舌戦、いつか死に絶える祈りたちへ


 眼鏡が揺れるのを見ていた。外さないでいたのはちゃんと目の前にいるのが誰なのか、覚えていて欲しかった、というのがあったのだろうけれど。ソファなんて狭い場所にいるからか、ちゃんとベッドに行ったことなんてないからか。いつだって顔の横につく形になる腕が、檻みたいに見えた。
 檻、なんて。
 そういうことを言ったら、捕まえているのはシックス、ということになるだろうに。ひどく自由に振る舞ってみせるこの人が、シックスの腕なんていうちっぽけなものに捕まえられていてくれることなどないと、分かっているのに。
「―――」
揺れる眼鏡の縁の向こうで、疲れたように瞼が落ちる。眠った訳ではないと分かっているからか、起きて、なんて言わないけれど。睫毛が長いんだよな、とそんなことを思った。視線を逸らされることはよくあるけれど、意外と目を瞑られることは少ないからこういう時でもないと見られないし。…まあ多分、目を瞑られないのは単純に、そんなことをしたら状況判断に不利になるからだとか、そういう理由なのだろうけれど。
 ずるり、と引き抜くとびく、と肩が揺れる。その反応が心地好くてキスを落とすと、掠れた声でそういうの良いから、と首が振られた。それも含めてしたくなるというのだって分かってるだろうに、物分りが良いくせになかなか納得に落とし込んでくれないところがなんと言うか手の届かなさ、みたいなものを表しているようで。
―――高嶺の花、
なんて言ったらきっと、笑われるだろうけれど。
「どーしよ、」
使い終わったゴムの口を結ぶのも結構慣れたな、と思う。最初の頃は見かねたように手を出されていたのを考えると、そんな隙を作らなくなったのは成長だろう。まあ、きっとそんな成長なんて、と言われるのは分かっていたが。
「エイトさん、俺が女の子抱けなくなっちゃったら責任取ってよね」
「………やだよ」
呻くような返事を聞きながら手を伸ばしてタオルを取る。粗方拭いてからシートを出してくる。ちゃんと粘膜周辺に使っても良いものを選んでいるのだけれど、最初に出した日には随分疑われたなあ、と思い出した。そんなに信用がないだろうか、と思ったけれど、自分のやってきたことを振り返れば当然かもしれない。
「エイトさん、やだしか言わないじゃん」
「嫌だし…」
「そろそろ諦めて合意ってことにしてくんない? エイトさんだってきもちいでしょ?」
「きもちよくない」
「えー? きもちよくないのに早く挿れてとかイかせてとか言うの?」
「…あのなあ、それはお前が薬入れたからだろ」
「そのあとちゃんと診察もしたよ」
「そういう意味じゃない」
 この後始末だって、最初の頃は自分で出来る、と言われたなあ、と思う。任せてもらえるようになったのは諦められたのか、それとも任せざるを得なくなるまで一度抱きつぶしたからどうでも良くなったのか。まあ、良い理由ではないだろう。流石にそこまで能天気にはなれない。
「そもそもさあ、」
きれいに拭けたから服を戻して、それから時計を見る。まだ少しのんびりしていても大丈夫そうだった。遊ぶように指を髪へと滑らせると、だからそういうの良い、とまた言われる。でも、首を振って避けられるようなことはなかった。体力回復を優先させているのだろう、というのは言われなくても分かったが。
「エイトさん、俺のこと退けられるのに退けてないじゃん」
基本的に最効率で物事を片付けるからか、結構この人は体力がない。こんなでよく女の子と遊び歩いていられるな、と思うけれど、ああいうのは大抵主導権を握っているだとか、そういう話なのだろう。こうして、好き勝手乱されるようなことはないはずだ。
「なんで?」
あったら―――それはそれで、嫌だな、と思うし。
 流石に、それは口にしないが。
「そんなに俺って可哀想?」
うっすらと、瞼が押し上げられる。疲れ切ったような瞳に、それでもシックスがちゃんと映るのが見えて。
「―――お前は、」
「うん」
「可哀想なんかじゃないよ」
「…そっか」
短い答えはすんなりと胸に落ちてきて、だからと言う訳ではないけれど、そのままぼすん、と胸に頭を落とす。これくらい慣れているのか、特に何も言われなかった。
「なら良いや」
「良いのかよ」
「抵抗して欲しい訳でもないし」
「…はあ」
「合意して欲しいだけ」
「それはやだ」
 エイトは、どうして合意にして欲しいのか、だとか。そういうことを聞いてはこない。聞かれたら答えられるのか、と問われると答えは否なので、聞かれても困る、と言ったらそうなのだけれど。
「あ、でもまたおねだりして欲しいから忘れた頃に薬飲んでね」
「やだよ…」
「良いじゃん、気持ちよくなれるんだし」
「だからやだよ…」
「そのだから≠チて何にかかってる?」
「何にもかかってねーよ…」
気が済んだならとっとと仕事行け、という言葉には、もうちょっとだけ、と頭を擦り付けて返事とした。



作業BGM「夜の名前」キセル


私のナイフになってよ


