こどもの王国
部下だろう男にスリーのところに放られるようされた未だ、青年とも少年とも言いにくい男を見遣る。まあ、それはスリーとて同じだっただろうけれど。
「随分つらそうですが」
「ええ、そう見える? じゃあ結構ヤバいのかな」
「何があったんですか」
診察しますよ、と椅子に座らせようかと思ってから、この調子じゃあ座るのだって上手くいかないのだろうな、とソファに投げてやることにした。ベッドまで運んでやるのは少し、荷が重い。ソファであれば寄りかからせることも出来るし、治療後にそのまま眠ってしまってもどうにかなるだろう。
瞳孔が開いている様子はなかった。呼吸は乱れていないが脈は早い、これは恐らく抑えているのだろう。紅潮は見られないけれど、首筋はひどく熱い。こういった症状に、当然スリーは心当たりがあった。
「―――エイトさん、」
なので、とりあえず問うてみることにする。
「何打たれたんですか」
「えー…何だろう、ドラッグかなって思ったんだけど」
「…その答えは分かってますね」
「………さあ、どうだろう」
ゆるり、と常と変わらない笑みが浮かべられて、舌打ちをしなかっただけ扱いを覚えてきた、と言うべきだったのだろう。そういう思考が浮かんだとて、別に納得してやる義理はないのだけれど。
「俺は、ほら、医者じゃあ、ないし」
ね? と言われるけれども、何も、ね? ではない。それをエイトだって分かっているだろうに。
「ミッション内容」
とりあえず水飲んでください、と冷蔵庫を開ける。ペットボトルに詰められたそれを、グラスに注いで押し付けると存外素直に受け取られた。喉も乾いていたのだろう。こうして放り込まれているのにそれを言わない辺り、また適当なことを言って誤魔化すつもりだったのだな、と分かってしまってため息すら出ない。
この程度。
スリーが分からないと思っている訳ではないだろうに、誤魔化そうとしたら乗るとでも思われているのだろうか。
「聞かせてもらえますよね?」
「一応そういうのって機密なんだと思うんだけど」
「じゃあ今からジャックさんに連絡しても?」
「わーッ、それはだめ!」
思わず取り落しそうになったグラスが、慌てて掴み直された。中身が既に飲み干されていて良かったな、と思った。飲み終わったなら預かりますよ、と落とされる前に回収する。
「言ってないんですね」
「な、にが?」
「今回のこと、ジャックさんの許可取ってないんでしょう」
「………別に、毎回ジャックの手を煩わせる訳にはいかないだろ。信用のおける部下の同意は取ってる」
グラスは脇の机に置いて、じっと、その顔を覗き込む。
「人にあれだけ言っておいて?」
ぐ、と息が飲まれるのが聞こえた。でもすぐに、あれ、ととぼけたような声を上げられる。
「スリーくん、何、もしかして怒ってる?」
「そりゃあ、怒りますよ…」
ソファに投げて正解だった、と思った。そのまま片膝で乗り上げて、肩を押す。いつもだったら倒されることなんてないだろうに、その身体は簡単に倒れた。え、という顔に少しの優越と、こんなことも予想出来なかったのか、という苛立ちが綯い交ぜになる。
「ま、って」
「待ちません」
手が制するように伸びてきたけれど、それを掴むようなことはしなかった。それでは意味がない。顔の横に手をつけば覆いかぶさるような体勢になるのは簡単だった。
「待つ必要、ないですし」
「いや、あるよね!?」
「エイトさん、運命の慈悲に身を任せるって言葉を知っていますか?」
「…俺、運命とかあんまり好きじゃないからご遠慮したいんだけど」
別に、今だって。
スリーを突き飛ばそうと思えば出来るだろう。なのにそれをしないのはどうしてだろう。エイトであれば此処で突き飛ばしてみたところで、後々困らないように立ち回ることくらい、出来るだろうに。
「それともエイトさんには何か、困る理由でも?」
「困る、って言うか…」
そういう問題じゃなくない、というのが口の中で消えていくのを聞いている。視線を何処へやったら良いのか分からないのだろう、いつもでは見られないような狼狽えように、少しだけ喉のつかえが取れた気がした。本当に、少しだけ、だったが。
「………だって、こんなの―――違う、だろ」
「何が違いますか」
やっとのことで吐き出された言葉には間髪入れずに返すことが出来た。ここで隙を作ってやるほどお人好しではない。
「違うと言ったら相手が違うというだけのことでしょう」
「いや、俺だってちゃんと逃げるつもりだったし、今回は裏で手、回してくれるやつもいたし、だから………」
「絶対がないと言ったのは貴方ですよ」
「………言った、けど」
とぼけるのは無駄だと悟ったらしい。それでも唇を噛むような真似をしないのは、それだけ交渉事をこなしているからだろうか。
