白日の道はただひとつ
瞼の裏で閃光が弾けては消えるのを繰り返していた。思考が真っ白になっては肌のぶつかる音で現実に引き戻されて、身体の中を掻き回される感覚に喉が震えるのを聞いている。自分の身体なのに、まったくもってコントロール権がない。これが薬でも盛られたのであればまだ救いもあったのかもしれないが、残念なことにそんな気配はまったくなかった。…まあ、俺の気付かない間に何か盛られた、という可能性はゼロではなかったが、そんなあるかどうかも分からない希望に縋るような余裕は最初からない。
「―――っ、ぁ、や、」
「嫌じゃないでしょう?」
肌と肌のぶつかり合う音、本当にセックスしているみたいな音に目眩を覚えながら、俺は必死で相手の名前を呼ぶ。
「す、りー…さ………ッ」
どうしてこんなことになったのか。
俺にはまったく分からない。スリーさんは上司で、ある程度大変なことは部下の俺でも知っていた。でも、こういうことはしなかったはずだ。毎回相手が黙秘していたとしても、場所が場所だ。スリーさんは別に人払いをした気配もなかったし、実際この扉の向こうに人の気配を感じることはある。そして、中で何が起こっているのか察して遠退いていく気配も。俺は真面に声なんて出せていないから分からないかもしれないが、スリーさんはやけに饒舌だった。これではスリーさんの方を確定させるのにありあまるだろう。明日には噂が一気に広まってそうだ。仮に今までにもこういうことがあったのだとして、そのすべてが運良く秘匿されていた、というのは考えづらい。勿論今まではスリーさんがちゃんと人払いをしていた、というのも考えられるが、それはそれで今回はちゃんとするのをやめた理由が見つからない。
…何を、考えても。
俺が今、スリーさんに犯されていることには変わりないのだったが。そう、犯されているのだった、俺は合意していないし、まあ裏社会でそんなこと言っても、というのはあるだろうが。それでもこの行為に俺の意志が伴ってないことは明白だった。なのに、俺は、相手がスリーさんだったから、上司だったから、突き飛ばすことも出来ないで。逃げようとは、した。反論も、口先の抵抗も、した。だけれどそんなもの、スリーさんにとったら封じ込めるのはそう難しくないものなのだ。俺は、それを知っていたのに。
それ以上が出来なくて、結局こんなことになっている。
「ほら、」
「………ッひ、」
ぐり、と。叱るように奥が突かれた。びくり、と腰が震えて、その震えが身体中に行き渡っていく。俺の、身体なのに。俺の身体じゃあないみたいに。
「集中してください」
やりやすいようにだろう、持ち上げられた足を取り戻すことすら叶わない。激しく動かれる度、衝撃が身体を支配していく。これを快楽と呼んでしまうのはきっと本当にだめだから、なんとか抗っているけれど、この強がりだっていつまで続くか分からない。
「ねえ、きみ、嬉しいんですよね?」
俺を見下ろしたまま、スリーさんはうっそりと微笑む。
「さっきからイくの止まらないじゃないですか」
つまさきが、勝手にびくびくと震えている。ずっとふわふわした心地がつきまとって、おかしくなりそうだった。…もう、おかしくなっているのかもしれないが。それでもやっぱり認めるわけにはいかない、認めてしまったら二度と戻ってこれないのは分かっている。だから俺は無様でも必死に足掻く。そうすれば、スリーさんだって諦めてくれるかもしれなかったし。
「無理矢理突っ込まれて、こんなに勃たせてるくせに………」
「………っ、」
つつ、と俺のものをなぞる指に、腰が浮き上がる。直接的な、よく知っている快感に縋りそうになる。ちがう、だめだ、だめだと、俺は分かっているのに。
「気持ちよくない、なんてどの口が言うんですかね?」
それは、紛れもない嘲りだった。俺はぎゅう、と唇を噛む。スリーさんがなんでこんなことをしているのか、せめて教えてくれたら良いのに。スリーさんは、その質問には答えてくれなかった。
「ほら、さっさと認めてくださいよ」
腰が浮き上がる度に、なかの、スリーさんのものがこすれて、また宙に放り出される感覚に襲われる。こんなのは嫌だ、もうはやく、終わって欲しい。
「ボクに犯されて嬉しいんでしょう?」
終わりの来ないような恐怖の中で、ゆっくりと、スリーさんが俺の頬を撫でる。その仕草にすら、ぞっとするのに。