 キスをすることは面倒がられるけれど、嫌がられるけれど、拒絶されたことはない。それは行為そのものだってそうだろう、と言ってしまえば頷くしかなかったけれど。そういうところが甘いというか、こんな事態を招いたんだろうになあ、と思う。奥歯に錠剤を仕込むのはそう難しいことじゃあなかった。シックスはあまりこういうことはしないけれど、だからと言って手段として知らない訳ではないのだし。ん、と喉が鳴るのを聞いている。本当はエイトの方からして欲しかったけれど、欲しがったところでこれ以上の踏み込みはしてくれないだろう。今だってどっちかと言えば踏み込んでいるのはシックスの方なのだし。上手に線を引かれて、ここから先は面倒なことになるから入るな、と言われた場所に乗り上げている自覚くらいはあった。舌が絡まって、ぎ、とその目に睨まれたところでバレたなあ、とは思ったのだけれど。そのまま懲りもせずに続けていると、そのまま飲み込んでもらえた。珍しいこともあるな、と思う。
 唇が離れて、それから胃の辺りを抑えられる。今から吐き出しても遅いことは分かっているから、吐かれたところで別に良かったけれど、言った方が良いのだろうか。
「…なに、飲ませた」
「新薬」
そんなふうに思っていたのだけれど、どうやら吐き出すつもりはないらしい。
「なんでまた」
「だって流石に既存の薬じゃあエイトさんだって耐性ついてるでしょ? なら新しいの作んなきゃ」
「動機が最悪すぎる」
くしゃ、と髪を掻き上げて、それからため息を吐かれて。
 ほら、と手が伸ばされる。
 何を求めているのかは、分かったが。
「早く解毒剤寄越せ。血液データはくれてやるから…俺だって確かに仕事サボってるけどね、それはサボって良い仕事って分かってるからであって」
「あ、セブンさんには先に言ってあるよ? エイトさん借りますって」
「………は?」
「エイトさんが今までやらかしたことの補填の一部するから貸して、って言ったらまあ、渋られはしたけど最終的にオーケーもらったよ」
「…えっ、嘘だよな?」
「ほんと。多分セブンさんからメッセージ来てると思うけど」
嘘だよな!? と言いながら端末を確認するエイトが、シックスの言ったものを見つけてうそ………と呆然と呟く横に滑り込む。
「あとね、エイトさん」
 もう確認したから良いでしょ、と端末を取り上げて机の上に置くと、何、とでも言いたげに見遣られた。
「俺、基本的に解毒剤なんて作らない」
「………お前、それは流石にどうなの…」

 何の薬なのかは聞かれなかったな、と思う。聞くだけ無駄だと思ったのか、それとも予想がついているのか。どっちでも良かったけれど、聞かないの、と聞いてみても良かったよなあ、とは思った。エイトがどうしてこんな関係を続けていてくれているのか、よく分からないままだったし。大ごとにしたくはない、それは、分かるけれど。最初だってそんなことを言っていたのだし。でも、実際これを言ったところで大ごとになんてなるだろうか、とも思うのだ。そりゃあスリー辺りは泡でも吹くかもしれないけれど、それくらいな気がする。
「しっくす、」
そんな思考を遮るように、少し苦しそうな声が横から上がった。さっきから随分静かだな、と思っていたけれど、変調に耐えていたのかもしれない。
「熱上がったっぽい? 測っていい?」
「………ん、」
「はーい。じゃあ失礼しまーす」
体温計が冷たかったのか、びく、と肩が揺れたのが分かった。ごめんね、と思ってもいない言葉を吐いて、その肩を撫でてやる。音はすぐに鳴って、もう一度ごめんね、と言ってから体温計を取り出した。少し、平熱よりは高いかもしれないが、ここまで苦しそうになるほどの熱には思えなかった。
「高いね」
「………ん、」
それでも体感としては熱があるのか、シックスの言葉には緩慢に頷かれた。それを見ながら、さて、と思う。何処まで誤魔化せるだろうか。そもそも、予想がついているのかもしれなかったけれど。結局、こうなってしまったら聞くのも違う気がして黙ったままでいる。
「つらい?」
「…んー………」
「横になる?」
「………だいじょぶ」
「そう?」
新薬、とは言ったけれど。これまでの薬と何もかも違う、というのはなかなか作れない。構造を少しずつ変えて影響範囲をズラしたり、そういうことの繰り返しがよりよく効く薬を作り上げるのだと、それは分かっているけれど。
 エイトはどういう訳か、耐毒性が高かった。本人に聞いてみても、特別訓練をしたことがあるだとかでもないらしい。まあ良いモン食ってたとは言えないから、そういうのが影響してんじゃないの、なんて言っていたけれど。
「つらくなったら言ってね」
だから、今回のこの薬だって、何処までちゃんと効くのか分からない。
 そう。
 思っていたのに。
「………しっくす…」
「なに?」
手が伸びてくる。
「エイトさん?」
それが、そのまま迷うように宙をうろついてから、そっと、袖口を握っていった。指先だけで、少し、摘むような仕草で。それがいつものようすからは想像も出来ないものだったから、少し嬉しくなってしまった。
「つらい?」
「………え、あ…」
