春燈の先にて


 頭が、熱い。
 それは熱があるだとかそういうことではなく、単にこの状況から置いてけぼりにされているが故だった。最初は怒りを覚えたためだったはずなのに、徐々にその熱は名前を変えていったように思う。ずっと怒りとして継続するだけの強さが月島にあったのなら、そう思ったけれども現実は無情だった。
「なあ、軍曹殿。こうやって、絶対に俺から逃げられない状況になったことってありましたっけ」
人に覆いかぶさりながら好き勝手する尾形を殴ることが出来たのなら、きっと良かったはずだった。でも、今この状況ではそれも出来ない。
「ねえよなあ」
 つつ、と尾形の指が肌の上を滑っていく。丁寧に丁寧に蓄積されたものの所為で、それだけでびくり、と震える。
「アンタ、強かったからな。俺はそんなアンタだから抱いてた…と思ってた。いや、それは間違いじゃないんだ。アンタが強かったから、安心して殺せた」
前世であれば―――この場合は男であれば、と言い換えても良かったかもしれない。尾形にこんなことを許すはずもなかっただろう。でも、月島も尾形も明治時代に生きた人間は既に死んでしまっていて、今世に生きているのは別の人間だった。ただ、無駄に記憶というものを残してしまって、完全に脱却出来た訳でもない、中途半端な人間だったけれど。
「でも、いつの間にかそれじゃあ足りなくなってきてたんだよな」
唇を噛みしめることをいつやめたのか、月島には思い出せなかった。どうしようもなく、頭が熱い。
「俺は今回はそれなりに真っ当でね」
 怒りを、覚えていたはずだった。再会して、驚いた顔の月島の腕を問答無用で掴んでホテルなんぞに連れ込んで、そうして何処から出したのか縄で拘束されて今に至るのだ。拘束なんてものをされては、例え女でなかったとしてもどうしようもなかったかもしれないが。大体、ホテルの受付に人がいなかったのも悪い。誰か人間がいて、こういう犯罪沙汰は止められて然るべきだろう、と思う。もしそこまで知っていて此処に入ったのだとしたら、あまりにえげつなくて笑えもしない。
 こういう時、言いたくはないが被害者になった時、恐怖で頭が冷えるのだと思っていた。でも、どうやら月島はそのように出来てはいなかったらしい。月島はやけにはっきり尾形を認識していて、それは視点を変えれば決して現実逃避など出来ないということで。
「だから軍曹殿が望まないのであれば、イかせるようなことはしません」
蹴散らされた衣服の、その隙間から尾形が身を寄せてくる。前世では覚えのあった熱が、かたちを持って其処に鎮座している。
「軍曹殿も嫌いな男にイかされるのなんてごめんでしょう」
もっと冷静であったなら、まず尾形が月島なんぞに欲情出来ているという現実に、何か物申すことが出来ただろうに。
 今の月島に出来ることは追い詰められた生き物の役だけだ。緩やかな快楽に、望まぬ声がこぼれ出る。どうやってそんなものはかっているんだ、と思うくらいに尾形の動きは的確で、月島はどうしようもなくなるしかない。腰を揺らせど涙を流せど、尾形は素知らぬ顔で可愛いですね、と言うだけ。
「ぁ、ッ………ぅ、は、あ…っ」
「はい、まただめでしたね。俺の指でオナニーしようとするのも見てて可愛いですけど、アンタはそれで良いんですか?」
「う、ぅ…」
「軍曹殿でも泣くんですね。いや、こんなことされてればそりゃあ泣きもしますか…」
「…ふ、ぅ…んン、」
 充分に溜め込まれたものが行き場を探して沸騰している。首を振っても何が変わることもない。おがた、と唇が勝手に紡いでいく。なんですか、とやけに甘ったるい声が落ちてくる。
「イ…、き、たい、」
「ん?」
「…イ、か…せて…ッ」
熱に浮かされるように、まるで自分の言葉ではないように。どろどろに煮詰まった声が転がり出た。それを聞いた尾形は笑う。待っていた、とでも言うように。
「ハハ、誰にでもそんなことを言うんですか? 俺たち一応今日会ったばかりなんですが」
「ふ、ぅ…」
 月島の息に合わせるかのように、尾形が月島の腰を持ち上げた。
「………ッ、う、」
「はは、やーらし」
散々に焦らされた其処が一体どんな様子になっているのか、嫌でも目に入る。
 繰り返しになるが、記憶があるとは言え前世とは別の人間だと言う自覚があった。だから、女に生まれたことをどうこう思ったことはない。けれど、これは。今まで知らなかった部分が引き出されて、追い詰められて。
 月島はどうしたら良かったのだろう。
「もしかして前からこんな感じだったんです?」
「…そんな、わけ、」
「じゃあ前から俺に抱かれたかった?」
それこそある訳が、と言いたかったのに、金属音に遮られた。
「………ぇ、…」
 思考が、止まる。
「折角なので、とっておきでイかせてやるよ」
そんな月島のことなどお構いなしに、尾形は喋り続ける。
「やらしい身体してるアンタのことだ、欲しいんだろ?」
何を言っているのか分かるのに、理解出来るのに。
「なあ、軍曹殿。言えよ」
思考は停止したまま、持て余した熱だけが空回る。
「挿れてくださいって。言えるだろ?」
