夕映えの葬列

 モブすず→たちすず



 電車の中で所謂性犯罪に巻き込まれてなんとかほうほうの体で逃げ出し、誰もいない家に転がり込むことが出来た。中野さんが帰ったあとで良かったな、と思う。この家の諸々の事情を知っているハウスキーパーの女性はきっといつもどおりの表情で対処法を考えてくれるだろうけれども、流石にこの体たらくを見せられるほど涼暮の精神は強く出来ていなかった。
(今日は、明音さんの帰りが、はやい日…)
手がうまく動かない。先ほどまで知らない人間に好き勝手されていた恐怖が、今更になってやって来ているのか、きれいに整えられた着衣を外すことが難しい。
 将来を誓い合った、と言える橘の帰りがはやい日は珍しい。あまり生活リズムの合わない二人だ、そういう日は大抵肌をあわせることが多かった。涼暮は淡白な方だと自覚はしているが、それでも好きな人とする性行為を楽しめないほど堅物な訳でもない。というよりも、あまり互いのリズムが合わないがために、そういった機会を逃すのは嫌だった。それに、今は身体中を這いまわる知らない感触が残っている。
(消してほしい)
そんなことを願うのはあまりに自分勝手かもしれなかった。スキンもつけずに行われた先ほどの行為はもしかしたら何かよくないものを涼暮の身体に埋めていった可能性もあるのに、その可能性を払拭出来てないうちにそんなことを願うなんて。
 頭はしっかり回っているはずなのに。
 震える手がようやくベルトを外して、それまでに掛かった時間などわからなかった。このよく分からないが、射精を止めている器具をさっさと外して、シャワーを浴びて、ちゃんと今日あったことを話して、それから全部、消してほしいと頼もう。そう思うのに、初めて見たその器具は外し方が分からないし、手は震えて力が上手く入らないしで、何も進まない。
(はやく、しないと)
(明音さんが、帰って、きちゃう)
これを外してシャワーを浴びて、中に出されたものをすべて、掻き出して。
 ただ、それだけで、いいのに。
「洋くん?」
声がした。
 ゆっくりと、振り返る。
「どうしたの、それ」
表情は逆光で見えなかった。驚いているのか怒っているのか、それすらも読み取れなかったのに、涼暮はただ橘がそこにいることに安堵を覚えて、涙がこぼれ落ちるのを感じていた。




粘膜同士はアウト

 涼暮・小川・篠袮



 いつものように図書室で本を読んでいただけのはずだった。ひょっこりと小川がやってきて隣に勝手に座って、それから人の空いている方の手で勝手に遊び出して。それだってそう多いことではなかったけれども珍しいことでもなくて、いつもと違うと言えばその現場を部長が見ていたこと、くらいで。
「あー涼暮くん、うっわっきっだー」
榎木のように小さい部長は満面の笑みで寄ってくると、小川とは反対に腰掛けた。隅に座っておけばよかったな、と思ったのは座られてからだった。
「いいの? 理事長のことはもうどうでもよくなっちゃった?」
「あの、そういう訳では」
「じゃあどういう訳? イマドキの若者はアソビもヒツヨウ?」
「そうでもなく、」
上手い言葉が見つからずに、そもそもだって小川のこれは浮気でもなんでもなく、あの男のことだって諦めた訳でもなく、というか部長に何かしら言い訳する必要だってないような気がしたし、そもそも部長だって今時の若者であるし。何から言っていいのか分からない。
 と、そんなことを思っていたら小川と同じように部長は涼暮の手を取った。空いている方の手は既に小川に取られているため、読んでいる本を丁寧に取り上げられてからの犯行である。
「部長、」
「涼暮くん、これもう読み終わってるでしょ?」
ぼくはなんでもしってるんだからね、と言われてしまえば返す言葉はない。だってその通りなのだから。昨日読み終わった本で、確かに此処で読んでいたけれども、本当に部長はいろんなものをよく見ている。
「って、小川、」
部長と話していたらお馴染みの湿った感触が逆側から襲ってきた。
「小川、部長、いるんだけど」
「んー…」
あ、だめだこれ、と一瞬にして悟る。寝ぼけている。
 はみはみ、と唇と舌でのみ行われるそれはくすぐったい程度で最早気にすることはしていなかったが、今の会話の流れからすれば部長がにやにやとこの上なくにやにやとするのは予想に難くなく―――と考えていればにやにやとこの上なくにやにやとした部長がにゅっと顔を近付けてきた。
「う・わ・き」
「違いますから…」
「えー? 違うのー?」
「違います…」
楽しそうな部長を止める術は知らないし、そもそも舌戦で部長に勝つ自分が思い描けない。
「ふーん。そっかあー。涼暮くんにとっては粘膜接触は浮気にならないと…ただれてるねえ」
「部長、あの、確かに口は粘膜で良いでしょうけどその言い方だと誤解を招きます」
「ん? ああ! なるほど、粘膜同士の接触じゃなきゃセーフと! なるほど言われてみれば確かにそうだね!」
「いえ、あの、そういうことを言いたい訳でもなく、」
「じゃあ部長が涼暮くんの手をかわいーくはみはみしたって許されるって訳だ! 涼暮くんにも、理事長にも、点己くんにも!」
「いやっ、だから、その、」
「じゃあっ! ということで、いっただきまーす」
 はなしをきけ。
 小川とはまた違った、何か別の目的を持っていそうな唇と舌の動きにぎゅっと目を細めたら、至極満足そうに部長は笑っていた。