「こういうとき、なんて言うんでしたっけ」
―――俺は、
こういうとき、なんて言うのが正解なのか、知っている。
他でもない、スリーさんに教えられたことだ。嘘でも忘れた、なんて言えばもっとひどい目にあうのは分かりきっていた。これ以上ひどい目、なんていうのが存在するのか俺にはもう分からなかったが、こんな状態でスリーさんの機嫌を損ねるのは馬鹿のすることだ。ふわふわの使い物にならない頭でも、それくらいは分かる。
「………っ、ぁ、」
でも、これを言ってしまえば。
俺の、今までの必死の抵抗は終わりを告げる。
スリーさんが先に飽きてくれれば、という希望はもう二度と戻ってこない気がする。だめだ、と何処かで警告は鳴るけれど、だからと言って言わないでいることも出来ない。噛んでいた唇から、ゆっくり力を抜く。ぎゅっと目を瞑って、視界からだけでもスリーさんを追い出す。
「ぁりが、とぅ、ござ、…ぃ、ます…」
「よく出来ました」
「―――」
その、あまりに優しい声に、せっかく閉じた目を開けてしまった。それは、どう考えても間違いなのに。
「本当はずっとボクに犯されたかったんですよね?」
もう逃がさない、とばかりにスリーさんが覗き込んでくる。欲情しきった瞳の中に、同じようにだめになった俺が映っている。
「気持ちよくてたまらないんですよね」
ゆっくりとまた腰が進められて、奥の方が突かれる。やさしく、こつこつと。そんなやわらかなものすら、今の俺には毒のようで。
「ねえ?」
「…ぁ、っ………すりー、さ、ん…」
「教えてください」
熱に浮かされるように、唇が戦慄く。
「………き、もち、…ぃ、です、」
「犯されて嬉しいですか?」
「ぅ、れ…し、………」
「はは、」
嬉しそうに―――本当に嬉しそうに、スリーさんが笑う。今度は嘲りの色を灯してはいなかった。それに、せめて俺は安心する。
「きみが素直になってくれて、ボクも嬉しいですよ」
もっと気持ちよくしてあげますからね、なんて。
本当にこれがセックスになんてなってしまった今、俺に出来るのはただ、頷くことくらいなのだ。
証
は、は、と声がする。俺の口から漏れる声。真っ当なかたちなんてない、ただ、身体の中から押し出されるようなそれは、ひどく無様で仕方ない。
―――どうして、
こんなことになっているのか、というのは分からなかった。
「そろそろ良いですかね」
俺の上にいる上司―――スリーさんがそう、呟く。俺はそれに応えるように首を振る。横に。
別に、性欲処理だとか。そういうものでも俺は多分、言われたら頷いたのだと思う。望むとも望まざるとも、スリーさんは俺の上司であるのだし、俺はスリーさんの部下で、ある程度好きに扱って良い存在だった。だから、何か一言でも―――命令でもあれば、俺はこんなに混乱したりはしなかった。多分、だけど。何も言わずに仮眠しようとしていた俺の上に陣取って、キスをしてきて。どうしたんですか、とは問うた。命令なら聞くから言って欲しい、とも。でも、スリーさんはそれには答えてくれなくて、だから俺は未だにいやいやと首を振ることしか出来ない。
「嫌なんですか?」
「…っ、スリーさん、」
「でも、その割にはきみ、ボクのこと突き飛ばしたりしないじゃないですか」
ベルトの音がする。だって、そんな、上司を突き飛ばすなんてこと、出来るはずがない。これが同僚だったら出来たかもしれないけれど、相手はスリーさんで。
―――たった、
一言。
命令があったら良かったのに。
ずり、と擦り付けられる。その熱が直接触れることで、俺は余計に分からなくなる。
「逃げもしませんし…なら、これは合意でしょう?」
違う、それは違う。スリーさんが何も言ってくれないから、俺はこれを合意にすら出来ない。自分を騙す術をどうにか掘り起こすことも出来ないのだ、それを分からないスリーさんじゃあないだろうに。
嬲るように、スリーさんが笑う。
「ほら、このままだと挿っちゃいますよ」
「………ッ、」
「本当に嫌なら、少しくらい逃げてみせたら良いのに」
「―――ぁ、」
つぷ、と擦り付けられていた先端が、埋められて。
「―――〜〜〜ッ!?」
次の瞬間、今まで焦らされていたのが嘘みたいに一気に貫かれた。
「ほら、逃げないから」
「―――…っ、ぁ………は、」
