなくて良い」
「エイトさん、」
手は、伸ばせない。
 伸ばしてしまったら、あの肘の細さを思い出してしまいそうで。
「すき」
一晩かけて飼いならした欲情が、またみっともなくせり上がってきそうで。
「考えてみるだけで良いから、だめ?」
「………おっまえ、さあ…」
断らせる気あんの、と言われて。
 ないよ、と言い切れてしまったらどんなに良かっただろうな、なんて思った。



作業BGM「アイデンティティ」GUMI・初音ミク(Kanaria)



よくあるはなし。


耐えられないんだよ馬鹿



 手が伸びた。
 それがいつだって避けられることを知っているのに、どうしたって手が伸びてしまう。いつものように避けて、早く仕事に戻れよ、なんて。その人にだけは言われたくない言葉を言われる。
―――いつもの、
ことだ。
 本当にいつもの、こと。もう日常だと言って諦めてしまえばそれで、良いことなのに。
「エイトさん」
この手は無様に縋り続ける。縋る先なんて何処にもないくせに。
「今日誰といたの」
「誰とでも良いだろ」
「スリーにいちゃんでしょ」
「そうだったとしても、ただ仕事で顔合わせただけで、いた、って言うのとは違うだろ」
「俺にとっては一緒」
「俺にとっては一緒じゃない」
もう一度、手を伸ばしてみる。やっぱり避けられる。
「…スリーにいちゃんもこうやって避けるの」
「そもそもスリーくんは手とか伸ばして来ないし」
「じゃあエイトさんが手を伸ばす方?」
「………まあ、そうかもね」
結構スリーくんって危なかっしいところあるじゃん、と言われて素直に頷けてしまえば良かったのに。
「ねえ、エイトさん」
喉が絞まる。ひどく、苦しい。息の仕方を忘れてしまったように。
「俺に触らせてくんないなら、誰にも触らせないで」
誰にも、なんて。
 嘘でしかなかった。
 誰が触れても、誰に触れても、そういう人なのだと理解している。だから事実、幾ら目の前でセブンと触れ合っていてもこの口は何も言わないのに。
「それなら、俺だって我慢出来るけど」
我慢、なんて。どうせ手を伸ばしたところで、全力で向かっていったところで、敵うことなんてないのに。
 この、人が。
 自分の好きにされてくれることなんて、きっと、ないのに。
「なんでお前の希望を叶えてやんなきゃならねえんだよ」
「俺が、エイトさんのこと好きだから…?」
「好きじゃないだろ」
「…そこは、そっか、で流してよ」
「嫌だよ」
「なんで」
「お前のことが、そんなに嫌いじゃないから」
「………エイトさんてさあ、」
本当に最低だよね、と言ったら、勝手に思ってろ、と返された。



智を愛する @UbiquitousWorld
作業BGM「わたしは天使になれなかった」不可(混乱ねむり)



ようこそ、シンデレラナイト。



 恋というものがこんなにどうしようもないことを、シックスは知らなかった。知らないでいたかった、の方があっているのかもしれなかったが。焦がれても手に入らないものがあるのは知っていた、けれど、その焦がれ方にも種類があるのだと、そんなことは知りたくなかった。
「ねえ、エイトさん」
こどものような顔で、こどものような声色で。この人に近付いていられるのはいつまで、だろう。エイトはシックスの先生、にはなってくれなかった。キングのもとで学んだことが嫌だったわけじゃあない、でも、身体が二つあればよかったのに、と思うことはある。キングのもとで学ぶ自分と、エイトの生徒である自分と、両方持っていたかった。そんなことは難しいと分かっていても。
「なに」
いつもの調子で、エイトは答える。静かに、なんでもないことのように。
「好きだよ」
「俺は好きじゃない」
「キスして」
「やだ」
「ねえ、エイトさん」
 服の裾を引いても、何を言われることもない。でもそれは、未だシックスがこどもの立場にいるからだった。もし、触れてしまえば、それ以上のことを知っているのだと、示してしまえば。もうエイトはこんなまどろっこしい遊戯に付き合ってくれない。
「俺が、」
「うん」
「愛してる、って言えたら何か変わってた?」
「別に、変わらないよ」
「…そっか」
それを、喜んでいいのか、そうすべきでないのか。
 何も教えてくれない大人に、いつか大人の顔で相対してもすげなくされないように。
 今のシックスには、それくらいを願うしか、出来ないのだ。