文化祭前だからふざけていても許される 1

 涼暮・小川・佐竹



 目の前に猫がいる。眉間に皺をこれでもかと寄せた猫である。小川は寝ぼけたままの目でそれに手を伸ばす。寝にくそうだなあ、と思った。一人用のベッドの上にはみっしりと三人も男子高校生が乗っかっていて、その中で家主なのに一番狭いところで寝にくそうに丸まっている涼暮の耳には何故か猫耳が生えていた。視線を巡らせると尻尾もついている。なんでだっけ、とその耳を撫でると、涼暮はんっ…と小さく反応したあと更に丸くなった。

 「ねえすごいの発見しちゃった」
文化祭前のことである。じゃーん! と効果音のつきそうな勢いで副部長である佐竹が掲げたのは猫耳だった。猫耳、と小川が呟くと尻尾もあるよ、と言われて出される。そういう問題じゃあない気がするのだけれども。
「これを明日僕がつければ良いの?」
「うーん、それも考えたんだけどね」
明日小川は忙しいでしょ? と言われて頷く。この部活は人数こそ少なくはないが二年で部長副部長を固めているだけあって何をするにも自分たちが主体にならなければいけない。別にそれは苦ではなかったが、忙しいと言われればその通りだ。
「だから、涼暮くんにつけてもらおうかと思って」
 佐竹が何かしら言い出す時は既に彼の中では決定事項なことが多い。多いし、涼暮には前々からTRPG部の手伝いを頼んでいたので当日は来てくれることになっているし、多分似合うだろうなあ、と一瞬過ぎった思考は佐竹に読まれているのだろう。
「ね、」
わくわく、と輝く目に、小川はそうだね、とだけ頷いた。
「涼暮くんに頼もう!」
 そして文化祭前日の夜に涼暮の寮の部屋に押しかけ、勿論拒否された猫耳と尻尾を半ば無理矢理つけさせてもらった(途中「レイプしてるみたいだからそんなに暴れないでよ」と佐竹が言っていたのが効いたようだった)。
 しかし、佐竹がすごいの≠ニ言ったのは本当で、耳に触れればその感触が人体の方にも伝わり、尻尾の方もまた然り、という代物だった。先に言っておくが尻尾は尾てい骨辺りにベルトで装着するものであって、何処ぞへさすものではない。それでも感覚が伝わるというのは本当にすごい、と思う。一体いくらしたのだろう―――そもそもちゃんとした商品なのだろうか―――そうは思うけれども突っ込んでいたらキリがないのでそういうものだとしておく。
 そういうことがあったんだったなあ、と思い出しながら小川は時計を見遣った。まだ四時である。眠れなかったらしい。
 猫耳の手触りは本物の猫のようだった。最近猫に触っていないなあ、と思いながらそのまま耳を触り続けていると、涼暮は丸まって耳を隠してしまう。嫌だったのかな、と思いながらも最近の猫不足も相まって、寝ぼけた小川には物足りない。
「あー…」
耳を隠されてしまったのなら。小川の目についたのは今度は尻尾だった。あまり力を入れないように撫でてやると、ん、ん、という声に呼応するように尻尾がぱたぱたと動く。きもちよさそうだ。
 丸まっていた身体から力が抜けていくのか、少しずつまた見えてくるようになった耳と顔。もう一度耳に触れると、うっすらと、その目が開いて。
「お、がわ…?」
ぼんやりしていた目が徐々にはっきりしてきて、ばっと涼暮が飛び起きた。
「あ、涼暮くんおはよう」
「おはよう…って何、なんなの」
「きもちよさそうだったから」
「いやそういう問題じゃなくない…」
「きもちよさそうだったじゃん」
「佐竹起きてたの、おはよう…」
「おはよう」
「佐竹くんおはよう」
「おはよ、小川」
小川と佐竹が挨拶をしている間に涼暮はのっそりと起き上がる。
「トイレ行ってくる」
いってらっしゃい、と見送ろうとした小川とは対照的に、まあまあ、と佐竹は涼暮を引き止めた。
「無理しちゃだめじゃん、涼暮くん」
「してない」
「してるじゃん」
―――だって。
「涼暮くん一人で出来ないもんね?」
にやにやする佐竹をきっと睨み付ける涼暮。
 それを眺めながら小川はそっか、涼暮くんて一人で出来ないんだ、と思っただけだった。