前世では、月島も持っていた、もの。男の象徴。こうして見せつけられて、ああ、今世において月島は、月島だけは女なのだ、と実感する。絶望にも似た事実。
「別に、良いですけどね。前言撤回したって。軍曹殿は今回女なのですから、男に二言はないとか俺だって言いませんし」
面白がるように充てがわれる。ぬるり、とした感触が嫌でも分かった。直截伝わる熱に、身体の奥が期待にわめき出す。
「はは、ひくついてる。軍曹殿の身体は随分素直なようですがねえ」
もっと、脳を回さねばならない。分かっているのに、何も考えたくない。
「俺のが欲しいって言ってる」
ただ、尾形の所為にして与えられる快楽を貪りたかった。どうしようもない蹂躙が待っていると分かっているのに、身体の疼きは増すばかり。
「軍曹殿は素直に言えますかね?」
 身体の奥が、女の部分というよりも、魂だとかそういう部分が、叫んでいる。
「軍曹殿?」
「―――…、」
「どうして欲しいですか?」
「…、う、クソ…ッ」
一言、たった一言だけで良い。
「い、れろ、」
それで、すべてが終わる。
 解放される。
「誰に挿れて欲しいんですか?」
「お、おがた、に」
「どうして?」
そう思っていたのに尾形は尚も質問を繰り返す。
「俺のこと、好きなんですか?」
「―――、う、ぅ………す、すき、すきだからぁ…ッ、」
腰を固定されて自分で動くことも出来なくなって、焦らされ続ければ思考を焼き切るには充分だ。もう何を口走っているかも分からない。涙が落ちたような気がした。こんなことを懇願すること自体が可笑しいはずなのに、もう、判断力は霧散した。
「さっき、前言撤回して良いって言いましたが、これはだめですよ」
喉の鳴る音がする。
「軍曹殿、もう一回言いましょうか?」
ばらばらになった、理性が形を取り戻しかける。
「アンタ、誰が好きなんだ?」
―――これに、答えたら。
 もう逃げられない。
 警鐘が鳴っている。今なら戻れる、と理性が喚いている。それでも、涙が押し出されるようにしてこぼれた。頭が熱い、どうしようもない。早く―――早く、此処から抜け出したい。
「お、がた、」
「はい」
「すき、すきだから…おがた、ぃ、れて…ッ」
「愛の告白と取りますが、それで良いんですか?」
「ぅん、すき、っすき…ぉ、がたぁ…っ、」
「絶対に裏切らせねえからな」
 ずん、と。
 衝撃だったのかそれ以外だったのか分からない。頭が真っ白になって熱が飽和する。
「挿れただけでイったのかよ。はは、軍曹殿、美味いですか」
「あ―――…ッ、ん、ぅ…」
「そんな締めんなよ」
「ぁッ、う、んんッ、ぅ〜〜っ、」
「はは、またイった。スゲー反応」
「は、ぅ…ッん、ぃ、い…っア―――〜〜ッ………っ、」
「もしかしてイキっぱなしになってます?」
「ぅ、あ、ぁん…っ、ふ、……〜〜ッ」
「聞こえてねえか」
「〜〜っっ、ァ、ああー…ッ、ん、ん、ぉが、たあ…」
「は、まだ奥はいる…」
奥の、奥の、そのまた奥。指では決して触れられない場所が叩かれる。その度に快楽を逃がそうと腰が跳ねたがるのに、すべて押し留められて。放置されていた胸に舌が降りてくる。感覚が、許容量を越える。
「―――っ、あ、ぁん、〜ッッ、ぅ、ア………」
「あんま締められるとナカで出しちまいますけど」
「ぁっ、はぁ…っ、ぅん…っ」
「きゅんきゅん言わせんなよ。マジで出すぞ」
「んー…っ、ふ、ぁん、ぅ、あ…」
「もうナマでやってるからあんま変わんねえか?」
「んっ、ンッ、あ、ゃ、あ…っ」
尾形が何を言っているかも頭に入ってこない。叩きつけられるような快楽に、思考がぶちぶちと途切れる。このまま、ばらばらになってしまいそうだった。でも、それを許さないとばかりに腰が掴まれて逃げ場もない。
「軍曹殿、」
「んっ、ア……きも、ちぃ………」
「それは良かった。ところでナカで出したいんですけど良いですか」
「な……ぁ、っう、だめ、それ、は…っ」
「口と身体で違うこと言わんで貰って良いです?」
すげえ締めるんですね、なんて言われてもそんなことをしている自覚はなかった。分からない。身体が熱い。頭も熱い。この残った思考など全部打ち捨てて、ただ、快楽を貪るだけのものになりたい。せせら笑うように尾形が再び胸へと歯を立てる。
「どうせ責任取るんですし、ナカでもよくないですか?」
「ゃあっ、だめ、っん、ぅ、」
「はは、もっと奥が良いって」
「ちが、―――っう、ア…っ、ん、ん」
もうそれより奥はないはずなのに、尾形が言えば本当にあるような気がしてくる。ずりずり、と入れるはずのない場所に尾形がいるような気がした。ほら、と尾形が耳を食む。
「軍曹殿」
キスが、降りてきて。
「愛してますよ」
 言葉を奪っている間に、身体の最奥が穢されていく。それすら、快楽だと身体は認識する。
「ん………」
「はは、まだ欲しいんですか」
「ぁ、や―――………っ、まだ、イ、っ〜〜〜、」
息をつく暇もなく再び世界が断絶して、今度こそもう何も考えたくなくなって、もう一度キスを強請(ねだ)った。



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