白くひらめく道々へ
ん、ん、と鼻にかかるような呼吸で目が覚めた。なんだっけ、これ。ふわふわしていてよく分からない。ゆるゆると瞼を押し上げる。此処、何処だろう。そんなことを思った瞬間、耳に生温かい感触が這って思わず声を上げた。
「ひぅ!?」
「あれ、起きました?」
誰かいる。まとまらない思考でもそれは分かったから、逃げようとしたのに。
「………ぅ、え?」
まったくもって身体が言うことを聞かない。どうして、だって、これくらいはマフィアなのだから、出来て当然のはずなのに。
指先までふわふわとした感覚が漂って、どうしようもない。
そんなわたしを見下ろして、ふふ、とそのひとは笑う。
「す、りー…さん、」
「はい」
正直、わたしはこのひとが苦手だった。それでも一応上司だから、顔には出さないようにしていたつもりだったけれど。だって、表社会ならともかく、裏社会ではなかなか人事異動なんてないのだし。与えられた場所でやっていけなければそれは死と同然であることを、わたしはよく知っている。
でも―――でも、これはなんだろう。どうして、スリーさんがわたしの上にいる? 嫌な予感がずるり、と脳の奥から呼び出される。
「力、はいらな…」
「たくさんお酒飲んでましたからね」
「え………?」
抑えられている訳じゃあない、拘束もない。なのに、まるでどうぞ食べてくださいと言わんばかりに投げ出された手足。おかしい、だってこんな、無防備な姿をこのひとに見せる訳がないのに。
「でも、」
混乱しながらも、何か盛られた可能性が頭を過ぎる。スリーさんなら出来るだろう。でも、どうして? ただの性欲処理、と言えばそれまでだろうが、この、卑屈なほど臆病のふりをするこのひとが、そんな、あとで困りそうなことに手を出すとは考えづらかった。わたしがもっと下っ端ならまだしも、それなりに代わりを見つけるのが面倒なポジションであることは分かっている。なのに、処理しにくい相手を選ぶだろうか? わたしの苦手なスリーさんは、そんな馬鹿な手を打つようなひとだろうか?
「まさかきみが、お酒の力を借りて誘ってくるなんて…」
「え、………ひ、ぁっ!?」
「そんな子だとは思いませんでしたよ」
「ち、ちがっ、うそ、」
絶対に嘘だ、それだけはない。だって、さっきから言っているとおり、わたしはスリーさんのことが苦手なのだ。だから、それだけはない―――と断言してしまえるのに。
わたしの言葉には耳も貸さず、ゆるゆるとスリーさんが胸を撫ぜる。服の上からのその緩やかな刺激ですら、びくびくと身体が反応する。おかしい。いつもはこんなじゃあなかった。お酒だって強い方だし、それなりに薬物耐性だってあるはずなのに。脳がどんどん真っ白になっていくような心地がする。このままじゃあ、だめだ。
「誰にも、言いませんから…ッ、」
「それはボクの台詞ですよね?」
ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて落とされるキスにすら、過剰なほど跳ねてしまう。スカートが捲り上げられて、スリーさんの指が這い上がってくる。いやだ、と首を振ったのに、それだって聞き入れられることはない。
―――どうして、
問うたところで意味がないのは分かりきっていたけれど、だからと言って混乱が消えてくれる訳でもないのに。
スリーさんの指が、ストッキングの上を滑って、とうとうそこへと辿りついてしまった。ただ撫でられているだけなのに、緩んだ唇からこぼれるのはあられもない声ばかりだ。
「ねえ、」
スリーさんが笑う。ひどく、嬉しそうに。
「本当はセックスしたくてたまらなかったんですよね?」
「ちが…っ」
「じゃあどうして濡れてるんです?」
「―――ッ、」
すごくあつい、と言いながら往復させられる指が、水音を立てているのは聞こえていた。自分の身体だ、どうなっているかなんてわたしが一番よく分かっている。下腹部に熱が溜まって、どうしようもなくて。
でも、スリーさんなのだ。
わたしは、どう頑張って考えても、スリーさんとセックスなんてしたくない。…そんなわたしの思考を知るわけもないスリーさんが、ストッキングに指をかける。何をされるのか、想像が追いついても行動が追いつかない。
「………ぁ、」
わたしの情けない声の向こうで、びり、と音がした。破られたストッキングの間から下着がずらされ、そこがスリーさんの眼前に晒される。出来ることなら死んでしまいたかった。どうして、こんなことになっているのだろう。わたしは、そんなにスリーさんに厭われるようなことをしたのだろうか。