「横になるなら俺、退くけど」
「………あ、そうじゃ、なくて…」
身を引く素振りを見せたら、指先に力がこもったのが分かった。こどもみたいだ、と思う。初めてエイトに出会った時、この人はもう大人の仕草を身につけていたから、こんなふうにされるのはもう、珍しいどころの騒ぎではない。
―――まるで、
行かないで、と言われているようだった。事実、そういうことを言いたいのかもしれなかったけれど。
「起きてた方が楽?」
「………んー…」
「肩貸そうか?」
「ん………」
返答が覚束なくなってきたけれど、言葉をこぼすのもつらい、というよりかは何を言っていいのか分からなくなっているように聞こえた。
 なら、と思う。
「エイトさん、それだけでいいの?」
「………ぅ、ん?」
「俺、エイトさんのこと抱き締められるよ?」
ほら、と腕を広げてみせたら、困ったように眉が寄せられたのが見えた。そんなに困るようなことは言っていないと思うのだけれど。
「ほら、エイトさんだって寄りかかるとこあった方が楽じゃない? 俺の実験に付き合ってるんだし、クッション代わりくらいはやるよ」
ね? と首を傾げてみせれば、そういうものか、とでも言いたげに頷かれる。
「じゃあ、ドーゾ?」
「ん、」
ゆっくり、と。
 エイトが、まるで縋るように腕の中へと寄りかかってくる。それを逃がさないように―――エイトが逃げるなんてこと、今までなかったのに、そんなことを危惧しながら―――抱き締める。最初は何処か緊張していたようすだったのに、時間が経つと少しずつ力が抜けてきた。薬が回ったのかもしれないが、もうここまで来たら分からなかったし、どっちでも良かった。すり、と頭がこすりつけられるような仕草にぞくっとする。エイトがか弱いいきものでないことを、シックスは知っているのに。
「―――エイトさん、」
触っていい?
 それに応えがある前に、頬を両手で包んでキスをした。

 いつも抵抗されるか、というとされないのだけれど。それとはまた違うなあ、と思う。長い手足がくったりとシックスに寄りかかってきて、ふうふう、と必死に息をしている。別にこの薬で死ぬことはないというのは、シックスがいちばんよく分かっているのだけれど、まるで生命を預けられたかのように錯覚してしまうのだから、ままならないな、と思った。
 キスをして、服をたくしあげて触れていく。いつもと変わらないことをしているはずなのに、薬の入った身体はひどく熱くて、そして、鋭敏になっていた。
「ん、ん、」
「エイトさん」
きもちい?
 耳元で、直接ねじ込むように囁くだけで肩が震える。抱き締めているのを手放すのがまだ惜しかったから、細かな震えでもダイレクトに伝わってきていた。これもなかなか悪くないな、と思う。胸に頭がつくような、そういう若干無理のある体勢ではあったけれど、まあ見る限りそんなに腰に負担がかかっているとか、そういうこともないだろう。
「エイトさん、教えて?」
「………ぁ、ぅ、」
「きもちい?」
「―――、」
逡巡のあと、ゆるゆると首が縦に振られた。
「エイトさん、言葉で言ってよ」
何処に触れても性感はしっかり増幅されているのか、呼吸の荒さは少しずつ中身を変えてきている。まあ、いつもそこまで呼吸を乱してくれるかというと、そうでもないのだけれど。
「エイトさん、」
教えて? と耳を軽く食むと、またびくり、と震えたのが分かった。は、は、という浅い呼吸が心臓に吹き込まれるみたいで。
「………きもち、い、」
 ぞく、と。
 またどうしようもないような心地になる。普段、そんなことは絶対に言わないくせに。自分で投薬しておいて、そんなことが脳の端を過ぎっていった。
「…それなら、良かった」
「………ん、」
舌で揺らされたカフスが、擦れて小さな音を立てる。その音ですら刺激として拾うのか、きゅう、と指先に力がこもるのが分かった。もっと、掴んで握ってくれても良いのに。
「エイトさん、」
ゆるゆると手を腰にまでおろして、する、と撫でる。そろそろ次に進みたかった。
「つらくない?」
「………ァ、」
「くるしかったり、しない? 大丈夫?」
「………ぅ、」
いつも思うけれど、エイトの格好は結構、緩い。フォーマルではない、ということではなくて、横から手を入れてしまえる、という意味で、だったけれど。
 こんな世界だ、相手を性的にどうこうしたい、だなんて、それこそ興味以外の感情でだって起こり得る。気に食わなかったからとか、報復だとか、その内情までは知りたくもなかったが。特に女性関係で恥をかかされると相手の男にそういうことをしてやりたくなるのだと、何処で聞いたのだったか。…勿論、エイトのことだ、そんなもの、しっかり叩きのめしているのだろう。そういう心配は、それこそ無用のもの、なはずなのに。
 気になってしまうのは、こうして関係がずるずると続いているからか。
「しっく、す、」
息が、苦しそうに吐かれる。
「ぁ、つい、」
「熱いって、何処が?」
「ぉ、く…」
「奥?」
「からだの、そこ…ぁつ、ぃ………ぁっ、く、て…くる、し、………」
