好きじゃないから愛してあげる
別に、触れ合うことに特別な意味を感じていた訳ではないけれど。それでもこの人はそれを許してくれて、だからきっと、願ったらこれくらいのことは叶えてくれると思っていたのに。
「だあめ」
「なんで」
やんわりと手のひらで押し戻される。これも何度目だろうな、と思った。
特別にして欲しい訳じゃない。だから、そう難しいことではないと思っていたのに。もう、半年にもなるだろうか。抱いてみて欲しいと、そう言ってみせて延々と断られているのは。こどもにしてみせるように、ほらちゃんと座りな、と言ってくるその表情に焦りは微塵も見られなかった。
「エイトさん」
能力を使われたらこの距離だって、しっかりと取られることを分かっている。そんなに貞操観念がしっかりしている訳でもないことだって、分かっている。なのに、どうしてシックスではだめなのだろう、唇を尖らせるのにそう理由は要らなかった。
「やだ」
「やだってそれ、俺の台詞なんだけど」
「そう?」
「そーだよ」
「そうかなあ」
こうやって寄りかかることは拒絶されないのに。シックスがまだ力に訴えていない、というのもあっただろうけれど。
「エイトさん、俺、こどもでしょ」
「こどもだって言うなら余計だめでしょ」
「マフィアがそれ言う?」
「マフィアにだって倫理観は一応ありますう〜。普段使わないだけです〜」
「なんでそれを今使ってくれてんの」
「お前が自分で言ったんだろ。こどもだからだろ」
「よく分かんない」
こども。
そういう括りにされるのは、嫌ではなかったけれど。断られる理由になるのには納得出来なかった。…まあ、今までに大人に食い物にされるこども、というのを多く見てきたから、だろうというのは分かっていたけれど。こうして縋っているのはシックスの方であるのだから、そのカテゴリには分類されないのではないのだろうか。そう、思うけれど。エイトの中では同じことなんだろうな、というのは分かる。…分かるだけで、納得はしてやれなかったけれど。
そうやって、考えて。
はた、と閃いた。
「エイトさん、」
「なに」
「俺、思いついちゃったんだけど」
「どうせろくでもないことだろ」
「俺がエイトさん抱けば良いじゃん」
「………は?」
寄りかかっていた腕を掴む。そう強くならないように気をつける、なんて初めてだな、と思った。
「今までエイトさんは抱く方なんだろうなって思ってたけど、別にそんな決まりないし、考えてみたらちょっと抱いてみたいなっても思ったから。一応聞くけど抱かれたことある?」
「ねーよ………」
「じゃあ決定ね」
「いや今のどこから決定なんて言葉が、」
唇が重なることが、こんなに簡単なことだとは思っていなかった。慌てたようにこちらへ伸びてきた指は絡め取って、そのままソファに押し倒す。衝撃があったのだろう、少し空いた隙間から舌を挿し込んで口腔内を味わうようにしていく。もっと大人の味がするかと思っていたけれど、予想に反してミントみたいな香りがするだけだった。そういえば煙草だって吸っていないし、そういうものなのかもしれない。息継ぎの合間に名前を呼ばれるようなこともないのは、それだけエイトがシックスの発言に驚いているからなのだろう。いつもならこんなヘマしてくれないのにな、と思いながらキスを続ける。貪るつもりで合わせたのに、どうにもその仕草がやわらかいものになっていって、自分でも驚いた。応えてはくれない舌を吸って舐って、唾液を飲み込む。
そうして、やっと唇を離したのはどれくらい経ってからのことだっただろう。双方、息の上がるようなことにはなっていない。が、結構な時間そうしていた気がした。それでも信じられない、と言ったようにエイトの目は見開かれたままだった。
「ねえ、エイトさん」
酩酊、という感覚をシックスはまだ知らなかったけれど、きっとこういう感じなのだろうな、と思う。
「避けなかったから合意ってことで良いよね?」
「いやいやいや」
「抵抗して来ないし合意だよね、まさしく合意だ」
「だから違えって…!!」