文化祭前だからふざけていても許される 2


 いやそもそも一人で出来ない訳じゃないから、あの時は違うし、違ったし、だから別にいいからほっといて。そうやって喚く涼暮を佐竹が抱き締めるみたいにして膝に座らせた。猫耳の方を食んでいるのは確信犯なのだろう。
「小川、いいよ」
そのままの状態で佐竹が言う。そこでしゃべらないで、と涼暮が言うも佐竹は気にしない。
「いいの?」
「涼暮くんもきもちいい方がいいじゃん」
「よくない」
「うん、そうだね」
「小川も話聞いて」
「だって涼暮くん、一人で出来ないんでしょう?」
「いやあの、ねえ、違うから」
多分抵抗しているつもりなんだろうけれども、あんまり意味を成さない動きだなあ、と思ってズボンに手をかける。寝間着用の元々ゆるいズボンであったこと、尻尾の関係で浅く履いていたことで、思っていたよりも簡単に下げることが出来た。
「きもちよかったんだ」
「ちがうから…ッ」
ゆるく勃ちあがっているそこをさっき耳や尻尾にしていたように撫でると、声がすぐ詰まる。
「大丈夫」
小川はにっこりと笑う。
「もっときもちよくしてあげるからね?」

 「や、やだっ…そこ、おがわ、きたない…」
きたなくないよ、と小川が言っても口の中がいっぱいで何を言っているのか涼暮には伝わらないだろう。それでも言葉にならなかった動きは伝わるようで、びく、びく、と小刻みに内腿が震えるのが分かった。
「目、瞑って理事長にされてると思いなよ」
相変わらず涼暮を抱えたままの佐竹が言うのを聞いて、小川は涼暮くんと理事長ってそういう感じだったんだ、と思った。初めて知った。
「涼暮くん童貞なんだし、そういう妄想得意でしょ」
瞑れないなら手伝ってあげるから、と佐竹の手が涼暮の目を覆う。やだ、とその声が更にうわずる。
 行き場をなくしたようになっていた尻尾も一緒にこすってあげたら、せめてもの抵抗のように小川の頭に沿えられていた手も、すぐにくたり、と添えられるだけになた。