「ふーん?」
それは大変だね、と他人事のように呟いたら、助けでも乞うように指が滑っていった。もう摘んでいるだけの力も入れられないらしい。流石にこれ以上はあとで怒られるかな、と思ってじゃあ、と言葉を発する。
「冷ましてあげよっか?」
「………ん、」
 俺の所為だしね、と言ったのが聞こえていたかは分からない。まあ、聞こえていたとしても何を言われることもないだろう。
「一回横になろ?」
「………ぁ、」
くっついていたのに離れたからか、エイトから心細そうな声が落ちる。普段では絶対聞けないな、と思った。でもからかうのも違うと思って、これでいい? と利き手じゃない方の手を伸ばした。そのまま、エイトの指を絡め取るようにして握る。
―――初めて、
こんなことしたな、と思った。
 いや、こんなこと許されたな、が正しいのか。
 キスも、機嫌を取るように触れることも。そういうの良い、という言葉で大体片付けられてしまうから。別に、拒絶されている訳ではないのだろうし、続けたところで跳ね除けられることもないだろうが。これからはやってみても良いのだろうか、そんなことを考えながら、衣服を剥いでいく。途中、やりやすいように片足を肩にかけたけれど何も言われなかった。されるがままなのはいつもどおりだな、と思う。
「確かにめちゃくちゃ熱いね」
「………ひ、ぅ、」
「これは苦しいだろうなあ」
ローションを纏わせた指をゆっくりと埋(うず)めていく。でも、それだけだ。ゆっくり、ゆっくり拡げるようなことはしても、それ以上にはならないように注意を払う。
「………っ、」
かくん、と首が横に向いたのを見て、さっき怒られるかもしれない、なんて思ったのは吹き飛んだ。いや、正確に言えば吹き飛んだのではない。怒られても良い、というのも少し、正しくなかった。
「なん、で、」
「なんで、って?」
あとで怒られるくらいに、焦らしてみたい、と思ってしまったのだ。いつもは絶対に言わないようなことを言わせて、それでちゃんと呆れて、怒ってくれれば良い、と。
「エイトさんは何か、して欲しいことあるの?」
 ゆら、と腰は揺れるけれど僅かだ。自分で快感を得られるほどではない。ねえ、と秘密の話でもするように呼びかける。
「教えて?」
首を傾げてみせたら、やっと、エイトがちゃんと、こちらを見た。表情は少し熱に浮かされているかな、とは思うけれどもそれだけだ。どうしようもなくとろけているだとか、そういうことはない。
 ない、けれども。
 いつもと大差ない表情のまま、いつもは絶対言わないようなことを言われる方が正直、クる。
「………しっく、す、」
触れたところが何処も熱いから、まるで病人に手を出しているような気分にはなったけれど。それでぐらつくような良心があれば、まずもってこんな関係を続けてはいないだろう。呼ばれたから、うん、と頷いて、続きを待つ。
「しっ、くす…」
「聞いてるよ」
だから、ちゃんと言って? と重ねる。は、とまた息が落ちて、でもやっぱり表情はあまり、変わったようには見えなくて。
「………ぃ、れて…」
「何を?」
「…しっくす、の、………」
その先は言葉にはされなかったけれど、まあ、この辺りで満足にしておこう。
「俺ので良いの?」
「………?」
 そう思って、最後の質問、と付け足したのに。
「、ぇ…?」
何を言われてるのか分からない、と言ったような視線に下腹が重たくなったのを感じた。
「あーもう、俺が馬鹿でした」
「ぅ、ん…?」
「俺ので良いんだね」
ぱちり、と目が瞬かれるのが眼鏡越しでも分かった。流石に今日は眼鏡を取っても良かったな、なんて今更すぎる思考だった。
「しっくすの、がいい…」
回路が焼き切れそうになるのをなんとか静めて、そう、とだけ答える。ここまで言われてまだ焦らす訳にも行かないだろう。というか、流石にもう我慢も限界だった。
 さっさとベルトを外して、ひたり、と充てがう。
「ぅ、………ぅ、」
「はは、腰揺れてる? エイトさん、分かる?」
「…はや、く」
「うん」
「ぃ、れて、」
「そんなに欲しい?」
「………ほし、ぃ」
―――おねがい、
 言葉にはならなかったけれど、唇がむずがるように震えたのはちゃんと、見えた。
「しょうがないなあ」
覆い被さるようにして、位置を調節する。
「そんなかわいくおねだりされたら、放っておく訳にはいかないよねー」
軽口でも叩いていないと理性が千切れそうだった。もうここまでやったのだから、千切れていようといまいと関係なかったかもしれないが、やっぱりあとで余裕がなかった、と思われるのも嫌だった。どうせ、エイトはこの記憶をトばしたりしないのだろうし。つぷ、とゆっくり埋(うず)めていくと、待ち侘びた、と言わんばかりに内腿が震えるのが見えた。
「ぁ―――………ん、………」
「………すっげ…」
このまま一番奥まで全部挿れてしまいたかったけれど、なんとか我慢して動きを止める。正直、こんな中途半端な状態でもひどくなかがうねるから、シックスとしては充分気持ちが良かったし。そのまま黙って待っていると、快楽を逃すためだろう、反らされていた首がまた、こちらを向く。