此処は、裏社会で。だから、こういうことは時折あって。でもそれは、ある程度敵対関係があったり、何かわたしでも、納得―――してはいけないのだろうけれど、それでも納得があったのだ。でも、此処にそれはない。スリーさんは上司で、苦手だけれど上司で。部下を使い捨てるようなことは、相手のことがどれだけ嫌いでも、なくて。それはわたしも例外ではない、と思っていたのに。
「ボクにこうして、触って欲しかったくせに」
ぬるり、とスリーさんの指が滑っていった。あ、と掠れた声が上がる。
「ゃ、やぁっ! ゃら、ゆび、いれちゃ…っ」
「嫌ってことはないでしょう。こんなに…濡らして。ほら、すんなり入っちゃいました」
「やっ、あっ、あっあっ、」
わたしの身体なのに、何も言うことを聞いてくれない。すんなり抵抗なくスリーさんの指を飲み込んだそこから、ずくずくと快楽が迫り上がる。ちがう、きもちよくなんかない。痛くされないような演技だって、出来る。だから、これは、きっと、そのうちの一つで。
「ぬ、ぃ…てぇ…っ!」
「抜く?」
一つで、あって、欲しかったのに。
「きみが抜かないでって、締め付けてきてるのに?」
ぐちゅぐちゅ、とわざと音を立てられればこの身体は簡単に反応した。感覚のコントロールが効かない、こんなのは知らない。ぱちぱち、と瞼の裏で何かが弾けていく。
「素直な身体ですね」
「やら、あっや、っぅ、ああっ、ゃ、」
「気持ちいいところをちゃんと教えてくれる…」
「あっ、あっ、やら、ぁ…!」
わたしの思考だけがおかしいとでも言うように、きゅん、と締め付ける。ちがう、それはスリーさんなのに。もっと、とともすれば口からこぼれてしまいそうで。
「ぁ―――〜〜〜ッ!!」
「ふふ、上手にイけてますね」
「…って、な………」
「どうしてそんな分かりきった嘘を吐くんです?」
丁寧に内側から叩かれる度、意識が剥がれ落ちるように突き落とされる。びくびく、と身体が跳ねて、のたうって。悲鳴のような嬌声が、止められなくて。
「そろそろ欲しいでしょう?」
「………ぁ、」
いつ、スリーさんが移動したのか記憶にない。広げられた脚は閉じられなくて、熱いものが充てがわれている。いや、と必死で首を振った、つもりだった。真面に動いたかも分からない。
「指じゃ物足りなくなってるくせに」
ぬる、ぬる、と擦り付けられる度、はやく、と肚がさんざめく。だめ、だめだ、だってスリーさんなのに。いやだ、やめて。手をなんとか伸ばしても、縋るようなものにしかならない。
はあ、とスリーさんがため息を吐いた。
ひどく、呆れたような音。
「本当に嫌なら逃げたらどうです?」
そんな、逃げたくても身体が動かないのに。
「………ゃ、」
「ほら、きみは口先ばかりで動かない」
「ちが、っ、やだッ、ゃ、それだけは…っ!」
「素直に欲しいって言えば良いのに」
「ゃ、ゃだっ、や、…やあ…っ!!」
腰を抱え込まれるようにされたら、もう、本当に逃げ場がなくて。
「―――、………ッ!!」
あたま、が。
まっしろ、に。
スリーさんの笑う声だけがしている。
「腰、がくがくさせちゃって…そんなに挿れて欲しかったんですか?」
「ぁ、やっ、ゃあっ、」
「すご…ふふ、上手ですね、腰振るの」
「ぁんっ、あっ、あ…ッ」
何が、何を言っているのだろう。がくがくと視界が揺れる、涙がぼろぼろとこぼれていく。もう、何も考えたくないのに。そんな放棄を認めてしまったら、本当に二度と戻れなくなりそうで。
「きもちいですよね?」
「………ッ、…く、なぃ、」
「へえ?」
感覚が追いつかなかった。不自然に意識が遠退いて、また引き戻されて。もっと、と思う。もっと奥まで満たして欲しい。乱暴なくらいに塗り潰して、何もかも書き換えて欲しい。ちがう、なんだその思考。レイプされているときに掴むようなものではないし、そもそもスリーさんなのに。
「じゃあきみは、気持ちよくないのに自分で腰を振って、何度も何度もイくんですか?」
「―――っ、」
「分かってますよね? きみ、さっきから自分で腰振ってるんですよ。ボク、全然動いてないのに…一人で勝手にイッて。…というか、イきまくって。恥ずかしくないんですか?」
「…っ、ちが、ちがぅ、…ちがぃ、ます…!」
「何も違いませんよ」
ほら、とスリーさんがまた腰を抱える。今度は抑えつけるように。そうしたら、視界が揺れるのは止まって。
「―――ぁ、」
「これで、簡単にイけなくなりましたね。望みどおりですか?」
「ゃ、なん、で…っ、」
「なんで、って。きみが素直にならないから」
ねえ、とスリーさんが呟く。埋(うず)められた熱が、動かないのが焦ったくて仕方ない。…スリーさんなのに、いや、なのに。
―――どうして、
こんなに、きもちいいの?