靴も溺れるような恋だったのです ただの馬鹿ではなかったのです / アーモンド



この夜が終わるまでは



 骨がみし、と言うのが聞こえた。力が強いのは知っている。もしかしたら、素の力比べでは負けるかもしれない、ということも分かっている。だからと言って本当に逃げられなかったのか、と問われると答えはいいえ、になってしまうのが分かりきっていた。でもどうせ、こちらが逃げないことを想定してのことだろうから、本当に嫌だ。いつもは大してこどもの顔をしないくせに、こんなときにだけ、行き場のないこどものような顔で縋ってくるのだから。
―――それも、
こんな、形で。
「………ぁ、ッ」
散らばった意識を引き戻すように、奥の奥が叩かれる。身を守るための快楽がそれに響いて、嫌になる。
「も、ぁ…っ、」
なんとか伸ばした手は、希望通り届いたらしい。掴まれている腰が痛い、その奥に燻る快楽が怖い。そんなこと、口にはしない、けれど。シックス、と呼ぶ。ちゃんと声になっていたかは、分からなかった、けれど。
「げんかい、だから………ッ、」
背後から突き入れて、獣のようにセックスをするのは嫌いじゃあない。でもそれは、女の子相手で、自分が挿れる側に回るときの話だ。
 縋りつかれて逃げ場もない、そういう状況で自分がされる、のは違う。
「―――ねえ、エイトさん」
「、ひ、ッ」
がぶり、と耳に歯を立てられて、その痛みにさえ身体が跳ねる。緊張と期待の線がごちゃごちゃになって、望んでもいないのに締め付ける。
「まだ意識飛んでないよね」
「ぁ、………っ、あ、ぅ、」
「限界じゃ、ないよね?」
握りしめた拳は、結局形にならずシーツを滑っていった。どうせ殴るなんて出来ないのだから、それでよかったのかもしれなかったが。
「じゃあちゃんと付き合ってよ」
「………っ、う、」
びくびく、と身体が震える。もうコントロール下を離れていた、なのに、まだ何が望みなのだろう。分からない、分からないけれど、分かろうとしてもいけない、そんなふうに警鐘が鳴る。
―――助けて、
と。
 そんな言葉一つ言えないこどもに、ずっと付き合うつもりがないのなら。ある程度の線を引いておいた方が良い。そうは、分かっているのに。
「本当に限界になるまで付き合って」
懇願するように、そう、囁かれる。
「めちゃくちゃにしてあげるから」
泣きそうにもなれないくせに、こんな手で引き止める、そんな不器用さに付き合う予定は、ないのに。
「俺のこと、嫌いになってよ」
―――結局、
その願いを叶えてやれはしないエイトでは、また同じことが起こるのだろうと、掠れた思考で思った。