「なん、で…」
「うん? エイトさんの望みどおり挿れたじゃん」
 分かっている。分かっているけれども、分からないふりを続ける。
「それともまだ、して欲しいこと、あるの?」
するり、と繋いだままの指を動かしてやると、それだけでも肩が揺れる。これで身体が跳ねるところまでいっていたら、自分から挿れるのも見れたかもしれないな、なんて思ってしまった。ないものねだり、とは言うけれど、少し冷静になるとやって欲しいことがたくさん出てくる。
「言ってくれたらするよ?」
―――こんな、
 ただの、エイトの微妙な裁量で続いているだけの関係、なのに。
「………ぉ、く」
「うん」
「ぉく、まで、つぃて…」
「うん」
「…も、イ、きたぃ…」
掠れた声も、いつもと同じに聞こえるのに。いつもは絶対言ってくれないような言葉がはらはらと、その唇からこぼれ落ちてくる。夢みたいで、でも現実で。けれど、本物だからと言って本当とも限らない、なんて思ってしまうのは、それだけエイトの底が読めないままだからだろうか。
「奥でイきたいとか」
 そんな思考をすべて追い払うように、続きへと舞い戻る。
「やらしーこと言うじゃん」
「っ、」
「あ、締まった。あれ? エイトさんてこういうのもすき?」
「………ちがっ、」
「ほんと?」
覆い被さっているから、エイトには逃げ場がない。そのまま唇を耳に落として、耳殻をなぞって中に舌を入れながら呟く。
「ほんとは一番奥で射精(だ)されながらイきたいんだったりして…?」
 びくり、と肩が揺れて、それに呼応するようになかが締まる。まったくもって考えていない方向だったけれど、これはこれで儲けものだ。ゴムしなくて良かったな、と思う。いつもは流石に文句を言われるからちゃんとしているけれど、今日くらいは良いだろう。ちゃんと後始末もするし。アフターケアだって放り投げない。シックスだって医者なのだから、それくらいは当然出来る。
 唇が乾いていた。それくらい興奮しているんだろうな、と他人事みたいに思ってから、唇を湿らせる。ぺろり、と舌で舐めたその仕草を、エイトは違うように受け取ったらしかったけれど。訂正する意味もない。望まれたとおりに腰を進めてやる。
「へー、そうだったんだ」
「ぁ…っ、しっくす、だめ、」
「身体はだめって言ってないよ。嘘はよくないんでしょ? エイトさん」
震える指が止めるように、或いは縋るように触れてくる。でも、それだけだ。掴んだり、そういうことはされない。さっきまでは摘むくらいはしていたのに、それだってもう、されない。
 散々焦らしたからか、それとも薬の影響か。奥まですんなり挿った。もう何の所為か分からないな、と思いながら言われたとおりに突いてやる。なかはいつもより熱くて、狭くて、ぎゅうぎゅうと締め付けてきて。時折漏れる掠れた声を聞きながら、あんまり長くは保たないな、と思った。
「エイトさん、」
「ん、………っ、ぅ、」
「そろそろ射精(で)るから」
「ぁ、…それ、は、」
だめ、と言おうとしたのだろう、その腰を捕まえて、ぐりぐりと押し付ける。片手しか使えなかったけれど、特に問題はなかった。
 奥へ、奥へ。これ以上ない、というところまで挿ったのを確認してから、やっと息を吐く。それと同時に精液が吐き出されて、どくどく、と塗りつぶしていく。
「あは、ほんとにイってる」
「………は、…ァ、―――」
「分かる? イきながらでも俺に抜かないでって言ってる」
まるですべて搾り取ろうとするかのようななかで、吐き出して終わり、という訳にはいかなかった。すぐに硬度が戻ってくるのを感じる。若くて良かったなあ、なんて言ったらあとで文句を言われるだろうか。
「嬉しい?」
するすると腹を撫でる。それだって毒なのか、びく、びく、と震えが伝わってきた。可哀想なくらいだったけれど、それで止めてやれるなら最初から何もしていないだろう。
「今、此処、俺でいっぱい」
「………ひ、ぁ、」
「エイトさん、」
 少し腰を動かしただけでも、その薄い腹の下で精液の混ざる音が聞こえてきそうだった。
「キスしても良い?」
答えがあるより先に唇を重ねる。舌を絡めて、唾液を飲ませて。…決して、エイトの方からしてくれない、と言うのは変わらなかったけれど、今はそれも気にならない。
「きもちー………」
「…しっ、くす、」
「エイトさんもきもちい?」
ややあって、首が縦に振られた。ような気がした。流石に疲れたらしい。今日はもう、必要最低限しか喋ってくれないだろう。
「…でも、気持ちいいならいっか」
もうちょっと付き合ってね、という言葉に返事はなかったけれど。
 繋いだ手が、少しだけ握り返されたような気がしたので、そういうことにしておいた。



作業BGM「結い傷な」音街ウナ(一二三)


曇りの日にも花は咲く