するする、と腕を掴んでいた指を滑らせて手首まで持っていく。でもそう力を入れないで、今までどおり縋るように。いつでも振り払える程度。そもそも、本気で抗われたら一つだって敵わないと分かっている。
「シックス、」
唇を首筋に落として、空いている方の手でシャツを開いていくと、留めるように首が振られた。それでも、退かされはしない。
「やめ、ろ…って」
「………エイトさんてさあ、」
その仕草には未だ余裕のようなものが見てとれた気がして、首を傾げる。
「こういうことになったこと、ある?」
「な、にが」
「強姦されそうになったこと」
「………ねーよ」
「今の間はあるんだ」
「うるせえな、ないって言ったらない」
「じゃあそういうことにしとくけどさ」
スートコードの位置が似てるんだよな、というのは今更思ったことだった。暗くすれば良かった、なんて思うのはきっと、カードなんてものになることがなければ出会うこともなかった相手であるからだ。
「出来れば俺、強姦じゃなくしたいんだけど」
「俺も強姦されたくはねえよ…」
「だから合意してよ」
「やだ」
「なんで?」
「だから、なんでも何も…」
こどもだろ、と言われるのは分かっていたから唇で塞いだ。こんな真似だって出来てしまうのに、こどもだのなんだの言っている場合なのだろうか。
「束縛しないよ? これからも女の子と遊んでてくれて良いし、でも時々こうやって欲しい。だけど、セックスだけなのは嫌。こういう時、どうしたらいいと思う?」
「俺が知るかよ…!」
「知ってるでしょ。セフレが近いかなって思うけど、セフレはセックスだけで良いって言うよね」
「お前の口からセフレとか聞きたくなかったし俺にはセフレなんていないけど!? みんな本気だし!!」
「はは、めちゃくちゃ狡い理論〜」
「お前の価値観はどうでも良いからやめろって、」
「エイトさん」
言葉は無視してそのまま首筋に額を埋(うず)める。
「俺のこと甘やかしてよ」
「………セックス以外じゃだめなわけ?」
「セックスでも甘やかして欲しい」
「な、にそれ…」
「だってずっと思ってたし。まあ、抱けば良いんだって思ったのは今日だけど」
「嘘だろ」
意固地になってるだけだと思ってたのに、と呟かれた。そういうところが詰めが甘いと言われている部分なのだろうなあ、と思うが、今は都合が良いだけなので言葉にはしない。
「ね、」
すり、と寄れば、髪がくすぐったかったのか喉が震えるのが感じられた。
「俺のことかわいいって思ってるでしょ?」
「思ってねえよ!?」
「思ってるって」
「いや、百歩譲ってもかわいいは無理があるだろ」
「そんなこと言わずにさあ」
傷付く、ともう一度キスをする。首が曖昧に振られたくらいでやっぱり、抵抗らしい抵抗はされない。
「シックス、」
じっ、と。
見上げてくる瞳からはいつものような余裕が消えていた。やっとだ、と思うと同時に。
「ほんとに、やめろって」
「………エイトさん」
「…なに」
「逆効果」
「うっそだろお前嘘、待って、」
「待たない」
無理、と押し付けた身体に、エイトが固まったのが分かった。
「エイトさんの所為」
「うそうそうそ」
「だから責任取って」
「待って、百歩譲って、」
「手とか口じゃあ満足出来ないと思う。あと、エイトさんそういうのしたことないでしょ」
「いやそれ言ったらお前だってまず経験あんのかよ!?」
「どっちが良い?」
「えっ…マジで頼むから。俺がスリーくんに殺される」
「はい、減点。こういう時他人の名前出すのってマナー違反でしょ」
「やめて、マジでやめて押し付けないで、うそ、うそでしょ」
「残念ながらマジ」
無理に勃たせることなんて器用なこと、流石に出来ないよ、と言ったらぐ、と詰まられた。
その間に、ねえ、とまた声を落とす。
「俺のこと、好きって言ってよ」
耳を食むようにしてみせたら、何処で覚えたんだよそんなの、と弱々しく毒づかれた。何処、と言っても何処でもないところ、としか言えないのだけれど。
「俺のこと退かさないなら、好きって言って」
―――一瞬、
迷ったように視線が揺れて。
それからエイトが静かに口にする。
「………言わない」
「だよね」
そう返されるだろうことは分かっていた。だから悲しんだりはしない。
