優艶晒して愛を乞う
これがただのごっこ遊びと言われたら否定はしない。しないけれど、それだけだと言わせておくつもりもなかった。最初持ちかけられた時に自傷癖でもあるのかと思ったがどうもそういう訳でもないようだった。だからと言って愛だとか、そういうものが介在しているかと言うとそうとも言い切れないが。
興味、だとか。
そういうものが一番近いのかもしれなかった。ただ、僕はそう難しくそういうものを論議するつもりがない、だけで。
尾形、と呼ぶ。精を吐き出すことも出来ずにいる尾形は、僕をじろり、と睨め付けてきた。ねちっこいのはお互い様だろうに、自分が不利になるとこれだから困る。別に、優位性を示すためにこんなことをしているのではないのだと、誰よりも尾形が分かっているだろうに。
「もっと気持ちよくなりたいですよね」
「………さっさと、」
「じゃあいつもの言ってくださいよ」
僕の言葉に尾形は物好きな、という顔を隠さなかった。嘘でも良い、嘘で良い、それは最初から一貫した僕の主張。
「趣味が悪い」
「でしょうね」
「どうして拘る」
「尾形の嘘が下手だからですかね」
「まったく、わからん…」
重ねたことで本物になるとか、そんなものを期待している訳ではない。せっつくように接吻けを落とす。触れるだけ、啄むだけ。尾形が意外とそれが好きなことを知っていて。
「だって僕は愛して欲しいですからね」
「それが、分からん」
だろうね、とは言わなかった。ほら、と接吻けを重ねる。
「尾形、」
言葉を探すように尾形の唇が震えた。
「僕のこと好きって言ってくださいよ」
探す言葉なんてないくらいに、何度も繰り返したのに。未だにそれは尾形に根付かない。それを願っている訳ではないけれど。
「そうしたら、気持ちよくしてあげます」
趣味が悪い、ともう一度重ねてから、尾形はこつり、と額を合わせた。
「―――、」
接吻けを返すように僕の名前を呼ぶ。
「すきだ」
「棒読み」
「それがいいんだろう」
「はい」
約束は守りますよ、と指の力を緩める。それと同時に律動を再開する。
掠れた、静かな嬌声の中でもうすきとは言わずとも、僕の名前が呼ばれるようになったのはもしかしたら、この先の未来において不利になるのかもしれなかったけれど、その時はその時だった。
*
睡郷 @suikyou_odai
此処に世界はない
というかちゃんと気持ち良いんですか、と問うたのは自分の技量に不安があるからではなく、尾形に性欲らしいものがあるのか未だ不明だったからだ。性欲がないのにこんなことをしている訳がないのだけれど、それはそれ、これはこれ。
「…お前の、とこに来ると」
「はい」
「次の日あんま喋りたくなくなる」
「………無理をさせてます?」
「そうじゃない」
喋れるが、という声は確かに少しひしゃげているように聞こえるが、本当にそれは少しだし、眠ったら分からなくなるものだとは思うけれど。
「…勘のいいやつはいるからな」
「ああ、宇佐美とか」
「…なんか言われたのか」
「別に。物好きだね、ってくらいです」
「言われてんじゃねーか」
これ以上喉を使わせるのも何なので、接吻けで塞ぐ。
「嫌だったら言い返せますよ」
「知ってる」
「でも尾形が僕の心配してくれるとは思いませんでした」
「は? ちげえよ」
夜は、更ける。
何処にも到達出来ない僕たちを残したまま、消えてしまうのだ。
*
労働としての今宵は千年の後にも残る負債に触れて / 中澤系
あなたのくさび
尾形百之助が裏切った、というのは瞬く間に聯隊内に広まった。僕とは言えばああ、やっぱりそうなったか、と思う程度で。肌を重ねていても別に何か感情があった訳ではない。そういうところは似ていたのだろうな、とは思っていたけれど。