 暴れられなかったな、と思った。もっとそれこそ抵抗だとか、能力を使ってでも逃げられるとか。いろいろ考えていたのだけれど。結局そういうこともなくて、シックスの目的は完遂された。まあ、完遂、と言ってもこれでやっとスタートラインに立っただけ、というか。そういう気持ちだったから、そこまですっきりしたものを抱(いだ)いていた訳ではないが。外したゴムに苦戦していたら、手が伸びてきて綺麗に口を縛っていった。流石手慣れてるなあ、と思う。
「上手いね」
「…ドーモ」
どうしようか、と一瞬迷うような素振りは見せたけれど、すぐにくずかごに放り投げられた。もう少し、自分の中で出されたものを持っているのを見ていたかったな、というのは我が侭だろうか。
「…気は済んだ?」
「え? 全然」
 そんなことを考えていたのに、まったくもって斜め上の質問をされたものだから。思わず目を見開いてしまう。
「別に、嫌がらせとかで来た訳じゃないんだけど」
「………もういっそのこと、嫌がらせとか八つ当たりであってくれた方が良かった気がする…」
「何、エイトさんって実はマゾなの」
「誰が」
その方が一回で終わるだろ、と付け足されたけれど、そうは思わなかった。興味も嫌がらせも、それが解消されるかどうかが問題であって、一回で終わるか終わらないかというのは個々人の裁量だろうに。まあ、どっちでもないシックスにとってはどうでも良いことだった。
「そっか」
「…なに」
「マゾじゃないんだな、って思って」
「それ、今更確認すること?」
「だって、マゾだったら痛い方が良いのかなとか、考える訳じゃん。俺の全力の配慮は無駄だったのかな、とか」
「………まず、全力で配慮が出来る人間は、嫌だって言ってる人間に無理強いしないと思う」
「抵抗したら諦めるって言った気がするんだけど」
「お前のその理論が通るなら世の中に犯罪はない」
「まあ、それもそうか」
でも合意なくても最後まで出来るんだね、と呟いたら呆れたように視線を向けられた。俺の言ったことちゃんと聞いてた? とでも言いたげな視線だったけれど、ちゃんと聞いた上での言葉だったから何も言わない。
 その代わりに、首を傾げる。
「誰かに言う?」
「………誰に言うんだよ」
「言わないの?」
「…言って欲しいわけ」
「そういうんじゃないけど」
疲れ切ったようにソファに沈んでそのままのエイトに、少しだけ近付いてみた。何も言われない。
「でも、なんで?」
思い切って距離を詰めたら、暑苦しい、とだけ言われた。でもやっぱり、手で押し返されるとか、そういうことはなかった。よく分からないな、と思う。エイトには、シックスには見えていないものが見えているのだろうか。
「別に、言っても良いのに」
「………」
 なら、教えてくれても良いだろうに。そんなに暑苦しい? と聞いてみたら体温高い、と文句を言われた。そんなこと、ないと思うけれど。
「で?」
「なに」
「なんで言わないの?」
「………大ごとになる、だろ」
「そう?」
「そう」
「んー…エイトさんがそう言うならそうなのかな」
確かめるようにぴたり、とくっついてみたらお前話聞いてた? と今度は口にされた。聞いていた。一つだって聞き逃さないようにしているつもりだけれど、エイトにはそう見えないのだろうか。
 しかし、と思う。ぴたり、とくっついてみた其処はもう、服をちゃんと着られていたけれど。さっきまで触れていた肌の感覚を思い出して唸る。
「エイトさんて、」
「………なに」
「なんか…骨? が細い感じがする」
「…は?」
「別に、腕とか。細い訳じゃねーのに。筋肉ついてるし」
「意味分かんねーこと言ってないで仕事戻れ…」
エイトにだけは言われたくない言葉が聞こえたような気がしたけれど、実際仕事をサボって此処にいるのだから何も言い返せなかった。でもまあ、まだ大丈夫だろう。さっきから端末が点滅しているような気がするけれど、きっと気の所為だし。
 そのまま耳を押し付けてみると、心臓の音がした。そりゃあ、生きているのだから当たり前だろうのに。
「こんな簡単なら、もっと早くすれば良かった」
「………お前さあ、」
「なに?」
「いや…なんでもない…」
「いつから考えてたのかってこと?」
「聞いてないことに答えようとするな」
「えーとね、ちょっと覚えてないくらい」
「………うそだろ…」
その声の掠れ具合が、本当に心底想定外だ、とでも言いたげで、少し、笑ってしまう。
「いつ気付かれるかってひやひやしてたんだけど、エイトさん、結局俺が乗っかるまで気付かなかったね」
「………いや、だって、フツー…」
「でもちょっとは気付いてた? 諦めるの待たれてた感じ?」
「もうちょっとお前黙ってて」
「俺が別に身体目当てって感じじゃなかったからエイトさんのセンサーから外れたのかな。それとも、俺がこどもだから?」
「だからもう黙ってて…」
心臓の速さは変わらなくて、こんな想定外のことを聞いても目に見えて動揺、なんてしてくれないんだな、と思った。ずっと俯瞰で見られていた、というのは思っていたけれど、ここまで反応が薄いと不安になる。
「いつ、」
 何が、なんて。
 きっと答えられなかっただろうに。そんなことを思ってしまう。
「月まで飛ばされちゃうのかって怖かったのに」