「………すりー、さ…、」
「はい」
「…ぃや、いやです、ゃだ…っ」
「何が?」
動けないのがもどかしい。動いてもらえないのが切ない。どの思考も、スリーさんに対して思うべきものではないはずだった。でも、もう、真面に考えてなんかいられない。
それが、欲しい。
奥の奥までぐちゃぐちゃにされたい、もっと、きもちよくなりたい。
「………この、ままは…ぃ、や………」
「そうですか」
また自分で動きます? と問われて首が左右に振れた。本当に振れたのかどうかは分からないけれど、スリーさんには伝わったらしい。
「分かりました」
腰を押さえていた手が、今度は掴むように直されて。
「ボクの好きにして良いってことですね?」
「―――ん、………」
「きみが言ったんですからね?」
忘れないでくださいよ―――その言葉とともに、がつん、と乱暴なくらいに突かれる。
「ぁ、っんんっ、ゃあ! あっ、ぁ、や、」
「…は、そんなに締めないでくださいよ…っ」
「ゃ、ああっ、んっ、…ゃ、だってぇ…ッ」
「だって?」
「き、きもち…っあ、ゃ、ぁんっ!」
「きもちいいですか?」
「…っ、は、ぃ…ッ、あ、ゃ、ッだめぇ…っ!」
「何がだめ、ですか。こんなにきゅんきゅん言わせて…」
「…ぉかしく、なっちゃ………ぁあ!?」
「おかしくなってくださいよ」
「ゃ、やら、ぁ、―――ァ、〜〜〜っ!!」
「………はは、でる…」
「ぁ、あ―――…だ、めぇ………ッ」
「もう遅いですよ」
叱るように更に奥に叩きつけられた次の瞬間、どぷり、と吐き出される感覚に、また身体が跳ね上がる。
「―――〜〜〜っ、…ぁ、」
「は、…ん………。出されてイくなんて、やっぱり、セックスがしたくてたまらなかったんですね」
「………っふ、ぁ…」
「大丈夫ですよ」
違う、という言葉はもう、頭の奥に沈んでしまって浮いては来なかった。
「一回で終わらせる気はないので」
「―――、」
その言葉に疼いたのが一体何だったのか、わたしはもう、考えたくはないのだ。
黎明の閉幕
あたたかい、そんなことを思って目を覚ます。何をしていたんだっけ、此処は何処だっけ。ゆるゆると思考が覚醒しないまま、あたたかいものに頬を擦り寄せて。
「っ、」
それが、腕だと気付いた。
「す、りー…さっ、」
「おはようございます」
瞬時に思い出す。眠る前―――というか、気を失う前に、何をされていたのか。今、一体自分がどんな格好なのか。
「わ、たし………ッ」
逃げなければ。
それだけははっきりとしていたから、身体を離そうとしたのに。
「ぅ………」
「無理をしないでください」
「、ッ、ゃだっ、」
疲れ切った身体はまったくもって言うことを聞いてくれない。鉛のように重たい。今まで、こんなことはなかったのに。
「………まったく、仕方ないですね」
「ぁ、んっ」
ぐり、と肚の中が圧迫される感覚があって、まだそれが這入ったままだったことを知る。でも、もう遅い。突き上げられるような動きを繰り返されれば、昨夜の朧げな記憶を思い出すのには充分だった。
「は、ぁ…んんっ」
唇が合わさって、舌を弄ばれる。徐々に全身から力が抜けていく。
―――敵わない、
そんなことはわかっていたはず、だったけれど。改めて思い出させられてしまうと、こんな抵抗は無駄なのではないかと思ってしまうのだ。
「ん、っん、ふ…ぅ、」
「きもちいいですか?」
「ぁっ、やっ、あっんっゃ、ぁ…!」
「いいですよ、何回でもイッてください」