「挿っちゃいました」
俺が抵抗にもならない抵抗を続けている間、スリーさんは丁寧に慣らしてくれていて。だから、と言って良いのか、痛みらしいものはなかった。
は、は、と俺の無様な息はスリーさんにだって聞こえているだろう。どうして、本当にどうして。たった一言命令をくれれば、俺だってこんなどっちつかずの仕草をしなくて良かったのに。
「ぅ、………っ、」
「…はは、」
俺に覆い被さるような体制で、スリーさんが笑う。ちょうど耳元だった、掠れた、興奮をどうにか押し込めたような笑い声に、背中が引き攣れるような心地になる。
「こうして犯して欲しかったんですよね?」
違う、それだけは違う。でも、もう俺に許された言葉なんかない。知らない感覚が瞼の裏まで駆け抜けて、俺の手は必死にスリーさんに縋る。
「も、すり、さ…ぁ、っ」
ぎゅう、と。涙が押し出されるようだった。俺だって一応マフィアだ、いちいち泣いていたらままならないことだってあると分かっている。
―――でも、
「ゃめ、」
これはそういうのじゃあない、生理的なもの。そういうものを制限するような術を、俺はちゃんと身につけていない。
それに、
「ごめ…な、さ、っ、ぁ…ッ、たす、けて、」
今、俺を犯しているのはスリーさんなのだし。
俺は、何をしてしまったのだろう。スリーさんがこんなふうに、怒るようなことをしてしまったのか、それとも俺であれば八つ当たりをしても良いとスリーさんが判断したのか。…いや、それなら一言言えば良い、俺は別に、八つ当たりだろうと、それが命令なら首を振らない。
「も、ぬ…ぃ…って、くだ、………ぁあ!?」
「抜いてほしいですか?」
腹の上からゆっくりと撫でられると、本当にそこにスリーさんが入っているのだと分かって怖くなる。これまでの仕草は全部、丁寧なものだった、ここからスリーさんが突然乱暴になるのは思い描けない。でも、怖いものは怖かった。終わらせてくれるのであれば、俺にとってはありがたいことこの上ない。だから、必死にこくこくと首を振る。この反応がスリーさんの機嫌を損ねないように必死に願いながら。
スリーさんはそんな俺を見下ろして、宥めるように頬を撫でて、キスをして。
「…出したら抜いてあげますよ」
また、律動を再開させた。
「―――っや、やだぁ…!!」
一瞬遅れて言葉の意味を理解した俺がまた首を振って、縋っても、スリーさんは動きを止めてくれない。それどころか、もっと興奮するみたいだった。
「っふ、はは、…やだって言いながらめちゃくちゃ締めてくるじゃないですか…っ。素直じゃない、ですね!」
「ゃああっ、!?」
スリーさんが激しく、でも乱暴とは言えない動きで腰を打ち付けるたび、俺の頭は真っ白になっていく。どうして、どうして、どうして。きっと幾ら聞いても、解えのもらえない問い。
「………ふ、っ」
「ゃ、ああっ、んぁッ」
「は、…も、でる………」
「―――ゃ、らぁ…っ! それ、は…っ」
「…っ、ほんとは、欲しいくせに…っ」
本当って、なんだろう。
俺の指は必死にスリーさんに縋るし、身体は腹の奥がぎゅう、となるし、頭は真面に働かないし。口からはだらしない声がぼろぼろとこぼれてとまらない。
「あっ、ぁ、やぁ…っ、―――ゃめ、」
「ほら、ちゃんと―――」
ぐ、とスリーさんが腰を掴む指に力を入れたのだって、嫌じゃあなくて。
「全部、飲んでくださいね」
「―――っ、ぁ、ア…っ!!」
どくどく、となかに吐き出されるその感覚に、脚が震えて、スリーさんに巻きつくみたいになったのだけは分かった。
は、は、と声が落ちる。俺の呼吸も、スリーさんの呼吸も、キスで混じっていく。
「―――今日のこと、」
もうこれ以上、抵抗をするのは無駄だ、と思った。それに、スリーさんはやっぱり丁寧で、疲れてしまった俺は何も考えたくなかった。
「忘れないでくださいね」
どうやって、忘れろというのだろう。スリーさんは結局、解えをくれないままなのに。
「きみは命令でもなんでもなかったのにボクを受け入れて、こんなに悦んでいる」
未だ余韻の残る身体が、びく、と震える。それをスリーさんは満足そうに見下ろしている。
「これからも悦ばせてあげますから―――期待していてくださいね」
それが、一体本当はどういう意味の言葉だったのか。
俺にはどうしたって、問うことは出来ないのだ。