「………なにそれ」
「エイトさんが言ったんじゃん」
少しだけ思い出すかのような間があって、あー…? と困ったような声が上がった。思い出したらしい。
「………随分前の話じゃね?」
「うん。だから、それくらいから」
「………嘘だよな?」
「ほんと」
信じてもらえなくても良かった。シックスだって、こんなに長く考えることになるとは思っていなかったのだし。それこそ―――エイトが思っていたみたいに、そのうち飽きるのだと思っていた。でも、この視線はなかなかエイトから外れなくて。だからと言って、何も抱くことはないだろう、と言われてしまえばそうかもしれないが。
「また、きても良い?」
「やだ」
「エイトさん、やだしか言わない」
「だってやだもん…」
 呆れたように少し、引き結ばれた唇がなんだか新鮮で、そのままキスを落としたら、だからそういうの良い、とまた言われた。



作業BGM「ノスタルジックJ-pop」花譜


暗い夜はまだ明けない


 扉を開けたらエイトが驚いたように目を見開いたのが見えた。そういえば来るの久しぶりだったな、と思いながら何も言わずに近付く。ソファに寝転がっていたエイトが身体を起こすよりも先にその上に乗って、クッションに押し付けるようにした。
「う、わ」
流石にそんなことをしたら衝撃があったのか、少しだけ目が細められる。でも閉じられはしないんだよなあ、と改めて思った。エイトはこんなこと―――と言ったらきっと語弊を招くだろうけれど、慣れていて、衝撃を逃す遣り方なんてよく知っていて、だから本当はこんなふうに押し倒されてくれることなんて、なくて。
 ぐ、と顔を近付ける。もう目は細まってなかった。いつものように手で止められることはなかったが、瞬きが気になって止まってしまう。
「え、何」
「何、とか。今更かまととぶらないでよ」
「えっ? いや、だって」
「もう俺許されたことになってるもん」
「適応早くない?」
微妙な時期に問題を起こして。上がどれだけ大変だったのか、なんて聞くまでもない。まあ、別に助けてくれと頼んだ訳ではないから、上の判断は上の判断でシックスには関係ない、と言い切ってしまっても良かったけれど。
―――あの時、
スリーに連れられて戻ってきたシックスを見たエイトは、腹を抱えて笑っていたから。それが、なんとなく安堵を含んでいるように見えた、から。
「ていうか、え? お前、………」
「なに」
こうして、確かめに来た、ような気がする。もう、自分は必要ないだろうな、なんて、そんなことを思われていては困る、から。
「来なくなるとでも思ってた?」
「………」
何も返されなかったが、沈黙は肯定だろう。早めに来て良かった、と思った。まあ、それでも大分時間が空いてしまったから、こんな驚いた顔をしてくれたのだろう、けれど。
「普通に時間取れなかっただけだよ」
「…まあ、忙しそうだったしな」
「寂しかった?」
「全然」
「なんだ」
言ってみたは良いけれど、別に寂しがって欲しかったのとは違う気がする。というか、答えが分かっていることを問うたのだから、落胆も何も、其処にはないはずだった。それは、エイトも同じように受け取った、だろうし。
「ていうか、お前単独行動してていーの」
「スリーにいちゃんは今日本社に用事あるから。まあ用事っていうか、俺がエイトさんのとこに用事あるって駄々こねたからスリーにいちゃんも本社に用事作った、って感じだけど」
「………それ、管理体制としてはどーなの?」
「この部屋まで送り届けてあとはスリーにいちゃんと合流するまでエイトさんと一緒にいればオッケーだって」
「え、それだと俺、あとでスリーくんと顔合わせないといけないってこと?」
「うん」
「嫌なんだけど」
「あれ? そんなにスリーにいちゃんと仲悪かったっけ?」
「別にそうじゃねえよ、分かってて聞いてくんな」
 まあ、確かにセックスなんてものをしたあとでその兄と顔を合わせる、というのは気まずいのかもしれない。シックスにはよく分からなかったが、知識としては叩き出せる。それでもエイトがそんなことを気にするようには思えなかったけれど。だって、多分そんなことを気にする人間はトリプルブッキングで騒動を起こしたりしない。
 と、そんなことを考えていたら何か言いたげに見上げられた。
 じっ、と。そんなふうに見つめられるのは初めてだった気がする。まあ、別にシックスを見つめている訳ではないというのくらい、分かっているけれど。
「気になる?」
「あー…」
それでも手を伸ばされるようなことはないんだな、と思う。触ったからと言って電流が流れる訳でもないのに。
「流石にもうちょっと、気にしてるのかと思ってたから」
「もう慣れた」
「そういう問題か?」
呆れたようにそう呟かれてから、ふっとその顔から呆れの色が消える。
「………いや、」
 すう、と冷静になられるような、気配。そういうことをして欲しいのではないのに、シックスにはそれを言葉にする術もない。いや、言っても良いのだろうけれど、エイトが真面に言葉を返してくれないのが予想出来ていて、言ってみるだけの強かさもなかった。言える時あるのに、と思う。一体、何がラインになっているのか全然分からない。