スリーが今までやってきたことを、エイトは凄まじい勢いで吸収していく。それを厭わしくは思わなかった、これから下が入ってくることを考えれば、今くらいしかないのだ、エイトが今後下への教育を一任されるだろうことは殆ど決定事項なのだし、覚えられることは覚えて、生かして欲しいと思う。
―――それには、
自分だけが犠牲になれば、という考えは要らないはずだった。当然、マフィアとして自分の生命を天秤に乗せること、その効果を分かっていなければいけないというのはそうだ。スリーだってそういう場面が来たら迷いなく賭けてやるだろう。でも、それは今じゃない。細かな積み重ねを、させてやるつもりはない。
「スリーくん、」
掠れた声で喉が震えた。制するような手はスリーの胸辺りに添えられたまま、大して力は入っていない。入らないのかもしれなかったが、それはどうせ関係なかった。
「やめてよ」
「…今ので、」
目頭に力がこもったのが分かった。
「絶対にやめないことにしました」
「な、んで」
その質問には答えず、頭を下げる。そのまま口でボタンを外していくと、なんでそういうとこだけ器用なの、と呆れた声がした。
「別に能力使って逃げてくれても良いんですよ? まだ貴方、使えるでしょう」
よく見えるようになったスートコードに接吻ける。どういう趣味してんの、と重ねられるけれど、もうそういった言葉は意味を持たない。
「逃げないなら、同意ってことにします」
「………それはさあ、流石に…」
「宣言するだけマシでしょう」
「いやそういう、問題でも…」
「まだ何か言うなら口塞ぎますが」
「………それは勘弁して」
「逃げないつもりなら、口先の抵抗は諦めてください」
「………」
暫く思考しているような間があって、それからゆっくりと、手が下ろされた。
「エイトさん」
「…なに」
「エイトさんのそういう物分りの良いところ、ボクは結構好きですよ」
答えは、なかった。
ずる、と指を動かす度に、苦しそうな息が吐かれる。薬も入っているのだし、ジェルやら何やらも使っっているのだし、普通に事を起こすよりかはハードルは低いはずだったが。
「ぅ、え、………」
「吐きそうですか?」
「それは…もう…」
ずっとエイトは口を抑えている。それが嬌声を抑えるためでなく、絶えず襲い来る吐き気を抑えるためだというのは言われなくても分かった。吐くのが下手なエイトのことだ、此処で吐かれるようなことはないだろうが。もし本当に吐くのだったら身体を起こしてやろう、とは思う。横になったまま吐けば、吐瀉物が気道に詰まるかもしれないのだし。それは良くない。
「あ、あのさあ…スリーくん………」
「ちゃんと慣らすのでそこは安心してください」
「いや…そうじゃなくて………」
―――無理じゃない?
エイトがそう言いたいのは分かったけれど、スリーが遠慮してやる理由もないのだ。少しでも落ち着くように、とむき出しになった背中に接吻けを落とすが、それが何処まで効いているかも分からない。
ソファの背の方に顔を向けさせる体勢にしたのは、単にその方がうっかり落ちたりしないと思ったからだ。別に逃げ道を潰すためではなかったのだけれど、こうなってみるとそういう意図があったかのように見えるな、と思った。中途半端に脱がせた衣服があちこちに引っかかって、動きを封じる役割をしているように見えるのも一役買っているのかもしれない。潤滑ジェルを足して再び指を挿しいれる。身体の方は随分解れたように思えるが、どうにも気分はついて来ていないようだった。
「前からそうなんじゃないかとは思ってましたけど、エイトさん、最後までされたことないんですね」
「………そうだったら、なに」
「いえ。それでもちゃんと危機意識は持ってるんだな、と感動しているだけです」
「あ、の、…さ………感動ついでに、」
「そろそろ大丈夫だと思うのでそのクッション抱いててもらって良いですか」
ほら、と腰を掴んでうつ伏せにする。言われた通りに、エイトはソファの端にあったクッションに手を伸ばした。そのまま抱き込む。
「………ええと、あの、」
「往生際悪いですよ」
「だってさあ、スリーくん、」
「勃ってるので安心してください」
「………うそでしょ?」
そういえば一度も触れさせていなかったな、と言われてから思い出す。でもここまで来たらさっさと準備した方が良いだろう。そう思ってスキンをつけて、充てがってやる。
「………う、そ」
「本当です」
「な、んで?」
「さあ。でもやめてと言われた時にはもうそんな感じでした」
「うそ、」
「だから本当です」