文化祭前だからふざけていても許される 3


 既成事実という言葉がある。この場合は少し違うとは思うけれども。諦めというのか、それとも潔さか。佐竹のものを口でする涼暮の太腿を借りた小川は、涼暮くん律儀だなあ、とぼんやり思っていた。
「涼暮くーん?」
佐竹の手が少しいたんだ涼暮の髪を撫でる。何をしたらあんなになるのだろう。
「止まってるよ? 俺としてはさあ、涼暮くんの喉勝手に使うのは憚られるんだけど。今日宣伝してもらうつもりだし、声出せなくなると困るんだよね」
 その言葉に涼暮は今日が文化祭であることを思い出したようだった。時計を気にするような素振りを見せた涼暮に、大丈夫、まだ時間あるよ、と佐竹が言う。それより、と耳を指が滑れば、気持ちが良いのか脚の方も少し力が抜ける。
「くちのなか、きもちいの?」
「ん…」
「涼暮くん、それ、そうですーって言ってるようなもんだよ?」
 涼暮がどんな顔をしているのか小川からは見えないけれども、佐竹が愉しそうなのでつまり、そういう表情なのだろう。
「涼暮くん」
尻尾を優しく掴んで撫であげると、びくり、と分かりやすい反応があった。
「なに、やだっ、それ、やだ…」
「ほんとうにいや?」
「や、やだ…っむりっ、」
「むりじゃないよ、ね?」
涼暮くん、と呼ぶとぎゅっと脚が閉じられる。
「涼暮くん、猫さんはにゃあって鳴くんだよ」
「おが、わ」
「ちがうよ」
「ん、ね、それ、やだ、」
「ちがうってば」
「………にゃあ」
「そうそう」

 そんなことをしていたので当たり前だけれども、集合時間には少し遅刻した。



文化祭だからふざけていても許された

 たちすず



 猫耳と尻尾がダンボール箱から出て来て涼暮は思い切り固まった。こうしてダンボール箱から出てくるまで忘れたことも忘れていた代物である―――文化祭、なんて涼暮自身はともかくとして周りはお祭りモードであり、いつもと違うことをしていたって流せたし忘れることだって出来た。しかしながらそれは文化祭のその雰囲気の中でのことであって、忘れていたことを改めて思い出せば何やってんだ当時の俺という羞恥やら何やらに悩まされないという訳ではないのだ。
 そうして一人で悶えていると、後ろから洋くん? と声がした。あ、と思った瞬間には時既に遅し。あ、と彼のきれいな瞳にそれが映ったのを涼暮は確認したし、なんなら慈しみに満ち満ちたような目線にそれが変わったのも確認した。
「そういえば文化祭でつけていたねえ」
その時涼暮は彼の中で生徒でしかなかっただろうに、それでも覚えているものなのだな、と思う。彼の中で生徒たちという存在がどれほど大きいのかも。
「こういうの、好きなの?」
「好きじゃない」
「好きじゃないのにしていたの?」
「………なんか、こう、テンションで」
「テンション」
我ながら頭の悪い会話をしていると思う。
 ふうん、と頷いた彼はしげしげと涼暮の手の中のそれを眺めて、それから、また涼暮を見つめた。
「つけてみない?」
「待って」
咄嗟に静止の言葉が出る。
「………明音さん、こういうの好きなんです?」
「まあ、それなりに?」
初耳である。
「あの、これ、えっと、」
「嫌なら無理にとは言わないけれど」
勿論これは彼の本音であり、本当に涼暮の意志を尊重してくれることはちゃんと分かっているのだが。
「………いいですよ」
 そう答えた涼暮の耳が、どんな色に染まっていたかなんて鏡など見なくても分かっていた。