もう何もかも知っている、と言わんばかりの動きに理性が千切れるのは多分、時間の問題だった。犯された、犯されている、此処に自分の意思など何処にもないのに。
「ゃあ…ああっ、」
「はは、かわいい…」
「ぁっ、あんっ、すりー…さ、」
「はい」
「…んっ、ぁ、きも、ちい………」
何度も閃く白い世界に、甘美な誘惑があることはもう分かってしまっていたから。
嬲られるだけの生き物に、成り下がるまであと、幾許もないのだろう。
夜を繋いで
痛い、というのが言葉になっていたのが分かったのは、上の男が笑ったのが聞こえたからだった。
「はー………」
いや、男、と言ってよかったのか。わたしはその男のことを知っている。上司、というのが一番分かりやすい記号だったろうか。でも、普段からそう、上司と部下としてやってきた記憶はない。
不思議な人だとは思っていた。こんな裏社会で、異能なんてものを持っているからと言って、幹部扱いをされているのが不似合いに思えるほど。やさしい、と思っていたわけではない。でも、他のところでも生きていけそうだと、そんなふうに思っていたのに。
「暴れないでくださいよ………」
多分、その所見は間違いだった。彼は、スリーさんは、此処でしか生きていけない人間だ。
だから―――という接続詞はきっとおかしかったけれど、押し倒されて、キスをされて。その先へと連れて行かれている。わたしだって油断していたわけではないのに、思い出したように暴れるくらいしか出来なくて、涙もちゃんと、出てはくれなくて。
「きみのなか、堪能してるんですから」
「―――ど、うして、」
「どうして、でしょうね」
再び笑われたのが分かる。それは不出来なこどもを叱るような音だった。
「きみは、単にボクが処理≠フためにきみを使った、と言ったとして、納得してくれるんですか?」
「そ、んなの…」
「まあ、納得されても困るんですけど」
痛い、とまた言葉が漏れる。否、わたしはそれ以外の言葉を知らない。知らない…ことになっている。知らない、方が良いと分かっている。
この。
背筋をぞくぞくと駆け巡る感覚のことなんて、知らない方が良いのだと、分かっている―――のに。
「そのうち、慣れますから…」
もう少しだけ我慢出来ますね? 身体を暴くようなことをしたくせに、頬を頭を撫でるてのひらはひどく、やわらかな仕草で。右も左も分からなくなる、感覚が狂っていく。機嫌を取るように舌が伸ばされて、吸われて、絡まされて。それを、最初から受け容れるのが正しかったような気がしてくる。
「………ねえ、」
胎が、
「本当に痛いんですか?」
別の生き物を宿したような心地だった。実際、スリーさんが入っているのだからそうなのかもしれない。他人がそう簡単に入ってはこれない領域が、侵されているのだから。それで、感覚が、身を、守るために。
「随分濡れているみたいですけど」
―――本当に、
身を守るために?
きもちいい、と食まれた耳から言葉が入り込んでくる。スリーさんが興奮しているのが、痛いほどに分かる。文字通り…文字通り? 分からない。本当に、わたしは、痛いのか。感覚が掴めなくなっていく、瞼の裏の稲妻が、わたしを奈落へと突き落としていく。
可哀想ですね、とスリーさんは言った。
「ボクみたいなのに犯されてるのに」
嘲るような言葉のくせにそれはひどく嬉しそうな音をしていて、わたしははやく思考なんて止まってしまえばいいのに、なんて馬鹿なことを願うのだ。
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