午後の行き先
誰かの声がする。誰の声かは分からない。でも恐らく梶井の覚えなくても良い人間だった。だからこそこの美しいまでの人は梶井にこんなことを提案してきたのだろうし。そう、提案だった。強制ではなかった。面白そうだね、と。ただそれだけ。それでも梶井がその提案を呑まないなんてことはないと、屹度その人は知っているのだろうけれど。
「―――」
息を、悟らせてはいけない。音を立ててはいけない。此処に誰かがいることを、何かこの人がしていることも、バレてはいけない。その背徳がいつもより喉を絞めていく。いつの間にやら性感帯のようになってしまった喉奥で、ぎゅう、とそれを締め付ける。
報告を受ける間。
机の下で恋人のそれに奉仕するなど、一体誰が思いつくだろう。それはその恋人が此処で一番偉いからこそ出来る行為なのかもしれなかった。バレても困らない、此処で彼に意を唱えるものはいない。しかし梶井は静かに、静かにことを遂行するしかなかった。確かにバレたところで困ることはないだろう。けれどもやはり、仕事中にこんなことを、というのは少々外聞が悪いだろう。梶井が何を言われるのも構わないが、その人が何か言われるのは少々、気になる。こんな思考もおかしなものなのかもしれなかった。今まで梶井はそんな、周囲からどうやって見られようとも気にならなかったはずだったから。なのに、この人と恋人なんてものになってからは、外聞というものを少しずつ気にする方法を覚えてしまった。教え込まれたのとは違うのだから、また、タチが悪い。
報告が終わりを告げるのを聞く。それから少し会話をして、その誰がが出て行った音がして。もう良いだろう、と精嚢をつつく。それを合図にしたかのように口腔内には何処か青臭い味が広がった。人間の舌はそう敏感には出来ていないので、それは香りから判断しただけなのかもしれなかったが。
ぎぃ、と椅子が引かれて口腔内を圧迫していたものはなくなった。代わりとでも言うように彼が顔を覗かせる。
「静かに出来て偉かったね」
飲み込みきれなかったものが絨毯に落ちることのないように必死で手でおさえながらこくり、と肯いた。褒められることは嬉しい、それが彼によるものであるのならば尚のこと。梶井を撫ぜる彼はふいに視線を下に落とした。ごくり、と最後の嚥下が終わる。
「私のものを咥えて気持ちよかったのかい?」
「…はい」
「じゃあもっと気持ちよくしてあげようか」
おいで、と言われたら。
梶井は綺麗に磨かれたその大きな硝子窓に、手をつくことだって簡単にしてしまうのだ。