桃のはなのしずけさ

 モブすず



 知らない人間にどうしてこんなことをされているのか涼暮洋にはまったくもって理解出来なかった。そもそも此処は電車で、公共交通機関で、久々に少し一人で遠出をしたからと言って自分がこんな目に合うなんていう予想は普通出来ない。出来なかったから、今こんなことになっているのだろうけれども。涼暮のパートナーは絶対にそんなことはしないのに、男はスキンもつけずに涼暮に挿入をして来ていて、これはそもそも犯罪なのではという思考が働くも、思った以上にパニックになっているのか上手く抵抗が出来ない。これでも昔よりはちゃんと食事をするようになったし、鍛えてもいるのだから理論上は抵抗くらい出来たって良いはずなのに、人間は予想を越えたことをされると恐怖で身体が動かなくなるらしい。そんなふうに頭は働くのに、全く身体は言うことを聞かないままで。
 声が我慢しないとバレるかもよ、と男は言ってきた。
「お前のその恥ずかしい格好、周りに見られたくないだろ?」
電車の一番隅で、壁に押し付けられるように挿入されている、この状況は確かに誰にも見られたくはなかったけれど、それ以前にこの状況を見れば一目瞭然でこの男が犯罪者とわかるのではないだろうか。
 アナウンスが流れる。次は終点だ。時間切れかあ、と男は笑って、涼暮の中から自身を引き抜く。
「イけなくて気が狂いそうだろ? それ、外して欲しいだろ?」
涼暮の性器には妙なものが括りつけられていた。最初、この男が勝手に付けたものだ。始めて見るもので、涼暮には確かに外し方も分からないし、そもそも今は手が震えてしまって外せるとも思わなかったけれど。
「なら便所に付き合えよ。あ、もしかして予定ある? でも絶対こっちのが気持ち良いよ?」
男は丁寧に涼暮の衣類を整えて、それからね? と首を傾げた。がたん、と電車が止まる。開いた扉に、人混みが流れていく。
「ッ」
その瞬間を逃さずに、涼暮は男の腕の中から逃げ出した。
 つけられたものの外し方は分からなくても、このまま男についていく方がずっと、嫌だった。




防犯カメラには死角がある

 モブと小川



 カラオケに誘われたのはまずかったかな、と小川は思う。だってカラオケは個室だ。監視カメラがついているとは言え、暗くて狭い個室だ。そういうところに女の子―――実際のところ女装している男子高校生なのだけれども―――が年配の男性と入る、というのはあまりにいけない気がする。
 しかしながら娘と最近上手く喋ることが出来なくてね、最近の流行りの曲を教えて欲しいんだ、ちょっとでも娘と交流を持ちたいから、と言われてしまえば小川の良心はぐらつく。けれどもよくよく考えればカラオケでなくても良かったはずだ。タワレコで充分だったはずだ。何で気付かなかったのだろう、とスカートの中に入ってくるおじさんの手をなんとか止めようとしながら、小川は思っていた。勿論こんなふうにして触られるのが嫌だと言うのがまずあるにはあるのだが、そもそも小川は男子高校生なのである。女の子だと思っているこの男性がそのことに気付いたら一体、どんな顔をするのか。それも心配だった。
「おじさんね、」
静かに抵抗を続ける小川に男性は同じく静かな声で言う。
「おじさんは小川ちゃんが本当は小川くんなこと、知ってるんだあ」
 思わず、えっと声が漏れた。抵抗の手が止まる。
「ずっとね、知ってたんだよ? でもね、小川ちゃんが小川くんでも、別に良いんだよ」
何を、何を言っているんだろう。
「おじさんはね、小川くんが好きなんだ」
 男性の手がするり、と小川のスカートの中に滑り込んで来た。

 マイクを持ったまま、小川は只管画面を見つめている。個室の扉側だ、いつ誰に見られるのか分からない、という緊張が震えた声でも小川に歌を歌わせている。監視カメラの位置もしっかり計算されていたのか、机の影のふわふわのスカートの中で動く手はきっとそれには映らないだろう。
「下着も女の子のをつけてるんだ?」
その日はたまたまそういう気分だったからそうしただけなのだけれども、完全に裏目だ。
「小川くんは可愛いものがすきなんだもんね、女の子の下着は可愛いよね」
今度おじさんが買ってあげるよ、と言われるのに小さくありがとうございます、と返すのが精一杯だった。
 スカートの中では男性の手が小川のものを弄っていた。
 小川だって男子高校生だ。それなりに性欲はあるし、自分で抜くことだってそう多くはないけれどもある。それを、他の人のしてもらうなんて、あんまりないこと、だったけれども。
「小川くんの、すごくあつくなってるよ」
男性の手に触れられているそこがどんな状態であるのか、スカートで見えなくても小川には分かっている。
「可愛いね」
男性の指がくるくると先端の窪みをなぞるように動かされて、流石にンッと声が漏れた。それをマイクが拾ってしまって狭い部屋の中に反響して、いたたまれなくなる。
「あんまりこういうこと、しないのかな?」
「こ、こういうこと、って…」
「誰かにされたこととか、ない?」
「な、ないです…」
どうして素直に答えてしまうのだろう。
 そうなんだ、と男性は笑った。ぬるぬると男性の手の滑りがよくなるのは、小川自身が出したものなのに頭がついていかない。
「じゃあおじさんが初めてなんだね」
嬉しそうに男性は言う。
「これからも他の人には触らせないでね」
 まるで嫉妬でもするようにやや強めに擦られると今まで堪えたものがぶわり、と解放されるようで、
「やああっ」
小さな悲鳴のような声がマイクに入ってしまって、丁度外を通りがかったカップルが嗤っているような気がした。