「じゃあ言いたくなってくれるように頑張るね」
その言葉に、返事はなかった。
ずくずく、と粘膜の擦れ合う音がする。せめて後ろからにした方が傷が浅い、だのなんだのと言っていたエイトに、顔見てたいな、と言って正常位をゴリ押しして良かったな、と思う。最初はただ只管息を吐くだけだったエイトも、徐々に適応してきたのか、時折息に艶のようなものが乗る。もとからそういうものを操る人だとは思っていたけれど、恐らく操ってはいないものが今、シックスの手によって引き出されているのだと思うと、優越感にも似た興奮が下腹を駆け巡る。
「エイトさん、俺のこと好きになってきた?」
「だ、れ…が、」
ジェルを使っているとはいえ、ここまでスムーズにいくとは思ってなかった。萎えられるかとも思っていたけれど、それも心配ないようだったし。意外とキスだとか、そういった触れ合いを好んでいるのか、何をしても無駄だのなんだの言われることもなかった。
「結構、身体の相性良い? それともエイトさんが頑張ってくれてるから?」
「も、黙っててよ童貞…」
「あ、そっちでいくことにしたんだ。でも、そうだったとしてももう童貞じゃないよ。その場合はエイトさんで卒業、ってことになるね」
「最低じゃねえか…」
ねえ、とキスを落とす。未だ応えられることはないけれど、もう随分口腔内の味わい方も分かった気がした。
「エイトさん、好きって言って」
形の良い耳に痕を残すように噛み付けば、防御反応だろう、身体の奥がぎゅう、と縮こまって。それに耐えきれず吐精する。スキンをつけたのはこれ以上文句を言われたくなかったのもあるけれど、勿体なかったかな、と思った。余韻の中でぐ、と親指で擦り上げれば、エイトもまた達したようだった。結構焦らした形になったような気がするけれど、まあ、そこは経験値ということで勘弁して欲しい。
「シックス、」
は、という息がいとおしいように思えてまた、キスをする。唾液が混じって、どちらのものか分からなくなって。離れる唇が、糸になった唾液で結ばれる。
「それは、絶対に、言わない」
この、応えも。
分かっていた。
「けち」
「誰がけちだ、今すぐ抜け」
「やだ。あと三回くらい出来そう」
「………冗談だよな?」
「これは大マジ」
「今すぐ冗談にして」
「ちょっと無理」
流石にまあ、スキンを変えなくてはいけないから抜くには抜くけれど。そういう問題でないのはエイトも分かっているだろう。もう休めたよね、とキスを落としたら、馬鹿だろお前、と呆れたような声で吐き出された。
それでも、決定的に拒むような仕草をしないのだから、もうこの所為にしてしまいたいな、とだけ思った。
チクタク、秒針は止まった
なんでこんなことになったかなあ、とそんなことをいつ考えても、結局はこの人が自分にひどく甘いから、という結論になってしまう。確かに行動を起こしたのは自分で、我が儘を言うように縋って、こどもみたいに喚いて―――その中にその人の意思があったかというと、まああっただろうけれど、当然それは断るという方向のもので。でも力では敵わないのだし、言いくるめられてくれるような人でもないのだから、原因なんてものを探すとすればそれは絆された、とかそういうものになるのだと思う。
は、と苦しそうに息をする姿なんて、そう見れないことくらい分かっている。だから静かに馴染むのを待っているのだ。シックスにだって待てくらいは出来るのだと、そう証明するために。
「エイトさん」
「………なに」
「キスして」
「………うん」
うん、ってなんだろう、と思ったけれども了承の言葉には違いない。出来るだけ腰だの何だのを動かないように気を付けながら唇を合わせる。
「…ん、」
ちゅく、とかわいらしい音のなるようなそれが、ひどく官能的なものであることに認識がちぐはぐになる心地だった。最初の頃は応えてなんてくれなかったのに、一度仕事で大当てしたことのご褒美としてねだったら、諦めたのか応えてくれるようになった。
舌の使い方も、息継ぎも。唾液の位置さえ計算しているかのようなもの。これを愛の言葉と一緒に注ぎ込まれたら、そりゃあベッドの上で骨抜きにされても仕方ないだろうな、と多くの女の子のことを思った。羨ましい、とは死んでも思えなかったけれど。
