花の制定


 目を覚ましたら尾形が妙な格好をしていた。白衣、である。それも安っぽい薄くてつるつるした生地のもの。伊達であろう眼鏡をかけている理由は皆目見当もつかなかったが、同じく安っぽい―――というかチャチい聴診器を首にかけている辺り、まあ、多分、医者なのだろうと思う。言うまでもないが尾形の職業が医者でないことをよく知っているし、転職だとかそういうボケをかましている場合ではないことも分かってはいた。
「ああ、起きましたか、患者さん」
此方を向いた尾形を見て、伊達眼鏡似合うな、なんてことを思ってしまった月島は完全に毒されているのだろう。
「覚えていますか? 貴方は倒れてこの病院に運ばれたんですよ」
覚えているも何も月島が此処で寝ていたのは昼寝をしていたからだったし、勿論此処は病院などではなく住んでいる家だった。とは言っても尾形が可笑しなことを言い出すのは今に始まったことではないので、特にツッコミを入れる気力もない。
「今は状態も安定しているようですが…万一があってはいけませんし、今から診察をしますね。良いですか? 月島軍曹殿」
言いながら尾形は月島の服に手をかける。ボタンが一つひとつ丁寧に外されていく。
「診察?」
「ええ、診察です」
嫌だなんて言いませんよね? と先回りして言葉を封じられてしまえば、この生活に毒された月島に返す言葉などなかった。