バニラ・エッセンス

 モブおが



 女装は小川の中ではとっても簡単な、かわいいものを摂取出来る行動の一つ。だから休日にはかわいい格好をして出掛けるし、周りの目線を気にしたりすることもなく、姉の助言どおりに堂々としている。
 そんな小川には疑問に思うことがあった。よく女装をして街を歩いていると、年配の男性に声を掛けられるのだ。彼らはいつでも小川に対して紳士的で、小川を褒め、時折食事に誘う。それも何か配慮しているのか、開けた場所であることが多い。彼らの目には小川はただの女の子として映っているのであろうなあ、と思いつつも、食事を奢ってもらえるのはとても嬉しいし、それが美味しくて可愛いものであるのならば尚更だ。
 だからその日、会うことの多い男性に食事に誘われた時も断りはしなかったのだ。
「あのね、小川ちゃん」
彼らは一様に小川の苗字しか知らない。それ以上は言わないようにしているし、それ以上の関係を望んでいる訳でもない。
「今日はちょっと、小川ちゃんにプレゼントがあるんだ」
これ、と差し出されたものは可愛らしくラッピングされた小瓶だった。中に入っているのは白いもの。ジャム、だろうか。じっとそれを観察して、そういえば前に料理が趣味と言っていたことを思い出す。
「今、開けてくれないかな」
感想がどうしても聞きたくて。照れたように言う男性に、小川はこくり、と頷いた。
 今いる場所は半分屋台みたいなところで、ちゃんとしたお店ではない。ちゃんとしたお店で持ち込んだものを広げれば怒られるだろうが、此処ならきっと大丈夫だろう。
「あのね、それジャムだから、パンも持ってきてるんだ」
用意周到だなあ、と思いながらそれを受け取る。
 ラッピングを丁寧に開けていくと、男性がそわそわしているのが分かる。人から感想をもらう時はそわそわするものだものなあ、と思った。小川にもそんな経験がある。蓋を開けてみて鼻を寄せると、強いバニラの香りがした。ミルクジャム、というやつだろうか。
 パンの袋を開いて、一緒に入っていたスプーンでそれを掬って塗る。そして、口に含んで、
「ぅえッ」
あまりの不味さに思わず口を押さえたけれど、間に合わない。きれいなお洋服にぼたぼたと今しがた口に含んだものがこぼれ落ちる。
「ああ、美味しくなかったかな?」
男性は穏やかに微笑んでいた。
「新鮮なものを使ったはずだったんだけれど…」
 ジャムはバニラの味はしなかった。
「ごめんね、小川ちゃん。また今度、今度はもっと上手く作るから」
 小川のお気に入りのお洋服は、汚れたまま。




シーブリーズなら持ってたけど流石にシーブリーズはまずいよな

 モブささ



 気に入らない、とかそういう理由だったはずだった。ただ同級生に告白したら今私彼氏がいるのと断られて、それがやたら年下の少年だと言うから頭に来てしまっただけで。ちょっと痛い目にあって貰えば、それで良かったはずだった。はずだったのだ。
 なのに。
 殴るのならば服で隠れるところ、呼び出すのならばひと気のないところ、逃げられないタイミングを見計らって。それはそれですべて上手く行って、だから今その少年は俺の足元に転がっているのだろうけれども。
「なー、どうする? こいつ」
誰かの話しかけてくる声がする。
「あ? ああ…痛い目に合ったんだし、別れるだろ。手伝いサンキュ」
「おー、今度マック奢れよ」
「おう。でもまー、遅くなるかも」
「カノジョとヤッてからになるから?」
「そのとーり」
ははは、と下品な笑いを飛ばして友人たちは先に返す。
「………なあ」
「………なに」
「お前、反省してねえだろクソガキ」
前髪を掴むと少年は笑っていた。
「だってぼくが反省することなんてなんにもないもの」
 あとあの人はアンタとはセックスしないと思うよ、と続いた言葉に、もう一発腹に蹴りを入れておいた。