唾液を交換するようなものが一旦終わりを告げて、つう、と糸が引く。それがぷつり、と切れたのが合図だったように、気まずそうに視線が彷徨かされた。
「………えーと…アレックスくん?」
「なーに、アルおにいさん」
「うっわ、やめてそれ」
ダチョウになる! と言われたけれど先に名前で呼んできたのはエイトなのに。
「で、なあに」
「分かってるくせに聞くなよ…」
「おっきくしてごめんね?」
「思ってもないことで謝るな…」
くるしい、と吐かれた息は純粋に文句の色をしていて、なんだか面白くなってしまう。
「だってさあ、エイトさんのキスきもちいから」
もっかいして、と答えがあるより先に唇を合わせると、もうそういうもののように応えられる。それもまた欲をずくずくと加速させていくものだと、エイトだって分かっているだろうに。ねえ、と声を落とす。唾液に混じった声が、相手の喉に直接押し込まれていく。
「これって自業自得じゃない?」
「………ンな訳あるか」
「えー。自業自得だと思うけどなー」
キスで息が上がるようなことはない。落ち着いてきたそれを聞きながらする、と腰骨をなぞる。
「そろそろ動いて良い?」
「………せめてゆっくり」
「それくらいの配慮は出来るよ」
信用ないなあ、と言いながら、これだけ甘くてもきっと、一生信用してくれることなんてないのだろう、と思ったらひどく安心してしまってどうしようもなかった。
ほんとのほんと
ぜんぶはいった、という言葉が自分で思っていたよりもずっと興奮に満ちていて、だから聞いている方はもっとそうやって感じるんだろうな、と思った。苦しそうに、は、は、と喉を震わせるだけのそれを返答と取って良いのかはよく分からなかった。とりあえず今動くのは良くないだろう。そう思ったら手持ち無沙汰になってしまったので髪を梳いてみたら、そういうの良いよ、と苦々しく吐き出された。さっきまで何も言いたくない、とばかりの顔をしていたくせに。今だって、そう喋りたくもない、と言った音だったのに。なんだか面白くなってそのまま続ける。嫌そうな顔をしているのに、振り払うつもりはないようだった。それだけの余裕がない、というのもあっただろうが。
汗が滲んで、喉が上下するのが見える。それでも退かない自分が、何を言えた義理もなかっただろうけれど。指先が髪に絡まったのを解いてやりながら首を傾げた。エイトさん、と呼ぶとなに、とやっぱり、苦しそうな声が返ってくる。
「なんで俺のこと退けなかったの?」
「………途中で諦めると思ってたんだよ…!」
「ええ、それはないでしょ」
「あると、思ってたんだよ………」
何なんだよもう、と目が伏せられて、それがなんとなく美しい仕草に見えて。瞼にキスを落とす。そういうのも良い、と手を添えられるけれど、そこから押されることはなかった。ああ、これだから、と思う。
「エイトさん、そういうとこほんと、詰め甘いよね」
「…何が」
「自分の信頼…ううん、信用かな? してる相手が、判断を間違うことはない、みたいなの。あるでしょ?」
「お前のこと、信頼も信用もしてねえよ…」
「そうやって言うところも含めて」
ね、と話を戻す。どうであれ、今、セックスなんてものをしている事実には変わりがないのだし。
「きもちい?」
「くるしい」
「うーん、まあ、俺も上手な方だとは思ってないから仕方ないか」
「も、抜けって、」
「それはやだ」
せっかく頑張って挿れたのにと言ってもエイトにとったらどうでも良い話だろう。シックスがどんなに必死であろうと、この行為に同意はなかったのだし。まあ、同意がなかったとは言っても、エイトからの力づくの抵抗があったか、と問われると答えはいいえ、になるのだったけれど。
本当は、いつだってその気になればシックスの無理強いなんてどうにでもなったはずなのに、きっと自分で気付くだろう、なんて。何に気付けと言うのだろう。其処に恋だとか愛だとか、そういうものがないかことに、だろうか。そんなことは最初から分かっているのに?