 此処は大丈夫そうですね、と尾形が呟く。その声が遠く彼方に聞こえるような脳で、月島はひたすら息をしていた。診察、と言ったからかその指先は丁寧な仕草を心掛けいているようだった。裏を返せば直接的に性感を引き出すようなものではなく、ただただじりじりと煽るようなものしか与えられない。快楽の味を覚えてしまった身体では、それはひどく物足りなく、もどかしさが脳を支配していく。
「ん…♡」
月島がわずかな声を上げる度に尾形がじっと、観察するように見てくる。その視線がやたらと心配するようなもので、可笑しいのは月島であるかのように錯覚してしまう。
「もしかして気分が悪いんですか?」
「ち…ッ♡が…♡そんな、こ…とっ♡な、ぃ♡」
「それなら良いのですが」
 いつもであれば確実な刺激が蓄積されるのに、どうしようもない熱ばかりがかき集められて逃げ出したい。中途半端にはだけた衣類が肌をざわめかせるのすら、刺激として受け取ってしまう。
「は…♡ぁ…っ♡」
「軍曹殿、大丈夫ですか?」
「ぁっ♡…だぃ、じょ…ぶ♡」
「声が上ずってるような気がしますが…まさかそんなことはないですよね? これは治療なのですから、気持ちが良いなんてことはないですよね?」
「あ…っ♡」
「軍曹殿、聞いているんですが。まさか感じているんですか?」
「ち…っ♡がっ♡…っう、ん、♡ちゃ、んと…っ♡治療、受けてま、すっ♡気持ちよく、♡なってなんか…♡なぃ、ですッ♡」
「そうでしたか。それなら良いんです。疑ってすみませんね」
「ん…♡」
 なら次の段階に移りましょうか、と尾形が言う。ゆらゆら、と呆けたように快楽を追う中で、何か光ったような気がした。
「………♡」
なんだろう、と思って顔を上げる。
 その先では、尾形がカメラを構えていた。フラッシュが瞬く。
「や………っ♡」
「こら」
 反射的に身体を隠した月島を、尾形がやわらかく叱る。
「俺は医者なのですから、患者さんの記録をとるのは当然でしょう?」
「う…っ♡ぇ…、♡だ、って…♡」
「これは治療にとても役立つ行為なんですよ。記録がなければ今後困ってしまうでしょう」
「そ…っ♡そ、ぅだけ、ど…ぉ♡」
「軍曹殿は今、患者さんなんですから。あんまり手間かけさせないでくださいよ」
ね? と尾形が耳を食む。言い聞かせる際にこれを毎度やられる所為で、そういう仕草になりつつある気がしていた。
 ゆるゆる、と腕から力が抜けていく。まるで皿の上の兎のように、あとは食べられるのを待つだけ。
「ほら、軍曹殿。きれいですよ」
シャッターの音が、水の膜でも通したように遠い。
「これは今後役に立つでしょうなあ」
フラッシュの一つひとつが、今の月島を切り取っていくようで。
 尾形には。
 一体、どんなふうに映っているのだろう。ぞくり、と肌が粟立つ。
 これくらいで良いでしょうかね、と尾形がカメラを置いた。あとで現像しますから、一緒に確認しましょうね、と手が伸びてきてなでていく。
「よく頑張りましたね」
前世では絶対に想像出来なかった仕草。なのに、ずっと知っていたような気さえしてしまう。そんな仕草が尾形になど馴染むはずがないのに、もう、身体の一部だとでも言うようにやってみせるのは、単に尾形が器用だからなのだろうか。
「診察を続けますね。これも脱ぎましょうか」
「ふ…っ♡、ぅ♡」
抵抗する間もなく下着が剥ぎ取られた。簡単に足も開かれ、其処が尾形の眼前に晒される。
「おや、軍曹殿。ひどく濡れていますね」
「ゃ…あ…♡」
「重症ですなあ」
「ん♡っ♡アッ♡ひろげ、なぃ…で♡」
「広げなければ診察出来んでしょう」
「う…♡」
ぐちゅぐちゅ、と水音が耳まで上ってくる。いつものこと、と言われればそうだけれど、時間をかけて鋭敏化させられた感覚ではひたすらに毒にしかならない。
「軍曹殿、もしかして気持ち良いんですか?」
「ぅ、う♡」
「どっちなんですか?」
「きもち、ょくっ♡な、ぃ♡」
「へえ」
尾形の指がナカで蠢く。泡立てるような動きに、もっと、と身体が欲する。それにしては濡れているようですが、と叱りつけるかのように声が続いた。違う、とかぶりを振って繰り返す。気持ち良い、それは疑いようもない事実だったが、尾形がこう言うのであれば月島は否定するしかない。本当ですか? と尾形が重ねる。月島は必死になって否定を続ける。何もかもがバレていることを分かっていて、自分から皿の上でのたうち回ってみせる。
「軍曹殿は気持ちよくなくてもこんなことになるんですか…随分はしたないんですね」
 けれども快楽で白くなった頭は、そんな冷たく聞こえる声を聞いてしまったらもう、涙を押し出すしかないのだ。
「ごめ…っ♡ごめんな、さぃ♡」
ぱたぱた、と涙がシーツを濡らしていく。
「きもち、い、ぃ♡で、すっ♡ふ、ぅ…♡治療、なの、に…っ♡きもち、ょく、なってる、の♡ごめ、なっ♡さ、い♡ぃ、いん、ら…んっ♡だ、から…、♡きもち、ょ、く…♡なっ、ちゃっ…てる、の♡………アッ…、♡ぉが、っ♡せ、せん、せ、の…♡ちりょ、♡きも、ち…ぃっ♡の、っ♡」
「さっきまでと言ってることが違いますが?」
「ぅ…♡そっ♡嘘、です♡せんせぃ、に、♡しつぼぅ、っ♡された…ぁく、なく♡て♡」
「へえ」
にこり、と尾形が笑ってみせる。いつもであれば胡散臭い、と一蹴出来そうなものなのに。
「最初からそう言ったら良いのに」
「う…♡」
「嘘はいけないことですよ、患者さん」
「は…っ♡ぃ…♡」
「もう嘘吐かないでくださいね」
「ん…ッ♡」
こくこくと頷くと、それを見届けた尾形はどれ、と月島の足を肩にかけた。ぐん、と距離が近付く。そして、より逃げにくくなった。でも、もうそうやって考える思考は潰えている。尾形の呼吸が近くて、その刺激だけで気が狂いそうになる。
「大変ですなあ、患部が腫れていますよ、患者さん」
「ふっ♡う♡」
「おや、奥からまた蜜が出てきました」
「言わ…ないで♡」
「診察なのですから、言わんと困るでしょう」
物分かりの悪い患者さんですね、と太腿を軽く叩かれると、甘い痺れが身体中に広がった。
「軍曹殿、どうして欲しいですか?」
「せ、んせ〜、のっ♡治療…ッ♡つづ、けて…♡」
「治療で良いんですか?」
「んっ♡ンン…♡ぁ…ア、♡」
「もっと気持ちよくなりたいんじゃないですか?」
「う、…♡ん♡」
「どっちだよ」
「きっ、♡きもち、ょく、♡なり…♡た、ぃ♡」
「はは、本当にあさましい患者さんですね」
「ご、めんなさ…♡ぃん、らん…でっ♡ごめ、な、さぃ♡」
「そうですね、では、もっと気持ちよくなれる治療をしましょうか」
 そう言うや否や尾形は接吻けるようにすると、そのままぎゅう、と吸い上げた。
「ぁ、あ〜〜ッ♡♡♡」
びくん、と揺れた身体は抑え込まれる。
―――もっと。
 白んで弾けた思考の中、その言葉だけが反響していた。



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