かくして罪は裁かれた
後悔しているんだ、と未だに彼は呟くことがある。酒を入れている時だとか、そういうふとした瞬間に、思い出すように手を伸ばして、抱き締めて、生きていることを確かめる。気にすることはないだろうに、と思ってもこれは彼の問題で、僕はカウンセリングなどは専門外だったし。それに、どう言ったら良いのだろう、というのは思うのだし。…まあ、あまりにも目に余るようになったらそういうことをしよう、とは思うけれど。彼は彼でちゃんと、自重を知っているようなので今は何を言うことをしなかった。
「…せんせい、」
ふにゃり、とふやけたような口が、僕を呼ぶ。
「前から思っていたんだけれど、」
「うん?」
「ずっとそう呼ぶつもりかい?」
別にそれでも良かったし、以前にもこういう問答をした気がしたけれど。
「せんせいは、嫌、か?」
「そうじゃないけどね。外ではそうやって呼び続けることは出来ないだろう?」
「それも、そうか…」
腕の中で抱え直されて、唇が耳に寄せられる。
―――アスプロス。
前からずっと変わらない、前では呼ばれなかった名前が愛おしそうに呼ばれる。
「………、」
「せんせ?」
「…これ、思った以上に照れるね」
「なんだ」
また、ふにゃり、と笑われる。
「練習が必要なのは先生の方だったか」
「うん、そうみたいだ」
「…時々は、呼ぼうと思う」
「僕も、慣れていこうと努力はするよ」
先生は、とすり、と擦り付けられた頭を押し戻すことはしない。
「後悔、していないのか?」
顔を見なくても分かる、彼が泣きそうな顔をしてみせていることくらい。
「してないよ」
「…そこは、して欲しかった」
「うん。でも、それは変わらない」
「………そうか」
もし、僕が前で、彼を置いていったことが罪になるのなら。
―――君に見つかった時点で全部終わってしまった話なんだよ、なんて。
言えたことではないのだ。
*
白紙に恋 @fwrBOT
慣れてしまった独り
生まれ変わりのことをどうこう言うことはしないけれど、何というか、名前も関係も何もかもリセットされたような世界で、人格も記憶もすべて地続きなのはどうなのだろう、と思った。この世界に生まれるはずだった僕≠ヘどうなるべきだったのか、記憶なんてものを持っていなかったらもっと、言い方は悪いが普通、の道を選べたのではないだろうか。そう、思うことがない訳ではないけれど。
『先生』
端末の向こうから声がする。拗ねたような声。
「ランバネインくん、そんな声を出さないでおくれよ。僕だって君に会えないのは寂しいんだから」
『う、それは…分かっているが…』
「この山が終わったらたくさん会おうよ。僕はそれを結構楽しみにしているんだよ?」
『………先生に、』
ため息に、ならなかったのはくすぐったい気持ちをきっと、彼も持っていてくれているからだ。
『そう言われてしまうと、俺は頷くしかなくなるじゃあないか』
「頷かせるために言っているからね」
『先生、それは…狡い』
「ランバネインくん、頷いてくれる?」
『…頷くさ』
それから幾らか会話をして、通話を切って。
―――ひとりだ、
そう思う。
別にひとりはつらくなかった。前でも、今でも。前なんてもっとひどかった、と言えるのだろう、というのは分かっている。兄はとても優秀だったし、僕はひとりで何でも出来るだけの脳があった。それを活かそう、と両親が僕を研究所に売っても、別に気にならなかった程度には。
―――でも、
端末を抱き締める。今は、そうでもない。ひとりでも平気だけれど、ひとりではないと分かっているから。
「君の所為だよ、って言ったら、君は驚いてくれるのかなあ」
そんなことを言えるのは、きっと僕が人間らしくなったからなのだろう。
*
@sousaku_odaibot