拝啓神様、貴方のくだすった世界にて。


 大人しく縛り上げられてくれるような人ではなかった、とその記憶は正しい。それでも今、尾形の目の前にいる月島基というのは何処からどう見たって女であった。男と女の身体のつくりというのは今更説明するべきものでもなく、故に記憶とは違うことが出来てしまってもそう可笑しなことではなかった。
「ほら、教えてくださいよ」
ぬちぬち、と音がする。男と女が交わる音。女が、男によって拓かれていく音。
「誰に挿れてもらってんですか、軍曹殿?」
使ったことのないようなその場所は、既にその残り香を残すことなく、そうすべきことを知っているかのようにひたひたと欲しがるようにまとわりついてくる。声を上げる度に締め付けて、その中をさらに潤わせていく、それが別段合意によるものではないと知っているはずだった。だからと言って、それを律儀に認識してやる意味もないのだけれど。
「アンタが喰らい付いて離さないのは、誰のだ?」
「―――ッ」
びくり、と背中がしなるのを見遣って、それでも尚、律動をやめてはやらないで。興奮が興奮を呼ぶ、もう戻れないところまで落としたのならば、その責任くらいは取るつもりはあった。だから、いつものように笑ってやる。恐らく、月島の耳にもよくよく覚えのある笑い方で。
「ハハァ、なるほど。俺の質問に答えなければずっとこうしていられると思っているんですね。なかなか趣味の良いことで」
「ッ、〜〜〜っ、う、あ〜〜〜ッ、………」
 反論しようとしたのか、口が開いたのを見計らって奥を突いた。ごちゅ、と本来ならば聞こえるはずもないだろう音が、本当に聞こえているのか、それともただ感覚に音をつけているだけなのか分からなくなっていく。
「軍曹殿、」
声も、身体も、恐らく魂も。何もかも同じだった。ただ違うのは、その魂が妙に恵まれた世界に生きてしまっていることで。
「アンタがそんなだったなんて誰が知りましょうか」
その中でも、地獄の味を忘れられないということで。
「奥、すきなんですか」
「ぁ、―――っ、〜ぅ、あ………ぁ、ん…っ」
「ははっ、やらしー…」
小刻みに震える身体は恐怖からではない。何度も何度も細かに達している。その度にぎゅうぎゅうと催促するような締めつけがあって、薄暗い高揚が浮かんでしまう。
「アンタ、もしかして前もこんな淫乱だったんですか。俺たちの横でいつも誰ぞ自分を犯してくれはしないかと心待ちにしていた訳ですかあ…。それは悪いことをしましたね」
「ァ、―――ッ、」
否定をする暇もないほど絶頂に放り投げられて、もうこのまま、何も分からなくなってしまえば良いのに。
 そう思いながら腰を掴む。逃げないように、逃げられないのを分かっていて、最奥に白濁を塗りたくる。
「ぇ………、? おが、た?」
「はー…外に出そうと思ってたんですよ? でもアンタのナカが締め付けて離さないモンですから」
マーキングでもするように奥へ奥へと塗り込めている間に、再びものは芯を取り戻した。月島のナカもまた、それを歓喜するように蠢く。心と身体が剥離していく、月島はいつまでそれに耐えうるのだろうか。
「責任はとりますよ」
 ぱたぱた、と涙の音が聞こえて、そんなに嬉しいですか、と返すのもそう、難しいことではなかった。


鬼灯の洋燈に甘露をひとしずく


 煙草の匂いがする、と思った。あんなに前世では匂いがつくからと嫌っていたのに、やはり別人なのではないのか―――そんな月島の思考を塗りつぶすように月島軍曹、と呼ばれた。勿論だが、月島軍曹は既に死んでいて、確かに此処にいるのは同じ名前の記憶を保持した人間であったが、そもそもの性別が変わっていた。完全なる別人である。だというのに一目見て分かった、と豪語してこんなところに連れ込んだ男が、まったく思い出せないようなやつだったら良かったのか。ぷち、ぷち、と丁寧にボタンが外されていく。大人しくしていてくださいね、軍曹殿。そう言われただけだったのに、身体が凍りついたように動かない。晒された下着の縁をなぞるように、尾形の指が遊んでいる。
「はは、重そう」
するするとその指が、とても大切なものにでも触れるように忍び込んでくる。そんなふうに尾形が思っているはずがないのに、全部否定してやりたいのにそれも出来ないのだからやっていられない。もっと、何か月島にはあるのだと思っていた。何が、と問われるとよく分からないけれど、例えば、語彙だとか。罵詈雑言はそれこそ前世でも使っていたし、今世でもそれなりにこの脳に刻み込まれているはずなのにまったく出ていかない。こういう時に使えなくて何のための罵詈雑言だ、と思うのに。
 完全なる別人になっていてもそういう、使えそうな記憶は使っていた。ちょっと他人より知識が多い、という、でも時々しか役立たない、そういうものだった、はずなのに。