「動いても良い?」
「やだって言ったらやめてくれんの」
「やめないけど、痛いとかならもうちょっと待つ」
「………痛くはない」
「エイトさん、ほんとそういうところだと思うよ」
なんで正直に言うんだろうねえ、と言いながらゆるゆると動き始める。ぎゅう、と噛み締められる唇は痛みをこらえてのものではないようだった。大丈夫かな、と思ってそのまま続ける。眉間に力が込められてしわが寄るのはもうちょっとちゃんと見たかったな、なんて思った。いろいろ考えていたら眼鏡を外さないままここまで来ていたし、今更外すのもシックスが相手であることを無視されそうで嫌だった。確かに此処に愛や恋なんてものはないけれど、抱きたかったからこそここまで来ているのだし。まあ、その辺りは目でも瞑られたら終わりだろうが、多分、そういうことはされないだろう。
「………ふ、…っぅ、」
「ちょっとはきもちよくなってきた?」
「………なってない」
「ふうん?」
じゃあ、と思って合間合間にキスを繰り返してると、だからそういうの良いから、と再び言われる。でもやっぱり、押し返されるようなことはない。もうそういう気力もないのかもしれなかったけれど。俺がしたいの、と言って続ければ、それ以上は言われなかった。ゆるゆる、と動ける範囲が少しずつ広がっていく。時折びくっ、と身体が震えるのを数えながら、大丈夫、とでも言うようにキスを繰り返す。女の子相手でもこんなに丁寧にやったことはないな、と思った。それが単純に男相手だからなのか、エイトだからなのかは分からない。
くん、と。
喉が反らされる。
「―――っあ、シックス、」
戦慄くような声がして、指が空を掻いた。
「それやめ、ろ…って、」
「なんで? きもちいでしょ?」
「…ッ、や、だ………から、」
「そんな余裕のない言い方するエイトさん珍しい」
「っ、は、―――ぁ、」
「エイトさんてあんま声出ない方? 抑えてる感じもないけど」
「だか、っ、ら、…しる、か…ってんだ、よ………!」
「でも掠れてるのもなんてーか、悪くないね」
どうにか快感から逃げようとしているのか、反らされた喉がぐい、と戻されて。横に丸まるような形になる。こんな弱々しい仕草をされると、もっとやってみたくなってしまうのに。分からないはずがない、だって、エイトなのだから。それでもやるのは、それだけ今、追い詰められているからなのだろうか。それなら良いな、と思う。いつも誰にも縛られないような顔をしたエイトを、そんなふうに出来ているのであれば、それは優越を得るのに充分だ。
「エイトさんてさあ、」
意外と薄い腹に掌を充てがってやると、うっすらと目に涙の膜が張るのが見えた。
「わりとこういうの、下手?」
「ぁ、………ッ、それ、やだ、」
「でもきもちよさそうだけど」
「ち、が………」
「ねえ、」
そのままぐ、と力を込めるとまた指が無駄に空を掻く。一応爪があるのだから、引っ掻いてくれたって良いのに。エイトはそれをしない。そんなことをしたら証拠が残る、と思っているからかもしれなかった。証拠くらい、好きに残せば良いだろうに。残って困るのはシックスの方だろうし。エイトは別に困らないはずなのに。
しない、から。
「も、そろそろ我慢出来ない」
何が、とでも言いたげに視線が寄越される。涙がまだこぼれずにいるのがすごいな、と思った。泣き方を忘れている訳でもあるまいに、我慢でもしているのだろうか。
「ね、エイトさん。処理全部やるから、このままなかに出して良い?」
流石にそれを言ったら目が見開かれた。それでも涙が落ちないでいるのだから。目元に触れてみたくなって、それは少しもったいないと思い直してやめた。
「まっ―――おま、それは…っ」
「俺医者だし。ね? 大丈夫だから」
「そういう、問題じゃ―――」
逃げようとした腰を捕まえる。捕まえてから初めて逃げられるような仕草をされたな、と思い出した。でも口にするのも何か違うような気がして別の言葉を探す。