 と、本当ならばそこで終わるはずだったのだけれども。ツバを飲む音がする。俺の喉から。可愛い顔をしている、なんて表現を男に使うとは思っていなかったけれど。
 可愛い顔をしている。これならば彼女が年下の少年と付き合っているのもなんだか納得出来てしまう。じっと少年を見下ろしながらいや何考えてんだ、と首を振った。
「オイ」
転がっている少年の首根っこを掴み上げ、そういえばこいつは彼女とセックスをしているのだったな、と思い出す。ならば。
「お前が二度とカノジョとセックス出来ないようにしてやるよ」
単純な頭が思いつくのは、それくらいしかなかった。
 意外と勝手は一緒だったな、と思う。ぐぷぐぷ、と音を立てているのはやっとのことでイカせた少年の精液だった。途中下手くそ、と言わんばかりの目線で見上げられて、何度手をあげようと思ったか知れないことはおいておく。何かしら液体もしくは粘液がなくては何も進まないことは分かっていたが、生憎そういうものは常備していなかったし、年下の少年の尻に迎えって唾液を垂らすというのもなんとも間抜けな気がした。四つん這いにされて、尻を突き出すような格好にされていても相変わらず、少年は涼しい顔をしていた。それでも粘膜に直接触れれば不感症という訳ではないのだから、刺激に反応はする。
「…ッふ、ん………」
時折抑えたように上がる声に、はやく突っ込みてえ、なんて思ったのは一生の不覚だ。
 指がすんなり動くようになったところでさて本番、と思ったのだが。
「………ゴム持ってねーや」
まさか自分の倫理観がそういうところで真面さを発揮するとは思っていなかった。知識がそうある訳ではないしそもそも男なのだから妊娠やそういう心配はなかったけれど、病気だとかそういう心配があるのだと言うことだけは知っていた。この時ばかりは自分の頭の悪さに嫌気がさす。いやべつにナマで突っ込みたいとかじゃあないのだけれど。
「まあいいや、髪借りるぜ」
手でも口でも良かった気がするけれど、大切な息子に危害を加えられる可能性を危惧して、だ。爪を立てられたり噛み千切られたりしてはたまらない。だから少しだけ長く見えたそれを使うことにした。勿論承諾は得ない。
 細い髪が性器を擽ってぬるついた粘液で汚されていく。耳元を選んだのだからその音だって聞こえているはずなのに、少年は結局微動だにもしない。
「…はッ」
自慰なんて腐るほどしている。だからどうしたらイケるのか分かる。簡単だった。その行為に誰を挟もうと。
「ははっ」
 そのお綺麗な顔にぶっ掛けても少年の表情は少々歪むだけだったが、ただ蹴りを入れるよりかはずっとすっとした。




きみがいれば

 モブすず



 どうしてこんなことになっているのか分からない。知らない男に触れられて、慣らされてもいない場所でも無理矢理似でも押し込まれてしまえばずぷ、と音はする。
「君のここ、すごく締まってる」
男は嬉しそうに笑う。
「エッチなこと好きなの?」
首を振っても正直な身体だね、と言われるばかりだ。
「君のナカ、あったかい…」
 ぐっと奥に押し付けられた感覚と、それに続く精液の流れ込む感覚。自分のパートナーは絶対にこういったことはしないから、それが余計に抵抗を削いでいく。一度吐精したことで弾みがついたのか、男は続けて精液を流し込んで来る。その瞬間の気持ちの良さそうな顔を殴ってやりたいと思うのに、見せつけられている結合部が残っている抵抗しようという意志も削いでいく。
 あー気持ち良い、と言った男は余韻に浸っているようだった。涼暮の中からまだそれは抜けない、抜かれない。
「明日も同じ時間に待ってるよ」
男が言う、真面に顔も見えない男が言う。
「逃げたらどうなるか分かってるよね?」
 その言葉に浮かんでいたのは橘の顔だけだった。