「めちゃくちゃやわらかいですね、軍曹殿。ほら、見てください。指が沈み込む…こんなデカいと日常生活大変そうですが、大丈夫ですか? 痴漢とか、あってませんか? これからは俺が横にいるんで大丈夫だと思いますが」
アンタが俺のことを覚えていてくれて本当に嬉しいです、なんて尾形が言うのはきっと、前世で気に食わなかった人間が女になっていて、なのに自分は男のままで、だから簡単に加害が出来ると、そう思ったからこんなことをしているのだろうに。ぷち、と音がする。下着の金具が外された音。そんな安っぽい音がする訳がないのに、脳が勝手に補完していく。喉が押しつぶされたように悲鳴を上げて、それにまた尾形が笑ってみせる。胡散臭い笑顔。煙草の匂いのする笑顔。気に食わなかったし、記憶と照らし合わせてもこんなのは尾形ではないはずだった。だと言うのに、あちらこちらが主張する。これは紛れもなく尾形なのだと、警告のように。そんなものはもっと前にして欲しかった。例えば、出会う前だとかに。
「ぅ、ぐ…っ」
邪魔だとばかりに下着を退かされてしまえば、もう胸を隠すものは何もなくなる。縛り上げられている訳でもないのに、身体はまったく動かなくて。
「軍曹殿、かーわい…」
喉の奥で笑うようなそれが心底腹立たしい。腹立たしい、のに。
「ちゃんと反応してくれて嬉しいですよ」
尾形の指がつい、と悪戯めいた動きをした。それだけでびり、と痺れるようで、なんとか唇を噛みしめる。
「声、出してくれた方が良いんですけどね」
まあ、良いですけど、と尾形のそれは独り言みたいだ。月島に聞かせている自覚があるのかも怪しい。
「ほら、勃ってきた」
くりくり、と指先は好き勝手に遊んでいる。勃ってなんかいない、と否定したいのに、やっぱり唇を噛み締めるしかなくて。
「かわいー…」
 その。
 どろどろに溶けた音を、月島は知らない。
「使ってないんですか? 俺が初めてですか? なら、こういうのとか、知らんのでしょう」
言うや否や尾形はれ、と舌を出して胸へと下ろした。粘膜の感覚、唾液が乾いていく途上にすうすうとすること。何もかもが知らない感覚だった。身体は逃げようとのたうつのに、尾形が追撃の手を緩めることはなくて。
「はは、アンタの我慢、いつまで続くかな」
 噛み締めた唇の隙間から必死で息をする。ふう、ふう、という情けない音が部屋中に充満している。
「唇噛んで、息止めて。アンタがそんなことしか出来ないの、この上なくかわいいですよ」
ふにり、と唇に指が当てられた。こんなもの、噛みちぎってしまえば良いのに。今はそんな力はないのだとしても、噛み付くくらい出来るだろうに。
「声、聞きたいです」
 月島の身体は、月島にそれを許さない。
「だめですか?」
ふにり、ふにり、と進んでいくその指に、何処か浮かされる心地になる。なんとか唇を開いてなるものかと、理性を引き寄せるけれど。それだって本当に引き寄せられているのかも分からない。暫く遊んでいた尾形は月島の強情さの前に諦めたらしかった。まあ、良いです、と指が離れていく。それが物足りなく感じたなんてそんなことはあり得ないのだ。
「無理は言いませんよ。アンタ、我慢した方があとあとタガ外れそうですし」
まるで自分のものだと言わんばかりに、尾形は月島に触れる。そんなことはない、何を言われてもそれはただ、尊厳を削るためだとかそういうものだ。屈してはいけない。
「身体がセックスしたがってるみたいです」
 尾形を、恐れてはいけない。
「ほら、こうすると」
つつ、と尾形の指が脇腹を滑っていく。くすぐったさとは別の痺れが舞っては消えて、身体がしなる。こんなのは勘違いだ、と思うのに。
 尾形の手がするすると降りていく。その行き先を察して声を上げるよりも、尾形が辿り着く方が早かった。更に唇を噛み締める。身体が、燃えるように熱い。
「ははァ、ちゃんときもちいいんですね」
ぬちゃり、という粘着質な音だけが耳によく響いた。こんなのは防御反応だ、気持ちよくなくてもこうなる。そう、分かっているのに。
「気持ちよくなってくれて嬉しいです」
本当に嬉しそうな様子で尾形がそんなことを言うから。言葉を失ってしまう。遊ぶ指が時折繊細な突起を掠めて、その度に何かを逃すように息を吐くしか出来なかった。
「早く終われば良い、って思ってますよね?」
わざとらしく音を立てながら尾形が言う。口を開くことは出来ないから、顔を背けるくらいしか出来なかった。でも今それをしてしまえば、尾形の言ったことを否定するようで、どうして良いのか分からなくなる。
「安心してください、ちゃんと気持ちよくさせますから」
ずちゅずちゅと、音と感覚がダイレクトに繋がる。普段人目に晒されるようなことがない場所を見られて、触れられて、その相手が尾形だなんて。吐き気がする、目眩がする。なのに―――なのに、何だ? 失礼しますよ、と腰を持ち上げられた。尾形の目の前に、もっと近くに、捧げるように引き出されて。