「違うか」
「何が?」
「お前は、ずっとそうして欲しかったんだよな」
「は?」
「だから…いや、まあ、帰ってきた時みたいに紐つけられてんのはどうかと思うけど」
「あんだけ笑ったあとにそういうこと言われても」
「似合ってたよ」
「嬉しくねー」
ていうか、と呟く。
「んな訳ねーじゃん。こんなの、邪魔だしウザいし面倒。監視って名目出来たからってめちゃくちゃ介入してくるし、エイトさんとこ来る時間も作れねーし」
「それは作らなくてよくない」
「やだ」
「やだって」
人の気も知らないで、と思うが、そもそも口にしていないことを察してくれ、と言うのは怠惰なことだとシックスだって知っている。それに、口にしようとしてもさっきみたいに、言えない時だってあるのだし。
「………あんまりウザいから、嘘、吐こうと思ったのに」
「嘘?」
「ほんとは付き合ってるって」
「言ってないよな? それ」
「言ってないよ」
「よかった…」
 その息が。
 あまりにも安堵したようなものに聞こえた、から。なんだか気に食わないな、と思った。何が、と問われるとうまく説明は出来ないけれど。
「そんなに、言いたくない?」
「普通、言いたくはねーだろ」
「そう?」
別にもう、言っても良いように思えたけれど。シックスにはこんな管理措置だってついてしまったのだし、正直バレるのも時間の問題な気がした。エイトだって、分かっているだろうに。シックスが考えつくことをエイトが考えていないはずがない。
―――名前をつけるだけだ、
そう、思う。
 名前なんて、なんでも良いはずだ。シックスがアレックス・エンジェルスであるように、なんだって生きていけるはずだった。エイトならそれらしい名前をつけることだって出来るだろう、そういうことはシックスより得意だろうから。…これが、合意、でなくとも。良い落とし所を見つけてくれるんだろう、なんて押し付けがましいことを思う。
「話戻すけどさ、」
「なに」
「嘘。吐こうと思ったのに。出来なかった」
「そ」
「エイトさん嫌がるだろうなって思ったら、なんか、違うなって」
「なにそれ」
「そしたら余計抱きたくなったから、なんとかスケジュール組んで今日来たってわけ」
「まずもって俺がこれ嫌がってるって忘れてない?」
「それは都合よく頭から追い出すことにした」
「あ…そういう…自覚はあんのね…」
「あるよ」
シックスが本当はどうしたいのか、どうしてこんなふうに長く続けているのか。その答えを、エイトと一緒にいたら見つけられるような気がしていたのに。
「………あるよ」
 エイトは、まったくもってそれは自分に無関係だ、と言わんばかりの顔をしてみせるから。するり、と手首をなぞる。やっぱり、細いとは思えなかった。指が余るようなこともない、というか、ギリギリ届いているだけ、と言えてしまう。
「エイトさん、やっぱ、これ、嫌?」
「嫌だよ」
「抵抗しないくせに?」
「それとこれとは、別」
首筋にちゅ、ちゅ、とキスを落としていくと嫌そうに眉間に皺が寄った。なんだかそれを見るのだってひどく久しぶりな気がする。それが楽しくて続けていると、痕はつけるなよ、と言われた。
「抵抗、」
そう言われるとつけたくなることを分かっているくせに、と思う。…流石に、つけるようなことはしないけれど。だって、このあとスリーと顔を合わせなければならないだろうし、そうなったら目敏いスリーがそういうものを見つけない訳がないのだし。
「してもいーよ」
 さっき、バレるのも時間の問題、と思ったくせに。
 バレるまでの時間を出来るだけ引き伸ばせたら良いのに、なんてことを思う。掌返しも良いところだ。
「俺、今更そんなことで傷付かないし」
「…いや、お前が傷付くとかそんなこと思ってる訳じゃねーよ」
「そう」
首筋から顎に上がって、そのまま唇を重ね合わせる。
「チャンスだったのにね」
「なにが」
「俺のこと殺せる」
変わらず、エイトの方からは何をしてもらえることもない。勝手にシックスが舌を入れて、口腔内を荒らすだけ。
「スリーにいちゃんが馬鹿なことしなきゃ、全部、終わってたのにね」
「…何馬鹿なこと言ってんだよ」
「本当に馬鹿なのって誰なんだろうね」
「お前だよお前」
「ね、エイトさん」
 自分から言い出したのに、すべて無視するように違う話題へと移っていく。すり、と寄せた頬が熱い。エイトの体温は変わっていないだろうに。
「今日は生でしていい?」
「やだよ」
「ナカで射精(だ)したい」
「やだよ…」
「それで、俺のナカに入れたままスリーにいちゃんと会ってよ」
「なんでお前そんな最悪なこと思いつくの?」
「え? 最高なことの間違いでしょ?」
「同じ言語で喋って」
絶対嫌だ、と首は振られるけれど、これだっていつものように本気で拒絶されるようなことはないのだろう、と思ったら、妙に苛立ったような心地になった。



作業BGM「忘れたいことばっかだ」flower(Guiano)