夏の帝国
どうしようもないな、と思った。
この腕で大した力を入れなくてもその身体は簡単に自由を失ったし、自分の持っていないもの≠ノついては自覚的であるはずだったけれど。トラブルメーカーとでも言えば良いのか、気に食わないのとは違う、寧ろ気に入っている方だと思う。思う、けれども。だからと言って苛つかないということもなくて。他の人間と一緒だ、そう思ってしまえれば良かった。ただ単に今目の前にいる、なんとなくそういう気分になったから抱き締めてみて、なんだか照れたような顔をしたからそのまま捕まえて。
「せ、んぱい…ッ」
もう、と助けを乞うような声は細くなっている。いつもはそうでもないくせに、別に太い声をしている訳でもないくせに、大きい声は出せる人間だと知っていた。
そんな、彼が。
今、自分の手でどうしようもなくなっている。興奮するな、という方が無理だった。乱すことなく撫ぜられているだけだろうに、彼は時折びくり、と肩を跳ねさせて。それを見ていたら耳だとか首筋だとか、そういう場所に噛みつきたくなって。
「ァ―――っ………!!」
歯を立てると同時に、彼が震えた。は、は、という息と、布越しでも分かる変化。
「出ちゃったね」
指摘してやればその頬がカッと紅くなるのが分かった。まだ紅くなれるんだな、なんて思う。
「………もう、」
充分でしょう、と言おうとしたのだろう、そんな彼をお構いなしにベルトを外してやる。なんで、もう、と尚も言い募る口を唇で塞いでやってから、その間に下着ごと太腿まで下ろした。この程度にしておけば逃げるのだって難しいだろう。もし今の混乱が収まって彼がそんなことを考えても、きっとすぐに捕まえられる。
「汚れちゃったね」
どうやって帰るの? と言いながらそのびたびたになった場所から精液を掬い取った。勿論そんなものだけでなんとかなるとは思っていないけれど、ゆっくりと臀部に指を這わせてやれば意図を察したらしい。
いやだ、と声が聞こえるけれども無視だ。逃げようと身体を捻ろうとしても大した力になっていない。叱るように首筋にまた噛み付けば、緊張したのか孔がきゅう、と締まった。
「挿れて欲しいって言ってる」
はしたないね、誰にでもそうなの、今までもこうやってねだってきたの、どうやって誘ってたの、どれくらい経験あるの。思ってもいない言葉を吐き出すのは簡単だ。
暫くつぷつぷと精液をまとわせた指で入り口を刺激していただけだけれど、それもつまらなくなってくる。ポケットにはちょうどよく、ローションが入っていることを知っていた。こういう時だけはなんというか、タイミングが良いんだよなあ、と思いながら少し身体を倒させて腰の辺りからローションを垂らす。
「ひ、」
冷たかったのか、震えた喉に笑ってみせて、それからゆっくりと指を挿し入れた。
ひく、と震えたにも関わらず、そのなかはやわらかかった。指もすんなり挿っていく。
「慣れてるの?」
「ち、が………っ、やだ、先輩、やめてくださ…」
「ほら、ねえ、聞こえるでしょ? 音。すっごい」
ぬぷ、と指を動かす度に音がする。勿論それは精液やらローションやらの所為で立っている音だけれど、身体の中から響く音だ、彼にとっては違うように聞こえても仕方がないものだと思う。ぬぷ、ぬぷ、とゆっくりなかをかき回していけば、徐々に腰ががくがくし始める。それを支えてやりながら、くるくると反応を窺った。
「………ッ!!」
びくん、と力の入っていなかった背中がぴん、と張って、思わず、と言ったように口が抑えられる。でも、そんな分かりやすい反応をしてみせて構われない訳がないのに。
「ここ、きもちいいんだ」
「ゃ、あ、………ッ、ちがっ、あっ、ぁ、んんっ!!」
「やらしー…」
「ちが、ちがう、せんぱ、…ゃ………ッ」
違う、と彼は言うけれど、なかはもっと、とでも言うようにぎゅうぎゅうと指を締め付けてきたし、腰も膝もがくがくと震える中で、背中だけが反っていく。
「あ、ぁ―――」
へにゃり、と力を失ったままの彼の性器から、とろとろと透明なものがこぼれ落ちる。それと同時に完全に膝から力が抜けていくのを感じたけれど、そのまま壁に押し付けて、まだ立っていられるよね、とだけ言った。
耳を強めに噛んだら彼は怯えるように壁に手をついて、なんとか立っていようと必死になる。
その様子がいじらしくて、もっと虐めてやりたくなって。とりあえずは、本当に立っていられなくなったら挿れてやろう、と思って続きに戻った。
喉が引き攣れるような声が聞こえていたけれど、この征服感の前では些事だった。
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作業BGM「DIARY」上北健