どうせ知っていたであろう鶴見中尉からは特に何もなかったし、はたから見てもそういうものだったのだろう。で、あれば、そのうち殺し合うこともあるかもしれないな―――とは思っていた。思ってはいた、が。
本当にそうなると、驚きの方が大きい訳で。
「あー…」
空がやけに高く見える。まだまだ死なないだろうが、このまま動けないでいたら普通に失血で死ぬだろう。兵士にはよくある最期だと言われたらそうかもしれないが。国の土の上で死ねるだけまだ良いと思うべきだろうか。よく、帰りたい、と泣いていた新兵たちの声が思い出される。彼らは残らず散ってしまった。今も尚、国の土を踏めてはいない。僕はいつか僕も死にかけたらそういうことが分かるのだろうか、と思っていたものだけれど、結局分からなかった。
そんなことを考えていると、足音がした。誰だろう、敵、だろうか。
ひょこり、と瓦礫の中から顔を出したのは。
「なんだ、お前、死んでなかったのか」
「それは僕の台詞ですが」
つかつかと尾形が近付いてくる。このまま殺されるんだろうか、まあ、それも悪くない。何か感情があった訳ではなくとも、肌を重ねた間柄だ。何も知らない相手に殺されるよりか、少しくらいはマシだろう。
そう、人が感傷に浸ってやったのに、尾形は僕の横にしゃがみ込んだ。そして、勝手に人の身体に触れる。
「―――勃つな?」
何を言われているのか分からなかった。
「は?」
僕が理解していないと分かったのか、尾形は盛大に舌打ちをしてみせる。それから勝手知ったる、とでも言うように服に手をかけた。
「え、なに?」
「やる」
「は?」
「良いから黙って勃たせろ」
「いや、流石に僕でもそんなん…」
「じゃあ勃たせる」
話が通じない。
服にはあちこちに血が滲んでいて、それが尾形の手を汚していく。いつもと同じように、まるで造反なんてなかったかのように手のひらが動いて、仮にも死の間際にいる身体は簡単に反応した。
「ぅ、―――」
「おい」
「ァ………」
「聞いてるか」
意識が剥がれ落ちていく。ため息が聞こえて、尾形が跨ってきた。今は敵だけれど、死にかけの男の上でする動作がそれで良いのか。そうは思うけれど。
「―――」
同じ殺されるにしても、こんなふうに殺されるのは考えていなくて、でもこれが尾形なりの餞であったとしたらそれはそれで面白いな、と思った。
目が覚めた。
あのまま完全に死ぬ流れだったと思うのに目が覚めた。天井があるのを確認してぼうっとしていると、視界にぬっと宇佐美が生えてきた。
「………生きてんのこれ?」
「うん」
「マジか〜…」
「手当てしてあったけど」
「マジかよ」
「は〜…その反応だとやっぱ尾形なんだ?」
「うっそだろ意味わかんねー…」
宇佐美がいるなら此処が地獄だとかそういう場所でも可笑しくないと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「フツーにお前のが気に入ってたんじゃないの」
「そんなことある?」
「もーボクに聞かないでよ。嫌いなんだからさあ」
「あー。そういえばそうだったな」
「もっとボクに気、遣ってよね」
「やだよ」
別に宇佐美のことが好きでもないのにどうして気を遣わないといけないのか。いや、この言い方をするとまるで僕が尾形のことを好きなように聞こえるから、ちゃんとそこは再度否定しておくが。
「あーあ」
誰のお見舞いだろうか、横に飾られていた花を引っこ抜いてぶちぶちと毟りながら宇佐美が呟く。
「何かテキトーなやつでもいれば尾形の前でそいつ抱いてもらってたのにな」
「僕の人権は?」
「あると思ってんの?」
「もうちょっと僕のこと考えろよ」
「気も遣えないやつにそんなことしてやる義理な〜い」
まあそれはそうなのかもしれなかったが。
起き上がろうとしたら傷が悲鳴を上げた。本当に尾形がこの上にいたのかと、それだけが信じられなかった。