ぼくらはくじらではない
電車が止まるなんてそう珍しいことではない。まあ、終電が可笑しなことになることだって、そう珍しいことではない。が、帰宅を諦めとりあえずホテルでも探すか、となった時に突然知り合いに声を掛けられるのは珍しい、と言えるだろう。それが今世での知り合いではなく、前世なんてものからの因縁めいた知り合いだったのも、また。そもそも前世の記憶、なんてものを持っている人間がいくらいるというのだ。これは最初から持っていた妄想なのだと片付けていたくらいだったのに。土方歳三が函館で死ななかった歴史、なんて。何処かで何か吹き込まれたのだろう、とその程度に思っていたけれど。
「………尾形」
意外にすんなりと、その言葉は出た。
「月島、軍曹」
「もう軍曹じゃあないぞ」
「ええ、ああ、そうですね…」
殺し合ったような仲であったのに、もう違う人間になったからか。名前があまりになめらかに出ていったからか。分からないが、会話はそのまま進んで。
「ええと、終電、なくなりましたね」
「そうだな」
「どうするつもりでしたか」
「ホテルでも探すつもりだった」
「この辺、詳しいんですか」
「全く」
「じゃあ、その、一緒に行っても良いですか」
「詳しいのか」
「詳しくないので。ええと、文殊には足りませんが」
「お前と二人じゃあなあ…」
けれどもまあ、このまま捨て置くのも違うような気がして、月島は了承した。
ただ、それだけだったはずなのに。
飲んでいた、のはそうだ。どうしても横になりたくて、でもその辺の宿泊施設は埋まっていて、ダメ元で聞いてみたラブホテルが空いていたから。どうせ相手が尾形だから何が起こる訳もないと思って。鏡に囲まれるような部屋で、今どきこういうのがまだ残っているんだなあ、なんて話をしていたらいつの間にか押し倒されていた。今だって尾形よりも月島の方が力は強いだろうのに、どうしてか退けようとは思えずに。酔っていた、それだけで済むなら良かったのに。
―――だめですか。
疑問符すらつける余裕のない尾形に、なんだか手を伸ばしたくなって。
勃つとは思っていなかった。ぐるぐる、と異性とのセックスとはまた違った感覚が駆け巡る。目の前にいるのが尾形だからかもしれない。
「初めてですか」
「経験が、あって、たまるか…」
「それは嬉しいことで」
何処で身につけてきたのか知識はそれなりにあるようで、苦しくはあるがそう痛みはなく挿入が進んでいく。挿入までこぎつけられるとは思っていなかったけれど、もはや酒の入った頭では大したことは考えられず、必死に尾形に縋るばかりだった。お前が言い出したんだろ、というのは少しばかり狡いかとも思ったが、事実言い出したのは尾形の方であるので責任はすべて押し付けることにした。は、は、と背中側で息がする。月島とのセックスで、尾形が興奮出来るという事実に目眩がしそうだった。
あ、あ、と尾形が興奮した声を落とすのが聞こえている、不思議そうに、けれどもひどく嬉しそうに、尾形が呟く。
「ずっと、こうしたかったんですかね」
「ぁ、ぐ、ぅ…ッ、きく、な!」
「分からんのですよ」
まだ動かない方が良いですか、と問われて必死に頷く。脂汗が出ているようなことはなかったから、そのうちに馴染む、と思ったけれど。それは願望のような気がした。でも、そうではないと証明する術もなかった。
「だから、教えてくださいませんか、月島―――さん」
ぱち、と。
そのひどく重たげな瞼が、瞬(しばたた)かれて。
言いにくそうに言ったものだから、月島も同じことを返してしまった。
「………尾形、」
「はい」
「軍曹、じゃなくて良いのか」
「もう軍曹じゃないって何度言われたか」
だから良いです、と尾形は言う。前世ではついぞ、そんな感情は得ることはなかったとそう、思っていたのに。
一度、尾形が抜けていく。それからうつ伏せにされて、少し腰を上げるだけの格好をさせられて。どうなんだこの格好、とは思ったけれども、何処かで聞いた通り正常位よりかは負担が減ったような気がした。それでも、まったくもってつらくない、と言えば嘘にはなるが。
「鏡、あって良かった」
は、と息を漏らしながら尾形が言う。今生の幸せとでも言うように、この、あまりにもそういった単語とは相性の悪そうな男が、呟いてみせる。
「アンタに無理させなくても、顔見える」
「もう…ッ、充分、無理………っだよ、馬鹿野郎!」
「月島、さん。もう動いて良いですか」
「あ、馬鹿………っ、まだ答えて、な………ッ」
ゆるゆると動き始めた尾形と、目の裏を舞い始めた白閃に、少しだけ早まったかとは思ったけれど。
きっとこんな尾形、前世の月島は知ることが出来なかったのだ、と思うと妙な優越感がわいて仕方なかった。