力尽く / 限界をこえる / めちゃくちゃにしてやる
https://shindanmaker.com/a/464476



その恋が育ってしまう前に


きみは高嶺の花



 ふ、と意識が浮上して最初に思ったのは此処は何処だろう、というものだった。最後に途切れた記憶は本社内だったし、目の前にはジャックもいたからそう心配はしていなかったけれど。ジャックはああ見えて結構面倒見がいいから、兄に連絡するくらいはしてくれたかもしれない。家まで送り返すくらいはしてくれそうだったけれど、この天井を見るにそうでもなさそうだ。
 人員、というのは限られている。特にカーボナード・バリューではそれが顕著だ。使えない者から切られていくから、余計に。…まあ、師のそれはちょっとやり過ぎじゃあないかとは思うところもなくはないので、置いておくとして。でも、そういう組織だと分かっていたから、送り返すまで出来る人員を避けなかったのかもな、と思った。知らない天井、本社には幾つもプライベートルームがあって、この部屋もその一つ、だろうとは思う、けれど。それにしては病院のような無機質さとは無縁で、どうしてだろう、と思う。とにかく、目が覚めたからには一度、現在地や連絡くらいは確認しないと―――そう思ってもぞり、と身体を起こすと、同じタイミングで物音がした。
 警戒よりも先にそちらに、目を向ける。
「………エイトさん」
「あ、起きた?」
なんてことないように問われたから、とりあえず頷いておいたけれど、どうしてエイトがいるのだろう。いつもは大抵ニューヨークを歩き回っているはずなのに、本社に用でもあったのだろうか。
「スリーくんには連絡入れておいたから」
「………うん」
「おい、そこはせめてありがとうだろ」
「ありがとう…」
起きたなら何か飲む? と聞かれるけれど、うまく返事が出来ない。水にしとこうか、という言葉は多分、返答を求めないものだったからそのままにした。
 エイトが恐らく備え付けのキチネットで水を用意している間に、部屋を見渡す。今シックスが転がっているのはソファのようだった。ソファと言っても、ベッドにもなるタイプの可動式のもの。結構、寝心地は悪くない。枕からは微かに薬草の香りがして、そういえばこのひとはそういうのを扱うのが好きなんだったな、と思い出す。
「飲める?」
「………うん」
「起きれる? 手、かそうか?」
「…大丈夫」
寝起きでぼうっとはしているけれど、そこまで怠いわけじゃあない。熱だとか、そういうものではないのだろう。単なる、睡眠不足から来る眠気。徹夜なんて平気だと思っていたのになあ、と渡された水を飲む。
「…炭酸入ってる」
「砂糖は入ってないから」
「でも、これじゃあ水じゃないよ」
「気に入らなかった?」
「そうじゃ、ないけど」
寧ろ、意識がはっきりするのを手伝ってくれてちょうどいい。頼んでないのにな、というのは二口目で誤魔化した。
―――頼んでもいないことを、
してくれるのは。
 どうしてなのか、シックスはもう知っているから。
 起きる? という言葉には、んー…という微妙な音だけを返す。それでも返事として受け取ったのか、まあそうだよな、とエイトがグラスを回収していった。まだ飲みたかったら言って、と言われてしまえばもう、起き上がっている必要はない、わけで。
 ぼふん、とソファ兼ベッドへと戻る。
 首だけをぐりん、と回してみるとどうにもただのプライベートルーム、という感じではなかった。
「…誰かの部屋みたい」
「うん?」
「エイトさんの趣味?」
「んーどうだろ」
そんなに入り浸っているわけじゃあないし、とは言うけれど、言うほど家に帰っていないことくらい知っている。
「エイトさん」
「なーに」
落ちてしまっていたブランケットを拾い上げて、顔のところまで引き上げる。
「もうちょっと、こっち来てくんない?」
そうでもしないと、その続きが言えない、と思ったから。
 エイトはあまり驚いた顔をしなかった。シックスがこう言うことを分かっていたのかもしれない。いいよ、と言ってエイトが机を回り込んで来る。足元の方、少しブランケットを寄せて、其処にエイトが座る。
―――もし、
分かっていて、それでも此処で様子を見てくれていたのであれば。最初からこうしてくれていれば良かったのに、なんて。そんなことを思うのは、自分がこども、だからなのだろうか。
 様子見をしなくてはいけない対外的な理由なんて、エイトにはないと分かっているのに。
「エイトさん」
「何?」
「ね、熱、測ってくんない?」
「ないでしょ。寝不足で倒れてんだから大人しく寝な」
裏返った声に何を考えていたのかバレたのだろう、やわらかく笑われる。こどもだとか大人だとか、丁寧に線引きをしたことはあまりなかったけれど、このひとの前では問答無用でこどもになってしまうような、そんな気がしてる。
「ねえ、」
「なに」
「キスもだめなの?」
「だめ」
「本気で言ってる?」
「本気じゃなきゃ、こんなこと言わねーよ」
そう返されると分かってたくせに、この胸は馬鹿みたいに跳ねた。エイトのやわらかな視線が、投げかけられる。それだけでブランケットから出ている部分の熱が上がったような気がして、更に引き上げた。そんなことをしても、変わらないとは分かっている、けれど。
「お前みたいなガキ、捨てるのそんなに大変じゃねえんだから」
「…そもそも、エイトさん、未成年に手、出してないじゃん」
「なんで知ってるのか聞かないでおくな」
「キングにいちゃんに聞いた」
「キングくんさあ…」
教育に悪くない? と聞かれても、別に、すきなひとのことだ。ちょっとくらい、知りたいと思う方が健全だと思ったし、そもそもエイトの火遊びは結構大体的な問題になるのもあって、特に聞こうとしなくても耳に入ってくる。
―――そうだ、
すき、なのだ。改めて認識すると、今こうして、同じ部屋にいるのが落ち着かなくなってしまう。
「すき、」
 言葉にして吐き出したら少しは楽になるかと思ったのに、そんなことはなくて。
「………すき」
すぐそこにいるのに、触れられない。手を伸ばせばきっと、やわらかな言葉で拒絶されてしまう。きっとこのひとのことだから全力で―――殺す気で抵抗する、なんてことはしないとは思うけれど、それはこの先にあるだろうすべてを手放すのと一緒だった。
「………こんなつもりじゃなかったのにな」
「それは俺の台詞だろ…」
そうだ、こんなつもりじゃあ、なかった。
 この先、だなんて。
 約束でも何でもないのに、このひとは待っていてくれるから。すき、と言葉にしてみっともなく泣いた日から、変わらない距離を保ち続けてくれるから。
「なんで、待っててくれるの」
「別に待ってるつもりはねーよ。普通に遊びにも行くし」
「でもそれは遊びじゃん。本気じゃないじゃん」
「本気は別に取っといてあんの」
「俺のため?」
「………そうじゃ、ねえけど」
「そこは、」
そうだって言ってよ、というのは言葉にならなかった。ブランケットの中で丸まる。顔はブランケットの中にうずめたし、目だってぎゅっと閉じてしまった。
 でも、そうなれば他の器官がしっかりと働くもので。
 はあ、と小さなため息を、この耳は聞き逃さなかった。
「そうだって言ったら、」
「………言ったら?」
「お前は気にするだろ」
「…気にさせてよ」
「ガキのおもりは勘弁」
「じゃあ、」
じゃあ、どうして、今日、此処にいてくれたの。
「―――」
流石にそれを問うことは、出来なくて。
「…エイトさんの、馬鹿」
「はいはい、馬鹿でいいよ」
「俺が成人したら覚悟しててよね」
「あーはいはい、お前がそれまで覚えてたらね」
「言ったからね」
これだって、約束でもなんでもなかったけれど。
 きっと、この先。
 このひとの隣に当然のような顔をして立つ自分がいるのだと、そんなことを思ったら笑えてしまって、仕方なかった。



好きは好きでもやわらかく好きでいる 花びらのうみうずめるように / 佐藤聖
作業BGM「アルファディザイアー」可不(春馬崚木)