「大丈夫、癖になっちゃっても責任取るから」
「だから、」
「あ、もうちょっと奥挿るかな」
「ァ―――、っ、ぁ、…ッ、ぅ、ぐ………」
「苦しい? ローションちょっと足りてないのかな」
「ぬ、け、…っ、てば、」
「精液ってやっぱ代わりにならないよね」
「なら、ねー…だろ、」
頼むから、と掠れた声に、なんとなくごめんね、と言いたくなって、でも言う資格なんてないと思って。
は、と息を吐きながら、やだ、と尚も言う口を塞ぐようにキスをする。舌と舌が絡まって、唾液がこぼれて。
「んっ、」
「ぁ、………あ―――、」
「は、………きもちい………」
吐き出したものを奥へ奥へと塗り込めるように動くと、やっとその目からぽろ、と涙がこぼれた。それをもっと見てみたくて、エイトのものに指を絡ませる。
「流石になかだけじゃイけないんだ」
「………っ、は、…も、やめろ、って」
「俺だけきもちよくなるのってなんか、フェアじゃないじゃん」
「そーゆーの、マジで、いい、から…っ」
腹の中で精液を泡立てているような心地だった。ぐずぐずと奥から出てこないように突くのと、指で昂めていくのを同時にやってやれば、感覚が狂うらしい、ぽろ、ぽろ、と涙がまた、こぼれていく。
「………は―――ァ、………〜〜〜ッ、」
びく、と身体がうまく跳ねられもせずに、シックスの腕の中でもがいた。手のひらには望み通り精液が吐き出されたけれど、どうにも勢いがない。とろ、とろ、と押し出される様子であるのはいつもと感覚が違うからだろうか。そんなことを考えながら空いている手で涙を拭う。
「エイトさんが泣くとこ、初めて見た」
何を言い出すんだ、とばかりの視線がそれでも投げられた。威力がないのは、涙に濡れているからではないだろう。
「誰か他に見たことある?」
「………うるせえよ」
「ジャックさんくらいかな。セブンさんもワンチャン? でもスリーにいちゃんは見たことないよね」
「ご想像にお任せするからもう抜けって」
「やだ」
もうちょっと、と言いながらなかをぐり、と抉る。それから逃げるようにひ、と喉が鳴るのをもう少し聞いていたかった。でも流石にこれを繰り返せば怒られるだろう。
「エイトさんがさあ、今後誰を抱こうと誰に抱かれようと俺には関係ないことかもしんないけどさあ、」
だから、少しだけ腰を引いてやって、喉が絞め上げられないように調節する。
「スリーにいちゃんとだけは、何もしないでね」
「………したくねーよ」
喉を整えるように小さな咳がされて、それから続きが綴られる。
「ていうか、お前がバレなきゃ良い話だろ。…こんな、こと、に…なったって」
「なった、とか言わなくて良いのに。普通に俺にレイプされたんだからさあ」
「俺が今曖昧にしたところなんで明言したの?」
伸ばした指で髪を掬っても、今度は何も言われなかった。もう終わりだと思っているからかもしれない。
「だって、」
髪が。
指の間からこぼれていって。
「分かってるし」
そう呟いたら、エイトは少し驚いたような顔をした。
「だからエイトさんは俺のこと殴っても良いのに、一回くらい殺しても良いのに、しないから」
「これからするつもりかもしれないだろ」
「それ言う時しないじゃん」
「…されたいわけ」
「ほら、そうやっていう」
キスを落として。抱き締めて。もう良いだろ、と言われる。だから首を振って意思表示をする。
「またしたい」
「もうやだ」
「絶対する」
その甘さが何を招いたのか、いつかエイトが解えをくれれば良い、なんて。そんなことを思いながら。
「ご褒美にしてくれても良いよ?」
「絶対やだ…」
「ところでとりあえず今日はもう一回くらいは相手してよね」
「………嘘だよな?」
「まあ一回でおさまるかは分かんないんだけど」
「嘘だよな!?」
嘘じゃないよ、という言葉は。
キスで押し殺してしまったから、多分、伝わらなかった。伝わらなくて良かった。