「―――っ?」
いつのまにか目を瞑っていたから、最初は何が起こったのか分からなかった。
「な、に―――」
思わず目を開けた月島の視界に飛び込んできたのは、れ、とわざとらしく舌を出した尾形だった。何を、と頭が真っ白になる。知識として知っていても自分の身に降りかかればそれは別物だ。月島が認めたのを確認して、つ、とそれを尖らせる。その行き先など先程の感覚と照らし合わせれば自ずと答えは出る。
 尾形の舌が、入っている。
「やっ―――、ぅ」
舌だからかそう奥までは入って来ないけれど、指とは違うやわらかさに目の奥で何かが弾けた。浅く素早く刺激されると思考がほつれていく。くぽくぽと音がして、その度に尾形が笑うのが分かった。その振動さえ、毒のようだ。
「軍曹殿が、」
喋られるたびにそれだって刺激になって、腰がびくり、とのたうつ。
「二度と俺のこと忘れないようにしますから」
まるで―――期待でもしているように。
「大丈夫ですよ」
 そんなはずがないのに。
「ふ、………く、ぅ…ッ」
気持ちいいということを、肯定するようなことばかり、尾形は言う。月島は否定したいのに、丁寧に剥がされた理性の取り戻し方が分からない。
「軍曹殿、」
「ぁ、―――ゃ、」
「やだって言ってないみたいですけど」
「や、ぅ………ッ、ん、ぁ………っ」
かたく閉じた瞼の裏で火花が弾けて、それから一気に身体中から力が抜けていくのを感じた。
―――嘘だ。
 そう、思う。
 だと言うのに尾形は現実を突きつけるだけ。
「ちゃんとイけましたね」
えらいえらい、と撫でられてキスをされて、まるで、これでは本当の恋人みたいだ。煙草の匂いがして、何一つ知らない男なのに、月島だって何もかもが違うのに、なんにも変わっていないみたいに。
 弛緩した身体に鞭打つように尾形の指が這入ってくる。嫌だ、と言ったはずの声はただの嬌声へと変わっていった。
「ナカ、痛くないみたいですね」
「ひ、ぅ、」
ぐり、と確かめるように大仰に動いた指の腹に、一際身体が芯から震えるような場所があった。
「―――ッ!?」
「あ、此処がすきですか?」
「アッ、―――〜〜っ、ゃ、あァああ…ッ」
「はは、正直ですね。ぎゅうぎゅう締めてくる」
「ち、が………っ、ぅ〜〜〜ッ、あ、やだ、ゃだそこやだぁ…!」
「軍曹殿は嘘吐きですなあ。嫌、じゃなくて、良い、でしょう」
狙いを定めたようすで尾形が執拗に一点を嬲る。それだけで月島の思考は散り散りになって、煌めいて、消えていく。
 引き上げられては投げ出されて、突き落とされては浮遊させられる。感覚がちぐはぐになって、縋る先を探したいのに指先はシーツを滑っていく。それを面白がった尾形が取って、指を絡ませて。絶対に、こんなのは可笑しい。可笑しいのに、身体は漸く与えられたとばかりにそれを握ってしまう。雨上がりのような音がして、その中に埋没して。
 尾形が。
 は、と笑って指を引き抜く。
「ぱくぱくしてて、魚みてえ」
ひどく長い間弄られていたように感じた。喪失感にひく、ひく、と震えているのが分かる。慈しむように尾形が繋いだ方の手を撫でていく。
―――そして、
「俺の、分かります?」
ずるり、とそれは充てられた。
「あ………」
「軍曹殿のナカに這入りたいって言ってるんですよ」
焦らすかのように擦られる。本来であれは此処で逃げるべきだ、腰を引いて、嫌だと言うべきだった。感触からして何もつけていないのくらい、見なくても分かる。分かるし、今の月島は女体であって、特にそういった機能に問題はなくて。
「軍曹殿も、ナカに欲しいって」
―――でも、
 頭が沸騰している。いつの間に? ものが考えられなくなる。それでも必死で首を振って、違う、という意を示す。
「軍曹殿、もう諦めましょうよ」
尾形が、笑った。それが呆れたようなものだったら、もっと抗えたのかもしれない。
「アンタ、俺とセックスしたくなってんだよ」
 煙草の匂い。知らない男。
「なあ、軍曹殿」
月島の知っていた尾形はたしかに死んでいて、それ以外ではなかった。
「俺で手を打てば良いじゃないですか」
それが、分かっているのに。
「自分で言うのもなんですが、そんなに崩れた顔をしている訳でもありませんし、それなりに稼ぎも貯金もありますし、アンタが働きたいっていうなら止めませんし、あと…家事も料理も出来ますよ。お買い得じゃあないですか」
 目の前の男を、月島を犯そうとしている男を、尾形としか、呼べない。
「こどもはいてもいなくても良いですが、その辺りはちゃんと話をしますし、アンタが欲しいと言うのならちゃんとした父親の役くらいやりますよ」
だから、良いですよね? という言葉は接吻けと共に押し込まれて、女性というかたちを殺すような圧迫感に、ただ涙を流すしか出来なかった。