はい力抜いてくださいね、と言えば観念したようにぎゅう、とクッションが抱き締められた。力を抜けと言ったのに力を込められたような気がするが、まあ対ショック体勢だと思えばそうもなるだろう。適度に勢いが必要だろうな、と思って数度擦りつけてから、一気に押し込んだ。
「―――〜〜〜っ、ぃ、ぁ………っ」
折り曲げられた脚がバタつくのがよく見える。
「ちゃんと息、吐いてください」
「………ッ、ふ、ぅ、…ぐ、っ………」
圧迫感はあるのだろうが、痛みはそうないようだった。それでも大して気持ちよさそうではないのが気になるが。
「………薬入っててこれって、才能ないにも程がありません?」
「…ん、な…さいのー…なくて、いーし………」
ここでスリーくんが下手なんじゃないの? だとかそういうことを返してこない辺り、身の守り方を知っているのだろうと思う。半分ほど埋まった自身をゆるゆると抜き挿ししている内に息の仕方が分かってきたのか、身体から力がいい感じに抜けていくのを感じた。それでも必死、というさまが拭えない。
エイトの言うとおり、そんな才能はなくても良いが、流石にここまでだと万一の時に怪我をするのではないか、と思ってしまう。勿論―――そんなことにはならないのが一番なのだけれど。此処は裏社会なのだ、絶対なんて、ない。
「エイトさん」
「………ぅ、」
「全部挿りました」
「………そ、ぅ…」
少し休憩でも入れようと思って、手を回してやる。薬の所為か、吐きそうにだってなっているのにエイトのものは萎えてはいなかった。
「………ん、」
「こっちならちょっとは気持ちいいですか?」
「…わ、かんない、………いわかん、すごくて、なにも…」
「そうですか」
するする、と指で辿るようにすると、ん、と喉が鳴る。それも快楽を拾えているのかどうかは怪しかったが。
「一回出しますか?」
「………わかん、ない、から…まか、せる………」
「良いんですか」
「いいも、なにも…」
「じゃあもう少しこのままで」
「うん………」
疲れ切ったような声を聞きながら、手を腰へと戻した。ゆるゆるとした抽挿を繰り返してやる。エイトは違和感、とは言ったが、徐々に順応はしているようだった。ただ、やはり気分が追いつかないのか漏れいでる声が色づくことはなかったが。それが―――気に食わない、とまでは言わないけれど。
折角だ、と思うことはする訳で。
緩やかに、気遣うように動きながらそれを探していく。探しているとはバレないように、ゆっくりと。普段のエイトであればこんな手で騙せなかっただろうけれど、スリーに向かって分からないから任せる、なんて言ってしまう状態なのだ、これくらいは容易い。
「―――、」
どれくらい経っただろう。ぴく、と肩が跳ねた、ような気がした。そうと気付かれないようにもう一度、同じ動きをしてみせる。
「っ、?」
今度はさっきより確かに、肩が跳ねた。
口角が吊り上がるのを感じる。
エイトの思考が追いつくより、スリーが腰を掴み直す方が早かった。
「ッ、あ!?」
悲鳴じみたそれは、確かに嬌声と呼べるものだっただろう。逃げる間もなく攻め立てられる身体が追い詰められていく。
「やだ、ぁ、ゃだやだっ、ぅそ、…ア、ッ!?」
「…やっとそれらしい反応してくれましたね」
「うそ、なに、…ゃ、っだ、あ、………っ」
「後ろからにしたの勿体なかったかな…」
「―――ッ、ま、って、ァ、〜〜〜っ、ほん………っと、に、まっ、ァ………っ」
本能的にだろう、身を守るように身体が丸まっていくが、そうすれば自然、腰が浮き上がる形になる訳で。
「………ッ、ぁ、………か、………っは、」
「エイトさん、ちゃんと息してください」
「し、て………っ、ぅ、く………ッ」
びくびく、と折り曲げられた脚が震えていた。ぱた、と押し出された精液がソファへと落ちる。
「ま、………って、ぉねが、…ぃ、」
引き攣れた喉がそれでも、必死で言葉を吐き出していた。
「すり、…くん、ま…って、………っ、ぁ、ね、………っぇ、」
「エイトさん、ボク、一つだけよく分かったことがあるんですけど」
「っ、………な、に…?」
縋る場所のない腕が、必死にクッションにしがみついているさまは、後ろからでもよく見える。
「この状況で名前呼ばれてお願い、とか、待って、とか言われても、正直煽られてるようにしか聞こえません」
「まっ―――、…ち、がっ、………〜〜〜ッ」
「違うのは分かってますけど」
―――逃げなかったのはエイトさんですから。
そう囁いてしまえばもう返す言葉がなくなってしまうと分かっていたから思うだけに留めて、代わりに、吐き気こらえてるだけよりマシでしょう、と言っておいた。
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作業BGM「インスタント」BIN